E1585 – 「忘れられる権利」をめぐるEUの裁定とGoogleの対応

カレントアウェアネス-E

No.263 2014.07.24

 

 E1585

「忘れられる権利」をめぐるEUの裁定とGoogleの対応

 

 欧州連合(EU)の欧州司法裁判所(Court of Justice)は,2014年5月13日に,EUデータ保護指令,EU基本権憲章の規定により,検索エンジンの運営者は,EU市民の過去の個人情報へのリンクを検索結果から削除すべき義務を負う旨の裁定を行った(E1572参照)。本稿では,Google検索結果の意義を踏まえ,なぜGoogleが義務を負うこととなったかという,検索エンジンという主体に関する裁定部分,すなわち,EUデータ保護指令第2条(b)(個人データの処理の定義),同条(d)(管理者の定義)の解釈等と,これを受けたGoogleの対応を紹介する。

 

1. Google検索結果の意義とそれに関する裁定

 人がインターネットで情報を収集する際には,まず検索エンジンを利用し,その検索結果を基に,知りたい情報が掲載されているウェブサイトを閲覧することが多い。Googleは,世界で最も利用されている検索エンジンであり,インターネット市場調査会社による検索エンジンシェアの統計“2013 EuropeDigital Future in Focus”によれば,2012年において欧州全域で86%のシェアとなっている。

 Googleは,世界中の情報を整理し,世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることを使命として掲げる。そのための検索アルゴリズムは公開されていないが,例えば,より多くのウェブサイトからリンクされているページは注目度・重要性がより高いであろうといった推論規則に従って,自動的に検索結果を生成しており,人為的判断の介入を極力少なくすることで内容に関する中立性を維持してきたと言われている。なお,これまでもGoogleは,検索結果についての「削除ポリシー」を公表し,具体的な危害へつながり得る個人情報や,不適切な画像・動画について一定の削除を行ってきた。

 欧州司法裁判所は,何人も,検索エンジンで個人名を検索した際に表示される検索結果の一覧から,インターネット上の当該個人に関する構造化された情報を概観することができ,検索エンジンこそが情報を相互に結び付ける役割を果たしているとした。さらに,インターネットや検索エンジンが発達した現代で,検索結果は,あらゆるところで生成されるため,個人の権利侵害の危険が高まっているとした。

 そして,これらに鑑み,検索エンジンの動作は,インターネット上の情報を自動的に索引付けし,一時的に蓄積し,最終的には,特定の優先順位に従って利用できるようにするものであるため,当該情報に個人データが含まれている場合,この一連の動作は,EUデータ保護指令第2条(b)で定義される「個人データの処理」(processing of personal data)に該当すると裁定した。続いて,検索エンジンの運営者は,同指令第2条(d)で定義される「管理者」(controller)に該当すると裁定した。その結果,リンク先のウェブサイトの管理者の責任とは独立して,Google自身の管理者としての責任(削除義務)が認められた。

 

2. Googleの対応

 Googleは,5月29日に欧州司法裁判所の裁定に従う意向を表明し,5月30日には,削除申請の受付をウェブサイトで開始し,6月26日から削除作業を始めたと報じられている。新たに設けられた削除申請フォームにおいて,申請者は,自己にどの国の法律が適用されるかを選択する。申請フォームにおける国の一覧から,Googleは,EUデータ保護指令が適用される,EU加盟国,欧州経済領域(EEA)加盟国及びスイスの計32か国を対象としていることが分かる。ただし,対象国において検索結果の削除がなされたとしても,対象国以外では,従前どおり,検索結果が表示される。ここを捉え,海外メディアは自社の記事が英国における検索結果からは削除されているが,米国では表示されること等を報じており,検索結果が削除された記事について,より注目を集める事態が起きている。

 Googleは,外部有識者8名とGoogle幹部2名から構成される諮問委員会を設けた。設置の目的は,削除申請に対して,個人の「忘れられる権利」を公衆の知る権利と比較衡量することが求められているところ,これはGoogleにとって新たな難しい課題であり,具体的な判断において適用すべき原則等に関する助言が必要であることとしている。

 なお,諮問委員会の一員でもある,Googleのエリック・シュミット会長は,その著書(“The New Digital Age”/邦訳『第五の権力 – Googleには見えている未来』)で,「消し去ることのできない記録をもつ,『人類最初の世代』」と表現し,インターネット上の情報のコントロールの困難さを述べ,「とりわけ責任のある地位に就こうという人は,過去について申し開きをしなくてはならなくなる。」と、個人の過去の情報についての責任に言及している。

 今回の裁定を契機に,検索エンジンの運営者は,検索結果として表示される個人の過去の情報に関し,EUデータ保護指令の解釈として,より情報の内容に踏み込んだ自主的な判断が求められるようになった。Microsoftも検索エンジンBingについて,検索結果からのブロック申請フォームを開設しており,その他の検索エンジンの運営者の動向も注目される。検索エンジンの影響力の大きさに鑑みると,その自主的な判断の蓄積は,今後のインターネット上のルールの在り方として意義深いものになろう。

 

調査及び立法考査局行政法務課・今岡直子

Ref:
http://curia.europa.eu/juris/documents.jsf?num=C-131/12
http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?docid=152065&mode=req&pageIndex=1&dir=&occ=first&part=1&text=&doclang=EN&cid=192516
http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2014-05/cp140070en.pdf
https://support.google.com/websearch/answer/2744324?hl=ja
https://support.google.com/legal/contact/lr_eudpa?product=websearch&hl=en
http://www.google.co.uk/policies/faq/
https://www.bing.com/webmaster/tools/eu-privacy-request
E1572