カレントアウェアネス
No.368 2026年6月20日
CA2102
動向レビュー
OERの動向:教育へのアクセス改善と質向上に貢献するオープンテキストブックに注目して
北海道大学情報基盤センター・教育イノベーション機構教育データ戦略センター:重田勝介(しげたかつすけ)
1. はじめに
2000年代初頭から、インターネットを基盤として教育を「オープン」にし、世界中の全ての人々が質の高い教育にアクセスできるようにする活動「オープンエデュケーション」が推進されている。オープンエデュケーションの中核的な取り組みが、オープン教育資源(Open Educational Resources:OER)の開発である。本稿では、OERおよびオープンエデュケーションの概要と海外および国内の動向、また米国等において開発と利用が進んでいるオープンテキストブック(Open Textbook)の概要と取り組みについて解説し、日本における同種の取り組みの展望と課題について論じる。
2. OERとは
2.1 オープンエデュケーションの理念と現代的意義
オープンエデュケーションは、世界中の全ての人々が質の高い教育経験と教育資源にアクセスできるようにし、人類の発展に貢献しようとする理念に支えられた教育ムーブメントである。
オープンエデュケーション誕生の発端は1990年代に遡る。当時インターネットが社会インフラとして普及したことを受け、eラーニング普及の一環として大学が教材を有料で販売する事業が、米国を中心に複数立ち上がった。この取り組みはビジネスとして成功しなかったが、その後、この経験を踏まえて寄付財団等の支援を受けながら大学が講義資料を無償で公開するオープンコースウェア(Open Courseware:OCW)が米・マサチューセッツ工科大学によって提案された。このアイデアが社会の耳目を集め、他の多くの大学も取り組むようになったことが、オープンエデュケーション普及の端緒となった。これに続き、ユネスコなどの国際機関がOERの開発利用を促した。さらに2013年頃から教育ベンチャー企業や大学コンソーシアムによる大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Course:MOOC)が数多く開講され、社会に広く認知されるようになったことから、オープンエデュケーションへの注目が集まった。
ユネスコは、OERを持続可能な開発目標(SDGs)の目標4(質の高い教育をみんなに)達成のための主要な前提条件と位置づけており、包摂的で衡平な知識社会の構築を目指している。2002年のフォーラム「Forum on the Impact of Open Courseware for Higher Education in Developing Countries」(1)で「Open Educational Resources」という用語が初めて定義され、2012年の「パリOER宣言」で公的資金による教材のオープン化が提唱された。続いて2019年には「OERに関する勧告」がユネスコ総会で採択され、OER開発利用に関する能力開発、補完的な政策の策定、質の高いOERへの効果的、包摂的かつ衡平なアクセス、OERの持続可能性モデル創出の促進、国際協力の促進および推進の5つの行動分野が定められ、国連に加盟する各国にOERの開発利用に取り組むことを求めた(2)。
2.2 OERの定義と枠組み
ユネスコの定義によれば、OERはパブリック・ドメインにあるか、オープンライセンスの下で公開されているあらゆる媒体の学習、教育および研究の資料であって、他の者による無料のアクセス、再使用、別の目的のための再利用、改訂および再配布を認めるものとされている(3)。オープンライセンスが付与されることで、著作権者の知的財産権を保護しつつ、誰しもが教材にアクセスし、翻訳や改訂などを行う権利が付与される。OERの指し示す範囲は広く、教育コース全体や講義ビデオ、教科書だけでなく、試験問題、ソフトウェア、シラバス、さらには教育を支援するツールや技術までに及ぶ。
一般的な教育資源とOERの最たる違いは、OERに制作者の許可を求めず再利用や改変を容易にするライセンスが付与されている点である。Wiley(4)はOERを、以下に挙げる「5Rの活動(5R Activities)」に関わる権利を誰しもが有する教育資料として整理している。
- 保持(Retain):資料のコピーを作成、保有、管理する
- 再利用(Reuse):作成した資料を使い、改訂し、または一般に公開された資料と組み合わせる
- 改訂(Revise):コピーした資料を編集し、変化させ、修正する
- リミックス(Remix):オリジナルまたは改訂された資料のコピーを他の資料と組み合わせ、新しいものを作る
- 再配布(Redistribute):オリジナルや、自ら改訂・リミックスした資料のコピーを他者と共有する
2.3 関連概念との相違
OERはインターネットで公開される教育資源であることから、他の類似した概念との峻別が困難な場合がある。例えば、OCWとの相違について、OCWは大学が正規講義の教材を無償公開する特定の活動を指し、複数のOERがコース単位でパッケージ化された教育コースとして位置づけられる。また、OERとeラーニングは必ずしも同義ではない。OERはデジタル形式であっても印刷教材としての利用も想定されており、通信環境が不十分な地域においても活用が可能な柔軟性を備えている。さらに、学習障壁を取り除こうとする包摂的な教育アプローチや理念のことを「オープンラーニング」と呼称することがあるが、OERはこのような戦略を具体的に支える教育資源であり手段であるという役割を担っている(5)。
注目したいのは、OERのような教育資源の普及は、教育現場を「教育資源ベースの学習」へと変容させうることである。教員が知識を語る従来の伝達型の教育から、入念に設計された教材を活用する形態へと転換することで、対面学習では知識習得を行うのではなく、人やAIによる学習支援を受けながら学んだ知識を活用したり、学習を振り返ることが重視されるようになる。大局的な観点から見れば、OERは教育文化そのものの抜本的な転換を促す基盤になりうるとも言える。このように、OERとは教育コンテンツの継続的な改善と共有を促す教育資源である。このような思想の下で、OCWのような大学発の教育コンテンツが公開され、OERの利用が普及した。
2.4 OER普及の背景
OER普及の背景には、米国やカナダを中心とした国々における教材費の高騰がある。Mullens & Hoffman(6)の論文によると、米国では2018-2019年時点で、大学生が年間平均1,272ドルを教科書や備品に支出している。カナダや英国でも教材費の上昇が続いている。米国の大学では、経済的理由で54%の学生が必要な教材を購入せず、そのうち32%が成績低下を経験しているとの調査もある。OERの導入は、教育機関における経済的な障壁を下げ、授業の初日から全学生が教材を所有することを可能とする。これにより、特に低所得層や社会的に弱い立場にいる学生において、単位取得率の向上やドロップアウトの抑制に効果を発揮することが期待されている。
2.5 OERの学習効果
OERの学習効果を分析した研究は数多くあり、上記のMullens & Hoffmanの論文は、それらを統合したシステマティック・レビューにより、OERを利用した学生の成績や修了率は、市販の有料教材を用いた場合と同様、あるいはそれ以上であることを示している。また、教員にとってOERのような既存の教育資源を授業の文脈に合わせてカスタマイズ(改訂やリミックス)できる柔軟性が、学習者のエンゲージメントを高める要因にもなっていることも示している。さらに教員にとっては、自らの教授法に応じて教材を再設計する機会となり、教員の専門性の向上に寄与するとも指摘している。また、大学において、学生と教員の大多数は、OERの質を有料教材と同等以上と肯定的に評価しているとの調査もある(7)。
3. オープンテキストブックの普及とその背景
3.1 オープンテキストブックの定義
オープンテキストブック(Open Textbook)は、OERの中でも、著作権者である著者や出版者がオープンライセンス(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス等)を付与し、インターネット上で無償公開している教科書のことを指す。従来の市販教科書とは異なり、利用者が無料でアクセスできるだけでなく、その内容をダウンロード、保有、再利用、改変、再配布することが法的に許可されている点が最大の特徴である。これにより、高等教育における高額な教材費負担を軽減し、教育の質とアクセスの平等を担保する有効な手段として期待されている。
オープンテキストブック開発プロジェクトの多くは政府や寄付財団の財政的支援に支えられている。開発する大学や非営利団体等がその支援を受けて教材を開発し、開発に協力する教員も含めて手当がなされる。オープンテキストブックの普及につれて、教科書会社もビジネスモデルの変更を進めており、従来のような教科書を学生が購入するモデルから、電子教科書と補助教材をセットでアクセス権を販売するような、サブスクリプション・モデルに移行することで対応をしている。
3.2 代表的な関連プロジェクト
海外では、高品質なオープンテキストブックを体系的に提供・管理するプロジェクトが数多く存在する。「OpenStax」は、米・ライス大学を拠点とする非営利組織の教育テクノロジーを活用するプロジェクトであり、専門家による執筆と厳格な査読プロセスを経た高品質な教科書を多分野で提供している。OpenStaxのテキストブックは基礎科目の教科書を網羅しており、市販教材と同等の質を維持しながら学生に無償で提供することをミッションとしている(8)。「Open Textbook Library」は、米・ミネソタ大学の「オープン教育ネットワーク(Open Education Network:OEN)」が運営するリポジトリである。法学、医学、工学、人文科学など広範な分野にわたる1,800冊以上のオープン教科書を集積しており、実際の利用者である大学教員による査読評価が公開されているため、教材選定の信頼性が高いプラットフォームとして機能している(9)。
3.3 「Z-Degree」の展開
米国では、連邦政府や州政府、寄付財団などの補助金を活用し、オープンテキストブックを戦略的に開発し、学生の教材費負担を完全にゼロにする学位プログラム「Z-degree(ジー・ディグリー)」またはZero Textbook Cost(ZTC)の導入が進んでいる。ミネソタ州やコロラド州などの複数の州では、コミュニティ・カレッジ(二年制大学)等において市販の有料教科書の代わりにオープンテキストブックや図書館の教育資源を活用し、準学士を取得できる教育プログラムが複数開設されている。このプログラムにより、学生は教科書を購入することなく学位取得が可能となる。オープンテキストブックやOERの導入が、一つのコース当たり平均116ドル程度のコスト削減効果があることも調査により示されている(10)。
3.4 導入のメリットと課題
オープンテキストブックの活用は、単なるコスト削減にとどまらない多面的な利点があると同時に、様々な課題がある(11)。
利点の第一はカスタマイズの容易性である。オープンライセンスの性質上、特定の地域性や文化に合わせて事例を差し替えたり、現地の言語に翻訳したりすることが容易である。これにより、学習者は自らの置かれた文脈(地域や生徒の状況など)に密接に関連した内容として教育内容を捉え、より深い学びを促される。第二は学習者のエンゲージメントの向上である。オープンテキストブックには、デジタル教材の特性として、テキスト検索、動画、インタラクティブなシミュレーション教材などの埋め込みが可能である。これにより、一方向的な文章の読解に留まらない、知識やスキルを習得するための学習活動に教材を介して取り組むことが可能になる。
課題の第一は時間的コストの増大である。膨大なオープンテキストブックの中から、教員が自身の講義のニーズに合致する適切な教材を発見して精査し、地域や生徒の文脈に合わせて再設計(改変・リミックス)する過程において、多大な時間と労力が必要であり、教員はこれまでの教材作成と同様、場合によってはそれ以上の時間を費やすことが必要となる。多くの教員が、この選定・改変プロセスを大きな負担と感じており、導入を躊躇する要因となっている。第二は、補助教材の不足である。市販の教科書には通常、テスト問題集(テストバンク)や講義スライド、サンプル問題などの補助教材が付随しているが、オープンテキストブックではこれらが十分に整備されていないことが多く、教員が自作せざるを得ない。このため、教育機関による技術的支援や、著作権管理の専門家による組織的なバックアップ体制の構築が不可欠とされている。
4. 日本でのOERとオープンテキストブックの展望
日本におけるOERの普及に関しては、オープンエデュケーションの推進組織である日本オープンコースウェアコンソーシアム(JOCW)が、2019年に「Open Education Japan」(OE Japan)へ名称を改め、組織を再編した。同団体は会員校の間で情報共有を図るほか、国際的な普及団体とも連携し、国内に向けたOERに関する情報提供を行っている。その具体的な取り組みとして、会員校が制作したOERを横断的に検索できるサービスの提供を開始しており(12)、国内の学習資源へのアクセス性を高めるプラットフォームとして機能している。オープンテキストブックの開発に関しては、京都大学のプログラミング演習教材など一部で顕著な事例があるものの(13)、組織的な取り組みは見られない状況である。
国内の学生が置かれている状況やICT活用教育の進展を踏まえ、日本におけるOERの定着とさらなる発展に向け、以下の3点を提言する。第一は、学生の経済的負担の直接的軽減である。日本の大学生が1年間に負担する教材費(テキスト代、参考書代、実験用具代等)は平均して約4.0万円~9.3万円にのぼる(14)。米国等での先行事例と同様、オープンテキストブックをはじめとするOERの活用を推進し、教材費を削減することは、学生に対する直接的な経済的負担の軽減につながり、実質的な修学支援としての役割を果たす。第二は、教員のTPACK(教育内容、教育方法、テクノロジーに関する知識が不可分に結びついた授業の構想力の源泉となる知識)の力量形成と組織的支援である。OERの活用は、教員の専門性向上にも寄与する。既存の教育資源を自らの授業の文脈に合わせて再設計するプロセスは、教員の実践的知識であるTPACKの育成に寄与する。これを促進するためには、教員個人の努力に依存するのではなく、OER開発利用に関する情報検索や著作権対応をサポートする図書館員を含めた専門家の配置や、OERの作成・公開活動を教育的業績として適切に認める評価制度の導入など、組織的な体制整備が不可欠である。第三は、AIを活用したOER制作コストの抑制である。教材制作や更新の負担を軽減するため、生成AIを積極的に活用することが求められる。AIによる教材の自動翻訳や内容の要約、さらには学習目標に応じた小テストの自動生成機能を制作フローに組み込むことで、質の高い教育資源を迅速かつ低コストで展開することが可能となる。OERおよびオープンテキストブックを教育現場のニーズと状況に応じてうまく導入することにより、教員の負担を抑えつつ、学生の経済的負担を低減しながら、学習成果とエンゲージメントの改善を促進することは、我が国における教育の質向上を図るためにも重要な取り組みだと考えられる。
(1)Forum on the Impact of Open Courseware for Higher Education in Developing Countries. Paris, 2002-07-01/03, UNESCO, 2002, 28p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000128515, (accessed 2026-04-08).
(2)“オープン教育資源(OER)に関する勧告(仮訳)”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/unesco/009/1411026_00001.htm, (参照 2026-04-08).
(3)前掲.
(4)Wiley, D.A. Open educational resources: Undertheorized research and untapped potential. Educational Technology Research and Development. 2020, 69(1), p. 411-414.
https://doi.org/10.1007/s11423-020-09907-w, (accessed 2026-04-08).
(5)Butcher, N. et al. A Basic Guide to Open Educational Resources (OER). UNESCO, Commonwealth of Learning, 2015, 133p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000215804, (accessed 2026-04-08).
(6)Mullens, A.M.; Hoffman, B. The Affordability Solution: A Systematic Review of Open Educational Resources. Educational Psychology Review. 2023, 35(3).
(7)Hilton III, J. Open educational resources and college textbook choices: a review of research on efficacy and perceptions. Educational Technology Research and Development. 2016, 64(4), p. 573-590.
https://doi.org/10.1007/s11423-016-9434-9, (accessed 2026-04-08).
(8)OpenStax.
https://openstax.org/, (accessed 2026-04-08).
(9)Open Textbook Library.
https://open.umn.edu/opentextbooks, (accessed 2026-04-08).
(10)Nyamweya, M. “A New Method for Estimating OER Savings”. SPARC.
https://sparcopen.org/news/2018/estimating-oer-student-savings/, (accessed 2026-04-08).
(11)Mishra, M. et al. Assessment of trend and current pattern of open educational resources: A bibliometric analysis. The Journal of Academic Librarianship. 2022, 48(3), 102520.
(12)オープン教育資源(OER)検索サービス.
https://search.oejapan.org/, (参照 2026-04-08).
(13)喜多一, 森村吉貴, 岡本雅子. プログラミング演習 Python 2023. 260p.
http://hdl.handle.net/2433/285599, (参照 2026-04-08).
(14)“令和6年度学生生活調査結果”. 日本学生支援機構. 2026-03-31.
https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/2024.html, (参照 2026-04-08).
「IV. 集計表」の1-1表~1-2表の修学費に記載のある修学費の平均値を参照し、最も安価である大学・学部夜間部の公立(4万200円)と、最も高価である大学・学部昼間部の私立(9万3,800円)を参照した。
https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2026/03/25/data24_2.pdf, (参照 2026-04-08).
[受理:2026-05-19]
重田勝介. 動向レビュー:OERの動向:教育へのアクセス改善と質向に貢献するオープンテキストブックに注目して. カレントアウェアネス. 2026, (368), CA2102, p. 7-10.
https://current.ndl.go.jp/ca2102
DOI:
https://doi.org/10.11501/14953687
Shigeta Katsusuke
Trends in Open Educational Resources: Focusing on Open Textbooks and How They Contribute to Improved Access and Quality in Education
