カレントアウェアネス
No.154 1992.06.20
CA815
ガット・ウルグアイ・ラウンドと著作権
ガット(関税と貿易に関する一般協定)・ウルグアイ・ラウンド(新多角的貿易交渉)においては,コメ市場開放問題で関心が持たれている農業分野以外の交渉分野でも,米国,EC,日本,そして発展途上国の間で幾つかの困難な交渉が続けられてきた。その一つが知的所有権交渉(TRIP)である。東京ラウンド当時からの不正商品問題を引き継ぎながら,今ラウンドでは不正商品のみでなく,その他の知的所有権を巡る問題も対象とされ,著作権,特許,意匠等の知的所有権の国際ルールづくりのために交渉が進められてきた。その成果は,1991年12月20日にドンケル・ガット事務局長が提示したウルグアイ・ラウンドの包括合意案(ドンケル・ペーパー)に盛り込まれている。ここではその著作権,著作隣接権関係部分について,(1)既存の国際条約との関係,(2)レコードレンタル問題との関連,に絞りごく簡単に紹介することにする。
(1)ベルヌ条約等との関係について
著作権については既に「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」が存在しており,加盟国は90ヵ国におよぶ。また一方,著作隣接権についての「実演家,レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(ローマ条約)」の締結国は37ヵ国で,主要国の中では米国が参加していない(共に1992年1月1日現在)。
さて,著作権について今回のドンケル・ペーパーは,ガット加盟国はベルヌ条約(ただし第6条の2を除く)に従うものとすると規定した上で,さらに手厚く,ベルヌ条約には規定の無いコンピュータ・プログラムとデータ編集物,貸与権等の保護についても定めている。つまり,既に広く通用しているベルヌ条約という国際ルールを確認し,それを前提としてさらに進んだ著作権保護をめざしたものといえよう。なお,例外とされたベルヌ条約第6条の2とは,著作者人格権についての規定である。これが例外とされたのは,ベルヌ条約に加盟したにもかかわらず従来どおり著作権法上に人格権に関する規定を設けていない米国(しかし,1990年の著作権法改正で美術の著作者については人格権を認めた)の意向が強く働いたためとみられる。
一方,著作隣接権(実演家,レコード製作者,放送機関の有する権利)に関しては,ドンケル・ペーパーの扱いは著作権とは若干異なっている。著作権の場合と違って,既存のローマ条約に従うとの規定はない。すなわち著作隣接権については今回,ローマ条約とは別個の,新たな国際ルールが提示されたとみることが出来よう。そのうえで,ローマ条約との整合性については,「ローマ条約の許容する範囲内で」,ドンケル・ペーパーに「条件,制限,例外及び留保を規定することができる」として維持されている。
(2)レコードレンタルとの関係について
ドンケル・ペーパーは,レコードレンタルに関して,レコード製作者等に50年間の許諾権又は禁止権を与えることにしている。この規定のもとでは,レコードレンタル業は成り立ちえない。しかし,ドンケル・ペーパーは上記の原則の例外を認めており,「この協定の署名の日に」「権利者に対する公正な報酬の制度」を有していて,レコードレンタルが権利者の権利を「実質的に侵害していない」場合には,例外的に現行のレコードレンタル制度を維持することができるとしている。この特例に該当するのは唯一日本であるとみられており,日本においてのみレンタル制度を維持しうることになる。
ウルグアイラウンドとは直接の関係はないが,日本では改正著作権法が平成4年1月1日から施行され,レコードのレンタルに関して,外国のレコード製作者にも権利が認められ,1年間の貸与許諾・禁止権と49年間の報酬請求権が与えられることになった。この改正に関して,日本のレンタル業界は邦盤メーカーとの合意事項(法制上の1年間の許諾権を行使する際の実際の貸与禁止は1〜3週間とする)を受け入れるよう洋盤メーカーと交渉を続けている。しかし,米国レコード協会は法文に厳格に,発売後1年以上たたないとレンタルを認めないという立場を現在も崩していない。これに対し,日本のレンタル業者側からは,著作権法を再改正して貸与許諾の1年間を廃止又は短縮せよとの動きも出てきている。このまま摩擦が激化し,米国側が態度を硬化させた場合,ドンケル・ペーパーで提案された日本のレンタル制度存続を認めている特例措置の,今後の取扱いにマイナスの影響がでることも懸念される。
篠原ミカ(しのはらみか)
Ref: Morner, Anna. The GATT Uruguay Round and copyright. Copyr. Bull. 25 (2) 7-14, 1991
TRIPドンケル事務局長包括合意案(著作権関係)文化庁仮訳
第123回国会参議院文教委員会会議録 第2号 平成4年3月10日