カレントアウェアネス
No.367 2026年3月20日
CA2097
研究データエコシステムの現在地と展望
国立情報学研究所:中野恵一(なかのけいいち)
1. はじめに
近年、研究成果だけでなく、その根拠となる研究データを適切に管理・共有し、再利用可能な形で公開していくことの重要性が国際的に強調されている(1)。日本においても政府方針のもと、研究データ基盤の整備や研究データポリシー策定が推進され、学術研究の在り方そのものが大きな変革期を迎えている(2)。
こうした政策的背景を踏まえ、文部科学省は2022年度より「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」(3)(以下「本事業」)を開始し、国立情報学研究所(NII)が理化学研究所、東京大学、名古屋大学、大阪大学とともに中核機関群として全国規模の取り組みを進めている。事業の中心には、NIIが構築した研究データ基盤「NII Research Data Cloud」(4)(NII RDC)があり、その高度化や他基盤との連携、人材育成、ルール整備など、研究データ利活用を支える多面的な活動が展開されている。
本事業は、研究成果のオープン化やデータ駆動型研究の進展に応じ、デジタル技術とデータ活用を通じた研究デジタルトランスフォーメーション(研究DX)の実現をめざすものであり、科学・経済・社会にも大きな影響を与えることが期待されている。本稿では、その現在地と今後の課題・展望を概説する。
2. 本事業の意義
本事業は、研究データの管理・共有・利活用を支える全国規模の研究データ基盤を整備・高度化し、研究DXおよびAIを活用したデータ駆動型研究を推進することを目的としている。中核となるNII RDCは、データ管理から成果公開、検索・発見に至るまで研究ライフサイクル全体を支える基盤である。
さらに、データガバナンス、秘匿解析、データキュレーションなどの高度機能開発、人材育成、ルール・ガイドライン整備、ユースケース創出など、制度・技術・教育を含む総合的な取り組みが進められている。これらにより、研究データの共有と利活用が促進され、学術研究の透明性・再現性の向上、分野横断的な協働の加速と新たな知見の創出が期待される。
適切なデータ管理は、AIや機械学習による高度解析の基盤でもあり、研究データ基盤は社会インフラとしての重要性を増しつつある(5)。全国的な人材育成と環境整備を通じて、文化財保護や災害対応など社会課題にも資する公共的インフラとしての役割も期待されている(6)。
3. 生成AI時代における位置づけ
本事業が開始された当初は、現在のような生成AIの急速な進展は必ずしも想定されていなかった。しかし、研究活動におけるAI活用が加速する今日、AIの学習に利用可能な高品質データ整備の重要性は一層明確になっている(7)。
AIの性能と信頼性は、学習に用いられるデータの質と量に大きく依存する。その意味で、研究データを計画的に管理・保存し、再利用可能な形で蓄積・公開していくための基盤は、必須の研究インフラとなりつつある(8)。本事業で整備を進める研究データエコシステムは、生成AIを含む多様なAI技術の活用を支える前提条件として位置づけられる。
4. 進捗と成果
NII RDCの高度化においては、データガバナンス、データプロビナンス(来歴情報管理)、コード付帯、秘匿解析、キュレーションなどの機能が拡充され、秘匿性の高いデータを安全に管理できる環境整備も進んでいる。既存の研究基盤との連携も検討され、分野横断的なデータ流通を支える技術基盤としての発展が期待される(9)。
また、「ユースケース創出」では累計47件のテーマが採択され、多様な研究分野における研究データ利活用の実践が蓄積され、可視化されてきている(10)。研究データポリシー整備や人材育成の面での進展により、研究文化の変革を支える素地が整いつつある。
5. 地域コミュニティを基盤とした全国展開
本事業では、地域単位での機関連携を重視している。専門人材や予算が限られる機関でも取り組めるよう、地域コンソーシアム等の形成により、相互支援・知見共有・共同人材育成が進められている。
とりわけ2023年度より開始された「研究データスタートアップ支援事業」は、地域コミュニティ立ち上げを後押しし、地域特性を踏まえた実践やユースケース創出につながっている(11)。こうした取り組みは、研究データエコシステムが単に中央から一方向に展開されるのではなく、地域の現場と往還しながら育まれていく枠組みとして位置づけられる。
6. 今後の課題と展望
本事業は、研究データの適切な管理と利活用を支える研究データ基盤とその周辺環境を整備し、科学的発展を支える仕組みを全国規模で構築することで、持続可能な研究データエコシステムとして定着させることを目指している。その過程で、多様な研究領域や地域のニーズに応じたデータ利活用が進展し、国内の研究ネットワークが強化されるとともに、地域の特性やリソースを生かしたユースケースが新たに生み出されつつある。研究データが、AI活用、オープンサイエンス、社会連携をつなぐ共通基盤として機能し、研究文化そのものの変革を支える役割は今後さらに高まるであろう。
一方で、本事業が2026年度末に終了した後も研究データエコシステムを持続的に機能させていくためには、以下のような課題に継続的に取り組む必要がある。
- 1)人材・体制整備の定着
- 研究データ管理を担う専門人材の育成・確保、および連携の仕組みづくり
- その活動を継続的に支える組織体制の構築
- 2)研究者の業務負担とのバランス確保
- 制度的要請との調和
- データ管理が負担増ではなく、研究の質向上につながる仕組みづくり
- 3)公開と保護の両立を図るガバナンスの確立
- データ公開の推進
- 安全保障・個人情報保護への適切な配慮
- 4)国際的相互運用性の確保
- 国内外の標準との整合
- 国際的研究データ流通の枠組みに適切に参画できる基盤整備
これらの課題に対応しながら、質・量の両面で充実した研究データ流通を持続可能な形で実現するためには、これまでに整備された研究データ基盤と地域ネットワークを最大限に活用し、制度・人材・技術を一体として発展させていく取り組みが欠かせない。本事業を通じて形成されつつある研究データエコシステムが、学術研究の透明性・再現性の向上と社会課題の解決の双方に貢献し得る持続的な研究基盤へと成熟していくことが期待される。
7. おわりに
研究データエコシステムの構築は、研究活動の透明性と再現性を高め、学術知の共有と発展を持続的に加速していくための社会的要請への応答である。本事業で得られた知見や成果は、事業終了後も公共財として活用され続けるべきものであり、その価値は今後一層高まるであろう。
特に、図書館員をはじめとする学術支援職の役割は極めて重要である。図書館は学術情報の組織化・保存・提供を担ってきた知識インフラであり、研究データについても、その信頼性・継承性を支える中核的存在となり得る。研究データポリシー運用支援、メタデータ整備、リテラシー教育、永続的識別子の管理などの実務は、研究者を支援するとともに、社会全体で知を共有・継承する基盤づくりにも直結している。
今後も、「研究データエコシステム構築」という重要かつ困難な目標の実現には、多様な立場の関係者による継続的な協力が不可欠である。図書館員、研究支援人材、研究者、技術者、そして地域社会が連携しつつ歩みを進めることで、科学研究の発展に貢献する、持続可能なエコシステムを築き上げていきたい。
(1)科学技術・イノベーション推進事務局. “G7仙台科学技術大臣会合(概要)”. 内閣府. 2023-05-16.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kokusaiteki/g7_2023/2023.html, (参照 2025-12-30).
(2)“第6期科学技術・イノベーション基本計画”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html, (参照 2025-12-30).
(3)AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/nii_ac_jp_creded.html, (参照 2025-12-30).
(4)“NII研究データ基盤(NII Research Data Cloud:NII RDC)”. 国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター.
https://rcos.nii.ac.jp/service/, (参照 2025-12-30).
(5)“統合イノベーション戦略2025”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2025.html, (参照 2025-12-30).
(6)情報知識学会誌. 2024, Vol. 34, No. 4.
https://www.jsik.jp/archive/v34n4.pdf, (参照 2025-12-30).
第29回情報知識学フォーラムが特集されている。
(7)Wilkinson, Mark D. et al. The FAIR Guiding Principles for scientific data management and stewardship. Scientific Data. 2016, 3.
https://doi.org/10.1038/sdata.2016.18, (accessed 2025-12-30).
(8)統合イノベーション戦略推進会議. AI戦略2022. 2022, 40p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/aistrategy2022_honbun.pdf, (参照 2025-12-30).
(9)“事業評価”. AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/deliverables.html, (参照 2025-12-30).
(10)“公募情報”. AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/use-cases.html, (参照 2025-12-30).
(11)“研究データ管理スタートアップ支援事業”. AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/start-up.html, (参照 2025-12-30).
[受理:2026-01-27]
中野恵一. 研究データエコシステムの現在地と展望. カレントアウェアネス. 2026, (367), CA2097, p. 7-8.
https://current.ndl.go.jp/ca2097
DOI:
https://doi.org/10.11501/14672545
Nakano Keiichi
The Current State and Future Prospects of the Research Data Ecosystem
