E1583 – 持続可能なデジタル人文学のために:大学における支援の現状

カレントアウェアネス-E

No.262 2014.07.10

 

 E1583

持続可能なデジタル人文学のために:大学における支援の現状

 

 「デジタル人文学」(Digital Humanities;以下DHと略)という言葉が誕生して10年,いまやそれは全米人文学基金をはじめとする様々な研究助成団体から巨額の資金が投じられる研究領域にまで成長した。DHの成果物には,パブリック・ヒューマニティーズ(Public Humanities)としての可能性,すなわちアカデミズムの枠を超えて人文学知を市民に提供するアウトリーチリソースとしての役割が期待されている。しかしひとたび助成期間が終われば,多くのプロジェクトにおいて生み出されたそれらデジタル形式の成果物を維持し続けることには困難がつきまとう。これまでも度々指摘されてきたこの問題をテーマに,2014年6月18日,Ithaka S+Rが調査レポート“Sustaining the Digital Humanities”と,大学上層部向けにプロジェクトの持続可能性評価のためのツールキットを発表した。

 このレポートは,同じくIthaka S+Rが2011年に発表したレポート“Funding for Sustainability”の続編にあたる。そこでは,高等教育機関や図書館・博物館・アーカイブズ等におけるデジタルリソースの維持管理をめぐって,それら当事者間のコミュニケーション不足が指摘され,プロジェクト実施機関の果たすべき役割が論じられていた。一方で,この度のレポートでは,高等教育機関に焦点を絞った上で,個々の機関レベルでのDH支援の現状やその優良事例を描き出すことを目的としている。

 調査は2段階に分けて実施された。まずは,文献調査に加え,米国内の12の大学に所属するプロジェクトリーダーや大学上層部,図書館長,DHセンターの責任者等125名以上のインタビューが実施された。次に,その調査に基づき,大小,そして公私といった属性の異なる4つの大学(ウィスコンシン大学マディソン校,インディアナ大学ブルーミントン校,ブラウン大学,コロンビア大学)を選定し,各大学におけるDH支援についてより詳細な実態調査が行われた。

 その結果は概略次のようにまとめられる。まず,4大学でのインタビュー調査では,研究者らの約半数が単にデジタルツールやデジタルコンテンツを使うだけでなく,作る側にも回っていると回答した。また,回答者の64%が一般公開を第一に考えていると答え,72%が自らもしくは他の誰かによる継続的な開発・運用を求めていた。しかし,大学内においてプロジェクトの企画立案段階での支援は充実しているものの,プロジェクトのライフサイクル全体を考慮した支援は少なく,特にプロジェクトの持続に関わる段階へのサポートは,どの部署が担当するのかすらはっきりしていないようであった。ゆえに,プロジェクトリーダーらは受けられるサポートは何でも受けようとするものの,支援についての全体的な視野での戦略が欠けているため,プロジェクトの持続に関わるデジタル保存やアウトリーチ等といった段階への支援が薄くなっているという状況にある。一方で,DHの成果が機関としての目標にどれほど合致するものなのか,また,その成果について誰が責任を負うべきなのかが不透明であるという現状が,DHに対する投資計画を立てにくくしているとの指摘もあった。そのため,「DH熱」が加速しているにもかかわらず,大学上層部にとってはDHとはそもそも何か,どんな意義があるのかがよく分からないままとなってしまっている。DHの持続可能性の問題は,現状として多くのケースで図書館や研究科のレベルを超えるには至っていないということが明らかとなった。

 以上を踏まえレポートでは,持続可能なDHへと導くための成功要因を次のように列挙している。すなわち,「デジタルな研究活動を機関全体のプライオリティにすべく,大学上層部から助成その他の支援を取りつけること」「大学内の様々な部署,特に図書館・IT部門・デジタルリサーチラボとの間で密な関係を築いておくこと」「デジタルプロジェクトの企画立案および運営に長けた人物に投資をすること」「支援を担う部門に過度の負担がかからないように,支援のあり方を合理化し,教員から求められている内容をマネージメントすること」「プロジェクトリーダーの創造力や研究目的を過度に制限しない限りにおいて,評価基準を示しておくこと」等である。

 持続可能なDHのためにプロジェクト実施機関は研究者をどのように支援すべきか。研究者の中で長らく懸案となっていたこの問題の解決に向け一定の道筋を示した本レポートの意義は大きい。しかし一方で課題も残されている。例えばDigging into Data Challengeのように,DHには地域や国を超えた連携協力も進められているという現状がある。だが本レポートの射程は,DHの持つその越境的な特質にまで及んでいない。それらのプロジェクトの継続的な運営について,だれがその責任を担い,そしてどのように支援をすればよいのか。この点を今後の課題として指摘しうるだろう。

関西館文献提供課・菊池信彦

Ref:
http://ci.nii.ac.jp/naid/110009636226
http://www.neh.gov/divisions/odh
http://4humanities.org/
http://www.sr.ithaka.org/blog-individual/new-report-sustaining-digital-humanities-host-institution-support-beyond-start-phase
http://www.sr.ithaka.org/research-publications/sustaining-digital-humanities
http://www.sr.ithaka.org/research-publications/sustainability-implementation-toolkit
http://www.sr.ithaka.org/research-publications/funding-sustainability-how-funders%E2%80%99-practices-influence-future-digital