CA974 – 研究図書館は電子化すべきではない? / 小林昌樹

カレントアウェアネス
No.183 1994.11.20


CA974

研究図書館は電子化すべきではない?

コンピュータ技術の革新は全ての図書館に全面的改宗を迫っているようにみえる。米国の研究図書館界も30年ほど前からこの問題に直面してきた。しかし今までの論者は,紙メディア図書館と電子図書館を二者択一的に考え,館種の違いをあまり配慮しない傾向にあったのではないだろうか。

長く大学図書館経営に携わってきたスティーブンス(Norman D. Stevens)は,研究図書館の本質的機能は過去と未来とのかけ橋であると説く。カレントな資料の比重の高い専門図書館などと異なり,かなり長いタイムスパンで活動し各時代の利用者にサービスするのが研究図書館であり,それを保証する主題的,時間的に十分な広がりのある蔵書を持つ。このような特性から研究図書館の考察には長期的視野が必要であると彼はいう。

図書館への新しい機器の導入は今に始まったことではない。米国の研究図書館は19世紀後半,ドイツを模範とする大学改革によって実質的に発展し始め,この時期に蔵書を急増させた。デューイの図書館会社は,この急増した蔵書を管理する機器を供給するためにあったといってよい。タイプライターや電話機も図書館サービスに導入されてきた機械だといえる。なかでも写真複製技術の導入は研究図書館の発展に非常に貢献した。

コンピュータの潜在的能力が広く認められるようになった1950年代から1960年代には,情報工学の立場から専門図書館や研究図書館ヘコンピュータ導入が図られたが小規模なもの以外はほぼ失敗した。むしろこの時期普及したのはコピー機であった。1960年代から1970年代にかけてMARCや書誌データベースが実用化したが,これはコンピュータの導入に図書館員が主導権をとった結果である。1990年代に入るとオンラインデータベースより研究図書館向きのCD-ROMが普及した。このように必ずしも技術の専門家ではなかった館員が機械を業務にうまく導入してきた歴史が図書館にはある。

また,以上の新技術の導入は,基本的に従来のサービスを機械に肩代わりさせたにすぎないともいえるが,これに対して研究図書館の本質的機能を変容させる試みがなかったわけではない。マサチューセッツ工科大でl960年代半ばに試みられたIntrexプロジェクトがそれだが,本格的導入に必要とされた従来の15倍もする図書館予算など獲得できるはずもなく,失敗した。

コンピュータの発達により全資料を電子化できるとする論もあるが,これは当面ありそうもないし,特に研究図書館でそうである。理論的にはともかく,これまで研究図書館が蓄積した情報の電子化には,莫大なコストが必要なことを忘れるべきではない。全ての電子化には,設置母体の資源配分の枠組み全体を見直させるほどのものが必要だが,これに期待できないことは明らかである。

また研究図書館の資料の特徴として,芸術的理由などから原資料でないと無意味なものもある。空間,時間を大きくカバーする多数の蔵書についても,個々の本当の利用者は比較的少数であることを考慮すべきであろう。研究図書館には全面的電子化はそぐわないといえる。

しかしこのことは未来にむかって研究図書館がなにもしなくてよいということにはならない。いくつかの重要な課題もある。

現実に,電子メディア情報の蓄積が進みつつあるということがある。英米には既に約l00のコンピュータ・アーカイブがあるという。研究図書館も早晩この種の情報を新たな収集対象としなければならない。

その際に問題となるのは,情報が紙よりずつと不安定な媒体にのっていること,そのままでは読めないという二つの点である。第二次大戦の大量の米軍記録が現在,IBMパンチカードのそれもマイクロフィルム版でしか存在しないことは古典的な例である。

電子メディアの保存に関する先駆的研究によれば,約20年ごとに新しいメディアに変換する必要があるという。それならば,最初から紙資料のほうがよいという論もある。長いタイムスパンでサービスをする研究図書館にとり,電子メディアの物理的保存を考えることと,アクセス手段の恒常性を確保することは重要な課題である。

バックランドは,紙メディア文献もなくならない一方で,部分的にならば電子図書館も可能性があり,近未来の図書館はそれらの図書館サービスを混ぜたようなものになるとする。そうだとすれば,近未来の研究図書館は,他館種にくらべ比較的紙メディアに比重を置いた形で発展していくと考えられるだろう。また電子メディア技術の短期的な変動には,距離をおいて対応することが,むしろ望ましいことかもしれない。

小林昌樹(こばやしまさき)

Ref: Stevens, Norman D. Research libraries: past,present and future. Advances in librarianship. 17, 79-109,1993
Buckland, M. K. 図書館サービスの再構築 勁草書房 1994. 129p