E1572 – 「忘れられる権利」と消去権をめぐるEU司法裁判所の裁定

カレントアウェアネス-E

No.261 2014.06.19

 

E1572

「忘れられる権利」と消去権をめぐるEU司法裁判所の裁定

 

 欧州連合(EU)の最高裁判所に当たる欧州司法裁判所(Court of Justice)は,2014年5月13日に,EUデータ保護指令,EU基本権憲章の規定により,検索エンジンの運営者は,EU市民の過去の個人情報へのリンクを検索結果から削除すべき義務を負う旨の裁定を行った。また,今回の裁定に関連する立法の動向として,EUデータ保護指令の規則への変更も注目される。

 

1. 経緯

 スペイン在住のX氏は,Google検索結果に,自己の不動産競売に係る1998年の新聞記事へのリンクが表示されることについて,2010年に,スペイン情報保護局(Agencia Espanola de Proteccion de Datos)へ申立てをした。X氏は,新聞社には当該記事の削除を,Google Spain,Googleには検索結果の非表示を求めた。情報保護局は,新聞社への請求は退けたが,Google Spain,Googleに対する請求は認めた。これに対して,Google Spain,Googleは,情報保護局の判断の取消しを求めて,X氏,情報保護局を被告として,スペインの全国管区裁判所(Audiencia Nacional)へ提訴した。

 スペインの全国管区裁判所は,EUデータ保護指令について,1995年の採択後の技術進歩を踏まえて解釈する必要があると判断し,2012年3月に,欧州司法裁判所へ,先決裁定(preliminary ruling)を求めた。先決裁定とは,EU構成国の国内裁判所が,欧州司法裁判所にEU法の条文解釈等についてあらかじめ裁定を求める手続で,国内裁判所は,その裁定に基づき,事件を処理する。今回,付託された事項は,EUデータ保護指令第12条(b)(データ消去権等),第14条第1項(a)(データ処理の拒否権),EU基本権憲章第8条(個人データの保護)等の解釈であった。

 なお,欧州司法裁判所の裁定に先立ち,2013年6月25日に,「忘れられる権利」がEUデータ保護指令第12条(b),第14条第1項(a)から一般的に導かれるわけではない旨の法務官(advocate general)の意見が公表されている。

 

2. 先決裁定の概要

 欧州司法裁判所は,「忘れられる権利」そのものの権利性を認定したわけではないが,個人が忘れられることを望む過去の情報に関して,検索エンジンの運営者は,EUデータ保護指令第12条(b),第14条第1項(a)の規定に従い,一定の削除義務を負うと裁定した。削除のための判断においては,関連する全ての事情が考慮されなければならず,特に,当該情報が,現時点において,個人名での検索により表示される検索結果からリンクされるべきではないという権利を個人が有しているかどうかについて,審査されなければならないとした。それが肯定される場合には,運営者は,検索結果から当該情報を含むページへのリンクを削除しなければならず,それは,当該情報がリンク先から事前又は同時に削除されない場合や,情報自体は適法に公表されていた場合も,同様であるとした。そして,EU基本権憲章第7条,第8条に鑑みれば,プライバシーと個人データの保護という基本的権利は,原則として,運営者の経済的利益のみならず,当該情報へアクセスする公衆の利益にも優先するが,例外的に,公人である場合等には,公衆の利益が優越するとした。また,個人は,直接,運営者に削除を求めることができ,運営者がそれを認めなかった場合には,監督機関や裁判所へ訴えることができる旨を示した。

 

3. EUデータ保護指令の規則への変更

 現在,EUでは,EUデータ保護指令を規則へと変更するための見直しが行われている。2012年1月に,欧州委員会(European Commission)は,EUデータ保護規則提案を示した。指令は,名宛人である加盟国のみを拘束し,その内容を達成するための手段と方法は名宛人国に委ねられているのに対し,規則は,全ての加盟国を拘束し,直接適用可能なものとして,自動的に国内法となる。規則の制定は,EU運営条約第294条の通常立法手続により行われるところ,欧州委員会の提案に対して,欧州議会(European Parliament)と理事会(Council)が,三読会制による審議を通じて,共同で採択する。

 今回の付託事項ともなった,EUデータ保護指令第12条(b)の「消去権」に関しては,まず,欧州委員会において,「忘れられる権利及び消去権(Right to be forgotten and to erasure)」(EUデータ保護規則提案第17条)として,精緻化及び詳細化された提案がなされた。しかし,「忘れられる権利」の保障の実現可能性や実効性には,疑問も出された。

 その後,欧州議会は,2014年3月に,第一読会で,EUデータ保護規則提案の修正案を可決した。欧州議会の修正により,「忘れられる権利」の文言が削られ ,「消去権」として規定されるにとどまったが,実質的な権利の内容や対象は拡大された。消去権の内容としては,(1)管理者に個人データを消去させる権利,(2)管理者に個人データの頒布を停止させる権利に加え,(3)第三者に個人データのリンク,コピー又は複製を消去させる権利が入った。そして,EU域内の裁判所又は規制機関が,消去されるべきであると判断した個人データについても,消去権の対象となった。

 2014年6月5日,6日には,理事会の司法内務理事会会合が開かれたが,これらの論点に関する結論は出されていない。2014年中の規則の成立が目指されているところ,今回の裁定を受け,今後の動向が注目される。

調査及び立法考査局行政法務課・今岡直子

Ref:
http://curia.europa.eu/juris/documents.jsf?num=C-131/12
http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?docid=152065&mode=req&pageIndex=1&dir=&occ=first&part=1&text=&doclang=EN&cid=192516
http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2014-05/cp140070en.pdf
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:31995L0046
http://www.europarl.europa.eu/charter/
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2012:0011:FIN:EN:PDF
http://home.jeita.or.jp/page_file/20120427161714_ljwGedIUnB.pdf
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?type=TA&reference=P7-TA-2014-0212