カレントアウェアネス-E
No.263 2014.07.24
E1584
進化する学術レコードと変わりゆくステークホルダーの役割
「それは全ての学問領域で既に書かれたもの……安定したグラフィック情報の集合であり,その学問領域における議論の基盤となり,その学問領域の進展を測るもの」,コーネル大学の図書館員アトキンソン(Ross Atkinson)氏は学術レコードをこう定義している。しかしこの抽象的すぎる定義では,残していくべき学術レコードとそうでないものを識別するという実務上の課題に十分に応えることはできない。
2014年6月5日に米国OCLCの研究部門OCLC Researchが公開したレポート“The Evolving Scholarly Record”は,前述の課題を解決するための手がかりを提供している。同レポートでは,学術レコードの進化の方向性を確認した上で,2つのフレームワーク,すなわち学術レコードのコンテンツの内容を概念化し分類したものと,その学術レコードを巡る研究者・出版社・図書館などのステークホルダーの役割を整理したものを提示している。さらに,今後の学術レコードをめぐる課題をまとめている。
まず,学術レコードの進化の方向性として,(1)紙媒体からデジタル形式へ,さらにネットワーク上にシフトしていること,(2)ジャーナルや書籍に加えて,研究データや実験ノートなども学術レコードの一部と見なされるようになり,その境界が拡大しかつ曖昧になっていること,(3)デジタル化により紙の時代に比べて変化しやすくなっており,学術出版以外のルートでも流通するようになるなど,学術レコードの基本的な特徴が変化していること,(4)学術レコードのステークホルダーの役割が再構成されていること,の4点を挙げている。
このような学術レコードの進化の傾向をふまえ,OCLC Researchは,学術レコードの分類とステークホルダーの役割の2つの部分で構成されるフレームワークを考案した。これは、ステークホルダー間の共通理解を促すためのものである。
学術レコードのコンテンツの分類については,ジャーナルや書籍に代表される学術成果,研究過程で生成される資料,成果公開後に補足的に生成される資料の3つに分けている。研究過程で生成される資料には,ソフトウェアや実験プロトコルなどの「メソッド」,データセットなどの「エビデンス」,学会発表や研究助成金の提案書などの「ディスカッション」がある。また,公開後に生成される資料には,メーリングリスト,ブログや学会発表などの「ディスカッション」,追加の発見や誤りの修正を加えた「リビジョン」,要約や一般向けリライトなどの「リユース」がある。「エビデンス」であるデータセットが大きな学術的貢献とみなされる分野が存在するというように,学問領域に応じて重要視されるコンテンツは異なる。特定の学問領域において残していくべき学術レコードの選択基準を検討する際に,この分類が助けになるとしている。
ステークホルダーの役割については,生成・固定・収集・使用の4つに整理している。伝統的な紙媒体中心のサイクルでは,研究者によって学術レコードが「生成」され,出版を通して文献として「固定」され,図書館によって「収集」され,さらに研究者や学生によって「使用」されることで,新たな学術レコードが「生成」される。しかし学術レコードの進化により,機関リポジトリや研究者のWebサイトで学術レコードが公開され「固定」の役割を経ないケースや,資料のデジタル化によって「収集」の役割を担っていた図書館を経ない形で「使用」されるケースが生じ,これらの役割は再構成されている。例えば後者のケースでは「収集」の役割は,従来のステークホルダーである図書館に代わりJSTORやPorticoなどの組織が新たにその役割を担うようになっている。レポートでは,このことは,4つの役割の一部が一時的に欠けることがあるにせよ,学術レコードの長期的な保存やアクセスの環境を構築するには,そのギャップをなんらかの形で補完する必要があることを示すとしている。そして,環境構築の戦略を立てる時に,埋められるべき責任や機能のギャップを明らかにするために,このフレームワークが役に立つと述べている。
最後に,今後の学術レコードをめぐる課題を整理している。ここでは,残していくべき学術レコードの選択基準のほか,(1)学術レコードと文化的レコードの違いを明らかにすること,(2)変化しやすい学術レコードに対するバージョン管理や引用・参照の問題に対応すること,(3)関連性のある学術レコードを一つの学術業績として結びつけアクセスと利用を容易にすること,(4)さまざまな機関で分散管理される学術レコードの長期保存に適した管理モデルを確立すること,を例として列挙している。このような課題解決にはステークホルダー間の共通認識や協調関係が重要であり,その実現の第一歩となるフレームワークの有用性を改めて主張し,まとめとしている。
九州大学文系合同図書室/統合新領域学府ライブラリーサイエンス専攻・大谷周平
Ref:
http://dx.doi.org/10.1016/0364-6408(90)90006-G
http://www.oclc.org/content/dam/research/publications/library/2014/oclcresearch-evolving-scholarly-record-2014-a4.pdf