CA1891 - 水損資料を救うために / 正保五月

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カレントアウェアネス
No.331 2017年3月20日

 

CA1891

 

水損資料を救うために

収集書誌部資料保存課:正保五月(しょうぼ さつき)

 

はじめに

 2015年9月、関東・東北豪雨により鬼怒川の堤防が決壊し、多くの家屋が浸水、流出の被害に遭ったことは記憶に新しい。近年、このような集中豪雨は増加傾向にある。日本全域で1時間降水量が50mmを超えるような短時間強雨の発生が増加しており、大雨の頻度は引き続き増加する可能性が高いと予測されている(1)。このような現況から、図書館や文書館のような大量の資料を抱える施設にとって、「水害」への備えは急務であると言える。そこで本稿では、近年図書館で発生した資料の水損事例や、水濡れ資料への応急処置及び防災対策について紹介することで、その参考に資したい。

 

1. 図書館における資料の水損

1.1. 近年発生した水損事例

 図書館資料が水損被害に遭う原因は様々であり、集中豪雨や津波などの天災によるもののほか、それとは 無関係に被害が発生する場合もある。

 2011年3月、東日本大震災による大津波は街を破壊し、多くの人命を奪った。広田湾に面した陸前高田市立図書館(岩手県)は津波により壊滅し、約8万冊の蔵書が流出することとなった。貴重な郷土資料や県指定文化財等を中心に救出活動が行われ、全国の図書館や博物館等が協力して修復にあたった。

 また、水損が発生する原因として多く挙げられるのが豪雨による浸水である。2013年7月、山口県と島根県の県境で豪雨が発生し、山口大学総合図書館(山口県)では床上浸水のため蔵書約4万冊が水損被害を受けた(2)。この時、電動集密書架の最下段に置かれていた資料や、改修工事のため通路に段ボール詰めで仮置きされていた資料の多くが被害に遭った。そして、2015年9月に発生した関東・東北豪雨により、常総市立図書館(茨城県)では床上40㎝まで浸水し、14万冊の蔵書のうち約3万冊の資料 が水損被害に遭った。失われた蔵書の被害額は5,000万円相当にものぼる(3)

 天災に付随して二次的に水損が発生する場合もある。2016年4月に発生した熊本地震では、県内の公立・大学の少なくとも4つの 図書館でスプリンクラーなどの配管が破損したことによって、合計9,000冊以上の資料が水損の被害に遭い、そのうち約8割の資料が修復困難として廃棄された(4)。そして同年8月、諫早市立森山図書館(長崎県)では落雷による火災に見舞われ、消防活動により鎮火はしたものの資料が水損し、蔵書約12万冊のうち約1万8,000冊を廃棄した(5)

 この他にも、配管設備の故障や雨漏りといった施設の不良によって水損が発生することもあれば、利用者が誤って資料を濡らしてしまうケースもある。こうした事故は日常的に発生するため大きなニュースにはならないものの、ひとたび被害に遭えばその対処に割かれる時間と労力、そして費用は甚大である。

 

1.2. 国立国会図書館における被災図書館等への支援

 国立国会図書館(NDL)は、「保存協力プログラム」(6)に基づき、国内外の図書館等の資料保存を促進するための活動を行っている。被災地での資料のレスキュー活動や資料保存に関する研修講師の派遣、被災した資料の修復もその一環である(7)

 NDLでは常総市立図書館及び茨城県立図書館からの依頼により、関東・東北豪雨で水損した資料のうち、代替物の入手不可能な郷土資料など、31冊に対し本格的な修復作業を行った(8)。資料は修復完了後、2016年6月に常総市立図書館に返却した。

 資料の多くは全体に泥が付着し、湿ってページが波打ち、カビが発生していた。カビの繁殖を抑えるため、1冊ずつポリ袋に入れ冷凍し、以後は作業を行う分の資料を解凍してから処置を行った。資料は一度解体して1枚ずつバラバラの状態にした上で、水やぬるま湯で洗浄し、刷毛でしわを伸ばして、ろ紙に挟んで乾燥させた。破れや欠損があればでんぷん糊と和紙を使用して補修し、元通り製本し直す、という手順で進めた。このように全体が水に浸かった資料を元通りに回復させるには相応の労力と時間を要する。ただし部分的に湿り気がある程度の被害であれば、特別な技術や道具がなくとも対処することができる。

 

2. 水濡れ資料の応急処置

 うっかり本を濡らしてしまった経験のある方はご存知だろうが、濡れた本を放置するとページが波打った状態になる。ひどく濡れた状態の本であれば通常48時間から72時間以内にカビが発生し、さらに放置すると紙同士が癒着して開かなくなる場合もあり、汚水や海水に晒された場合には悪臭を放ち始める。資料の素材に応じて乾燥方法は様々であるため(9)、ここでは一般的な書籍に部分的な水濡れや湿り気がある場合について、比較的簡易に行うことのできる応急処置方法を紹介する。

 用意するものは、吸水性のあるタオルや吸水紙(無色のペーパータオル、コピー用紙など)、扇風機、板、重しである。

 まず、濡れている箇所を確認し、タオルで押さえるようにして大まかに水分を取る。ページのところどころに吸水紙を挟み込み、資料を立てて置いて、中まで風が通るようページを扇状に開いて扇風機などで風を当てて乾かす(図)。水分を吸った吸水紙は適宜取り換え、ページに手で触れても冷たく感じない程度になるまでこの作業を繰り返す。ある程度乾燥したら吸水紙を抜き取り、横置きにして板に挟んで乾くまで置いておく。この時、板の上に重しを載せておくことで、ページの波打ちや変形を防ぐことができる。そして、1日1回程度を目安に資料を板の間から取り出し、ページ同士が貼り付いていないかどうか確認する(10)

 

図 水濡れ資料の送風乾燥の様子

 

 資料を48時間以内に乾燥できない場合は、カビの発生を抑えるため、資料を冷凍させるという方法が有効である。これは家庭用冷凍庫でも行うことができる(11)

 注意すべき点は、写真集などに使用されている塗工紙(コート紙・アート紙等)は、水に濡れて乾燥する際にページ同士が貼り付きやすくなることである。そのため、こちらも直ちに対処できない時は資料を一時的に冷凍するなどの処置が必要である(12)

 こうした個別の被災資料への対応だけでなく、雨漏りや配管トラブル等による小規模な水濡れ被害が起きた場合の対応手順について、NDLでは「小規模水災害対応マニュアル」をウェブサイトで公開している(13)

 

3. 防災対策

 水害に限らず地震、火災などの災害の発生を未然に防ぐことは困難であるが、その被害を最小限に抑えるための対策を講じることはできる。蔵書を守るために必要な防災対策について、予防的取り組みから被災後の復旧活動まで、国際図書館連盟(IFLA)のマニュアルに基づき、主要な4つのステップに分けて整理する(14)。機関や蔵書にとって脅威になるようなリスクについて確認し評価したのち、以下のような対策を講じる。

(1)予防:日ごろの備え

 建物や設備、備品に起因する危険性を取り除くことは、災害に対する重要な予防策である。施設点検を実施するとともに、防火扉や消火設備の前に障害物を置いていないか、資料を床に直置きしていないかといったことも確認する。また、優先して救出すべき資料を選別するため、自館で所蔵する資料のうち特に重要な資料は何かを把握し、救出の優先順位をつけ、その排架場所を確認しておく。

(2)準備:非常時への備え 

 非常事態を想定して、災害発生時の対応の流れを記したマニュアル、施設平面図、救出の優先順位を示した書庫内地図、被災時に支援してくれる機関のリスト(15)、緊急時の連絡先一覧(16)などを作成し、資料救出グッズを揃える。整備すべきものは多岐にわたるが、災害発生時にはこのようなマニュアルなどの存在が作業の前提となる。これらを準備するとともに、必要に応じて内容を見直すなど適宜更新したり、関係機関間(17)や組織内で共有し、定期的に災害対応訓練を行ったりすることも重要である。

(3)対応:災害が起きたら

 実際に被害が発生した場合、マニュアルに従って資料の救出にあたる。被害範囲の調査、資料の搬出、物資の調達など状況に合わせて素早く柔軟に対応する必要がある。資料が汚水や海水を被ったか、カビは発生しているか、対処にどの程度の人員を割けるか、被災規模に対して救出グッズがどの程度用意されているかといった条件によっても対応方法は異なる。

(4)復旧:通常の状態に戻す

 被災場所と被災資料の双方を復旧する計画を作成する。水損資料の場合、乾燥後に書架に戻した資料からカビが発生することもあるため、数年にわたるアフターケアが必要になる。また、被災した経験を記録し組織内で共有・継承することによって、その後の防災や減災に活かすことができる。

 

4. まとめ

 以上のとおり、国内で発生した水損被害の事例、水濡れ資料に対する応急処置及び防災対策について述べてきた。被災資料のレスキューに関するノウハウやマニュアルは、各地で災害が発生するたびに更新、改善され各機関から発表されている(18)。実際に被災した場合、処置方法は数多あるが、救出できる資料の数を左右する要因は日々の取り組みによるところが大きい。日頃から災害に対する意識を高め、対策を立て十分に備えることが最も基本的かつ重要な取り組みであろう。

 

(1)“第2章 異常気象と気候変動の将来の見通し”. 異常気象レポート2014 概要編. 気象庁, 2015, p. 25-33.
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/climate_change/2014/pdf/2014_summary.pdf, (参照 2017-01-04).

(2)“総合図書館における7月28日の大雨による被害について【第2報】”. 山口大学図書館. 2013-08-02.
http://www.lib.yamaguchi-u.ac.jp/news/2013/0802.html, (参照 2017-02-01).
“番外編:水害からの復旧”. 山口大学総合図書館改修日記. 2013-08-12.
http://www.lib.yamaguchi-u.ac.jp/repair-blog/index.php?e=47, (参照 2017-02-01).

(3)“市立図書館 平成27年9月関東・東北豪雨水害の記録”. 常総市. 2016-10-05.
http://www.city.joso.lg.jp/jumin/kosodate_kyoiku_sports/kyoiku/oshirase/1457415033260.html, (参照 2017-01-04).

(4)“熊本地震 スプリンクラーの配管破損 4図書館9300冊水浸し”. 毎日新聞. 2016-05-21.
http://mainichi.jp/articles/20160521/ddg/041/040/007000c,(参照 2017-01-04).

(5)“火災の図書館復旧に支援を”. 長崎新聞. 2017-01-18.
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2017/ 01/18094555050150.shtml,(参照 2017-01-20).

(6)“保存協力プログラム”. 国立国会図書館. 2016-10-02.
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10206601/www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/coop/program.html, (参照 2017-01-26).

(7)“保存協力”. 国立国会図書館.
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/coop/index.html, (参照 2017-01-04).

(8)“常総市立図書館被災資料の修復”. 国立国会図書館.
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/coop/Joso.html, (参照 2017-01-04).

(9)青木睦. “大量水損被害アーカイブズの救助システムと保存処置技術”. 平成18年7月豪雨災害における水損被害公文書対応報告書. 天草市立天草アーカイブズ, 2010, p. 90-110.

(10)詳しくは以下のページを参照のこと。
“ 水にぬれた資料を乾燥させる”. 国立国会図書館.
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/manual_drying.html,(参照 2017-01-04).

(11)“文化財防災ウィール”. 文化庁. p.6.
http://www.bunka.go.jp/earthquake/taio_hoho/pdf/jyoho_03.pdf, (参照 2017-01-20).

(12)“資料保存マニュアル 別紙2 トリアージフロー図”. 東京都立中央図書館.
http://www.library.metro.tokyo.jp/Portals/0/about%20us/pdf/bousai2triage.pdf, (参照 2017-01-04).

(13)国立国会図書館収集書誌部資料保存課. “小規模水災害対応マニュアル”. 国立国会図書館.
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/pdf/manual_flood.pdf,(参照 2017-01-04).

(14)ジョン・マッキンウェル, マリー=テレーズ・バーラモフ監修, “IFLA 災害への準備と計画:簡略マニュアル”. 国立国会図書館訳. 国立国会図書館.
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/pdf/ifla_briefmanual.pdf, (参照 2017-01-26).

(15)1.2でも述べたように、NDLでは、代替資料の入手や自館での修復が困難な被災資料についての支援活動も行っている。都道府県立図書館や近隣の図書館等とも相談の上、下記ウェブページ記載の収集書誌部資料保存課の「連絡先」まで問い合わせいただきたい。
“資料の保存”. 国立国会図書館.
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/index.html, (参照 2017-01-26).
NDL以外で、災害時に資料保存に関する支援活動を行っている組織としては以下のようなものがある。詳しくは各組織のウェブサイトを参照のこと。
日本図書館協会図書館災害対策委員会.
http://www.jla.or.jp/committees/tabid/600/Default.aspx, (参照 2017-01-20).
文化財防災ネットワーク. 
http://ch-drm.nich.go.jp/,(参照 2017-01-20).

(16)施設管理者、防災責任者、公立図書館であれば都道府県立図書館等が想定される。

(17)都道府県立図書館、施設管理や警備を委託している場合はその業者、消防署等が想定される。

(18)例えば、以下のような文献があるほか、日本図書館協会資料保存員会が、各機関がインターネット上で公表したマニュアル類を集約したウェブページを公開している。
青木. 前掲.
松下正和ほか編. 水損史料を救う:風水害からの歴史資料保全. 岩田書院, 2009,158p, (岩田書院ブックレットアーカイブズ系, 12).
日本図書館協会資料保存委員会. “被災資料救済・資料防災情報源”.
http://www.jla.or.jp/committees/hozon/tabid/597/Default.aspx,(参照 2017-01-20).

 

[受理:2017-02-07]

 


正保五月. 水損資料を救うために. カレントアウェアネス. 2017, (331), CA1891, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1891
DOI:
http://doi.org/10.11501/10317592

Shobo Satsuki.
To Save Water Damaged Materials.