カレントアウェアネス-E
No.276 2015.02.19
E1655
「忘れられる権利」の適用範囲-EUとGoogleの見解
2014年5月13日の欧州連合(EU)の欧州司法裁判所(Court of Justice)の裁定により,検索エンジンの検索結果に関して,検索エンジン運営者にEUデータ保護指令第2条(d)で定義される「管理者」(controller)としての削除義務があることが認められた。そして,データ主体(識別された又は識別され得る自然人のことで,ここでは,個人名での検索により自らの情報を含むデータへのリンクが表示される個人)には削除を要求する権利があることが認められた(E1572,E1585参照)。
EUデータ保護指令第29条に基づいて設置される,「個人データの取扱いに係る個人の保護に関する作業部会」(以下「EU第29条作業部会」という。)は,この裁定内容の実施に関して,2014年11月26日にガイドラインを公表した。一方で,Google諮問委員会は,2015年2月6日付けで,報告書を公表した。
Googleは,欧州司法裁判所の裁定を受けて,EUドメイン(「.eu」「.fr」「.uk」など)に限ってのURLの削除を続けている。しかし,削除対象となるURLのドメインの範囲については,第29条作業部会とGoogleとの間で見解の相違がある。そこで,本稿では,削除対象ドメインの範囲について,両者の見解を概説する。
1. EU第29条作業部会のガイドライン
EU第29条作業部会は,EU各加盟国が指名する監督機関の代表者,EUの機構等の代表者,欧州委員会の代表者から構成され,個人データの取扱いに係る個人の保護に関して独立して助言を行う(第29条第1項,第2項)。そして,EUデータ保護指令に従って採択された各国の措置の統一的な適用に資するために,当該措置の適用を含むあらゆる問題点について検討するなどの権能を有する(第30条第1項)。EU第29条作業部会により公表されたガイドラインは,2部構成となっており,第1部は,当該裁定の解釈が,第2部では,欧州のデータ保護機関が苦情申出を取り扱う際の共通基準が示されている。検索エンジン事業者に対する削除リクエストが拒否された場合,データ主体は,データ保護機関に苦情申出を行うことができる。共通基準では,データ保護機関が考慮すべき13の要素とその判断基準が示されている。データ保護機関は,この共通基準を用いて,個別の案件ごとに苦情申出を評価することが求められている。
また,ガイドライン要旨第7では,削除対象のURLのドメインについて,次のようなEU第29条作業部会の解釈が示されている。
欧州司法裁判所の裁定で定義されたデータ主体の権利(削除を求める権利)を確保するには,削除判断は,当該権利の十分で完全な保護を保障し,かつ,EU法を回避されない手段で履行されなければならない。その意味では,利用者がEUドメインから検索エンジンにアクセスする傾向があるという理由だけで,EUドメインに限って削除することは,十分な手段であるとは言えない。いかなる場合も,comドメインも含めた全ての関連ドメインについて実効的な削除を行わなければならない。
2. Google諮問委員会の報告書
Google諮問委員会の報告書によると,Google諮問委員会の委員は,独立した専門家の立場で,全員がボランティアで参加している。報告書は,第1章「序章」,第2章「裁定の概要」,第3章「裁定で検討された権利の性質」,第4章「削除リクエストの評価基準」,第5章「手続要素」という5章構成になっている。さらに,「附属書」として,諮問委員会の委員個人の見解等が示されている。第4章で示される,削除リクエストの評価基準は,大きく(1)データ主体の公的役割,(2)情報の性質(個人のプライバシーへの強い影響,公衆の利益),(3)情報の出処(source),(4)時の経過の4点である。
また,第5章第4節では,削除の地理的範囲についての議論がなされており,そこでは,次のように述べられている。
多くの検索エンジン事業者は,特定国の利用者に的を絞った異なるバージョンを運営している。欧州司法裁判所の裁定は,削除が適用されるべき検索エンジンのバージョンを明確にしていない。欧州諸国の利用者が,「www.google.com」とブラウザに入力しても,自動的に,Google検索エンジンの地域バージョンにリダイレクト(転送)されることが通常である。欧州からのクエリ(検索サービスにおける利用者からの検索要求)の95%以上は,地域バージョンの検索エンジンからのものであることがGoogleから諮問委員会へ伝えられた。こうした背景によれば,原則として,欧州諸国の地域バージョンについて削除を行えば,現状,データ主体の権利は適切に守られると諮問委員会は考える。確かに,欧州諸国以外の地域バージョンや国際的なバージョンについても削除を行えば,データ主体の権利を完全に保護することができるかもしれない。しかし,そのデータ主体の権利保護と競合し,さらにそれを上回る利益(情報へアクセスできるという公衆の利益)もあるという意見が委員会では多数派を占めた。
3.終わりに
検索エンジンの検索結果についての削除をめぐっては,日本でも複数の裁判例がある。こうした背景の下,Yahoo!JAPANを運営するヤフー株式会社は,2014年11月7日に,「検索結果とプライバシーに関する有識者会議」(委員長:内田貴東京大学名誉教授)を設置し,2014年度中を目途にその結果を公表する予定であるとする。EU第29条作業部会とGoogle諮問委員会において,それぞれ,削除対象ドメインの範囲が論点とされたとおり,検索エンジンを通じて人が情報を収集する行為は,国境にとらわれないものである。具体的判断の方向性が今後どのように形成されていくか,国内外の動向が注目される。
調査及び立法考査局行政法務課・今岡直子
Ref:
http://ec.europa.eu/justice/data-protection/article-29/press-material/press-release/art29_press_material/20141126_wp29_press_release_ecj_de-listing.pdf
http://ec.europa.eu/justice/data-protection/article-29/documentation/opinion-recommendation/files/2014/wp225_en.pdf
https://drive.google.com/a/google.com/file/d/0B1UgZshetMd4cEI3SjlvV0hNbDA/view
http://googlepolicyeurope.blogspot.jp/search/label/Right%20to%20be%20Forgotten
https://www.google.com/advisorycouncil/
http://www.google.com/transparencyreport/removals/europeprivacy/
http://www.independent.ie/business/technology/google-expert-panel-wants-right-to-be-forgotten-limited-to-european-union-30943394.html
http://publicpolicy.yahoo.co.jp/2014/11/0717.html
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