CA2093 – 日本における研究データポリシーの策定状況と課題:名古屋大学の取組を中心に / 淺川槙子

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カレントアウェアネス
No.366 2025年12月20日

 

CA2093

 

日本における研究データポリシーの策定状況と課題:名古屋大学の取組を中心に

名古屋大学情報基盤センター:淺川槙子(あさかわまきこ)

 

1. はじめに

 近年、研究データの適切な管理、公開に対する社会的要求が高まりを見せている。オープンサイエンス推進の潮流の中で、研究成果だけでなく、その基盤となる研究データを適切に管理し、再利用可能な形で公開することが、学術研究の信頼性の向上やイノベーションの促進に資すると考えられている。そのような背景のもと、大学や研究機関では、研究データ管理(Research Data Management:RDM)の方針として「研究データポリシー」の策定が進められている。本稿では、まず研究データポリシーの政策的背景とその意義を概観し、日本国内の策定状況を整理する。その上で、名古屋大学における取組を中心に、策定経緯、基本方針、実効性を担保する取組、さらに今後の課題と展望について論じる。

 

2. 研究データポリシーについての政策的な背景や機関・研究者にとっての意義

 2003年、米国国立衛生研究所(NIH)が、研究資金を申請した研究者に対して、データ管理計画(Data Management Plan:DMP)の作成と提出を求めたことを契機に、各国で研究データのオープン化に向けた制度の整備が行われるようになった(1)。日本では、2016年のG7茨城・つくば科学技術大臣会合での共同声明(つくばコミュニケ)(2)を契機に、内閣府が第5期科学技術基本計画において、オープンサイエンスの重要性を明記したこと(3)を経て、政府はオープンサイエンス推進を重要政策とした(4)。2021年の第6期科学技術・イノベーション基本計画(5)では、研究データの利活用と管理体制の整備を明示的に求めている。具体的には、機関リポジトリを有する全ての大学・大学共同利用機関法人・国立研究開発法人において、2025年までに、研究データポリシーの策定率が100%になることを目指す(6)。加えて、近年では日本学術振興会(JSPS)などの研究資金配分機関が、資金配分を受ける、または受けた研究者に対してDMPの作成と提出を求めるなど、制度的対応を求める動きも進んでいる。研究者個人だけでなく、所属機関としての対応能力が問われる局面にある(7)。研究データポリシーは、こうした内外の要請に応えるための制度的基盤として、今後ますますその重要性を増すと考えられる。

 

3. 日本国内における研究データポリシーの策定状況

 日本では、大学や研究機関による研究データポリシーの策定が徐々に進展しているが、その普及はまだ限定的である。文部科学省の令和6年度「学術情報基盤実態調査」によると、調査対象の全816大学のうち(8)、研究データポリシー(研究データの管理と利活用について、組織として策定した方針)策定済みの大学は258大学(31.6%)であった(9)。なお、大学ICT推進協議会(AXIES)-オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)研究データ連絡会によるウェブサイトによると、2025年10月時点で約140校の大学がポリシーを公開している(10)

 

4. 名古屋大学における研究データポリシー策定の経緯と基本方針

 名古屋大学では、2019年に研究者(主に教員)を対象とした名古屋大学における研究データ管理体制の整備に関するアンケートを全学で実施し、同年に国立情報学研究所(NII)の研究データ管理基盤Gaku Nin RDMを導入した(11)。同年からオープンサイエンス時代における研究の透明性と信頼性向上を目的として、「名古屋大学学術データポリシー」の策定作業を開始し、2020年にポリシーを策定した(12)。策定にあたり、学内の研究者、リサーチ・アドミニストレーター(URA)、図書館員、情報部門などが連携し、他大学・研究機関や国際動向を参考にしながら、ワーキンググループ等の学内の会議体で議論を重ねた。同ポリシーは、研究者の自律性を尊重しつつ、学術データの適正な管理と利活用を支援することを基本方針としており、研究データを含む学術データの定義、管理主体、大学構成員の責務、大学の責務に関する原則を明確にしている。また、オープンサイエンスの推進に焦点をあて、研究分野による多様性を考慮し、柔軟な運用が可能な構造としている点も特徴的である。

 

5. 名古屋大学における取組とプラクティスの共有と展開

 名古屋大学では、研究データポリシーの実効性を担保するため、RDMの実践を支援する具体的な取組として、以下の施策を行っている。2021年には、同ポリシー解説の5「(大学の責務)」に列挙している9項目(13)に対応する「ビジョン/達成目標/施策内容」と「担当部署」を明記した、大学のアクションプラン「学術データ基盤整備基本計画」を作成した(14)。2025年には、研究データガバナンス強化に向けたルール・ガイドライン整備の戦略の一つとして、ポリシーを深化させた「名古屋大学研究データ管理・公開・利活用ガイドライン」を策定した(15)。同ガイドラインは、研究活動の過程に沿った構成となっており、学内規程と担当部署の整理を行ったものである。研究代表者(PI)を想定した研究データ管理責任者の役割と責任を記載し、研究費申請と日常の研究活動に沿ったRDMを連動させる意味でDMPの作成を明記している。

 また、名古屋大学では、プラクティスの共有と展開の一環として、ポリシーが未策定の機関に対するポリシー策定支援を行っている。これは、文部科学省の「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」(16)(以下「エコシステム事業」)のうち、研究データエコシステム東海コンソーシアム(以下「東海コンソーシアム」)により、会員機関への支援事業の一つとして実施されているものである。東海コンソーシアムは、エコシステム事業の一環である、研究スタートアップ支援事業(17)によって設立された地域コミュニティであり、全国的な研究データ基盤の構築と活用に関わる環境整備を推進するため、地域の研究機関を対象としている。

 名古屋大学は、エコシステム事業でルール・ガイドライン整備チームのリーダー機関であり、東海コンソーシアムの事務局を務めている。ポリシー策定支援にあたっては、支援対象機関が作成した草案をもとに、支援対象機関、事務局、および当該業務を受託した外部コンサルタント等が協議を行い、ポリシーやガイドラインの策定を支援している(18)。しかし、これらが策定されても実効性に課題を抱える場合が多い。その一因として、研究者への周知不足、リソースの制約、専門的な支援人材の不足などが挙げられる。それらを解消するための方策として、研究支援者がポリシーやガイドライン等にしたがい、効率的にRDM業務支援を行うための業務手順書の作成支援も行っている。

 

6. おわりに-今後の課題と展望

 本稿では、研究データポリシーをめぐる政策的背景、日本国内の現状と課題、そして名古屋大学の具体的取組について概観した。RDMとは、研究者と研究データを中心とした、組織的な研究活動の効率化と安全性を確保するための方法論であると考える。適切なRDMは、学術研究の透明性と信頼性を支える基盤であり、未来の学術環境を左右する重要なテーマである。そのために、今後は、策定したポリシーやガイドライン等のガバナンスの運用が課題となると考える。具体的には、研究者へのガバナンスの周知と、制度面での整備と持続可能な支援体制の構築が挙げられる。研究者全員がRDMの必要性を十分に理解しているとは言えないため、ガバナンスをはじめとするRDMに関する継続的な啓発活動は必要である。また、全学的なシステムとしてRDMを定着させるには、人的・財政的リソースの確保が課題となる。車の両輪のように、学内制度の整備と支援体制の両面から取り組む大学・研究機関が増えることで、日本全体としてのオープンサイエンスの実現が近づくことが期待される。今後も政策、制度、実践が連携しつつ、研究データをめぐる環境がより成熟したものへと進展していくことが望まれる。

 

謝辞

 本稿中の名古屋大学における取組については、文部科学省「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」の支援を受けたものである。

 

(1)研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ. 研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ報告書―研究データ基盤整備と国際展開に関する戦略―. 2019, p. 9.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kokusaiopen/houkokusho.pdf, (参照 2025-08-18).
2003年10月1日以降の申請分より、年間直接経費が50万ドル以上のNIH助成申請者は、データ共有計画(Data Sharing Plan)を申請書に含めるか、データ共有が不可能な理由を明記することが求められていた。
NIH. FINAL NIH STATEMENT ON SHARING RESEARCH DATA. 2003.
https://grants.nih.gov/grants/guide/notice-files/not-od-03-032.html, (accessed 2025-10-06).

(2)“つくばコミュニケ(仮訳)G7茨城・つくば科学技術大臣会合”. 内閣府. 2016, 9p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/innovation/h28/5kai/siryo1-5.pdf, (参照 2025-08-18).

(3)科学技術基本計画. 内閣府, 2016, p. 32-33.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf, (参照 2025-08-18).

(4)研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ. 前掲. p. 1-3.

(5)“第6期科学技術・イノベーション基本計画”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html, (参照 2025-08-18).

(6)統合イノベーション戦略推進会議. 公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方. 2021, p. 5.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kokusaiopen/sanko1.pdf, (参照 2025-08-18).

(7)“科研費における研究データの管理・利活用について”. 日本学術振興会.
https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/01_seido/10_datamanagement/, (参照 2025-08-18).

(8)文部科学省. 令和6年度学術情報基盤実態調査結果報告. 2025, p. 5.
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400601&tstat=000001015878&cycle=0&tclass1=000001227443&tclass2=000001227444&cycle_facet=tclass1%3Atclass2&tclass3val=0, (参照 2025-08-18).

(9)前掲. p. 105.

(10)“国内大学の研究データポリシー(一覧)”. AXIES-JPCOAR研究データ連絡会.
https://sites.google.com/view/axies-jpcoar/project/%E5%9B%BD%E5%86%85%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%BC%E4%B8%80%E8%A6%A7, (参照 2025-10-05).

(11)松原茂樹, 揚野俊光, 吉田千穂. 名古屋大学における研究データ管理体制の整備. NII 学術情報基盤オープンフォーラム2019. 2019.
https://www.nii.ac.jp/openforum/upload/0b16a35ac9cac687b930405946b15930da676869.pdf, (参照 2025-08-18).

(12)名古屋大学教育研究評議会. 名古屋大学 学術データポリシー. 2020.
https://icts.nagoya-u.ac.jp/ja/datapolicy/datapolicy.pdf, (参照 2025-08-18).

(13)名古屋大学研究戦略・社会連携推進分科会 研究データ基盤整備部会. 名古屋大学 学術データポリシー 解説. 2020.
https://icts.nagoya-u.ac.jp/ja/datapolicy/commentary/datapolicy_commentary.pdf, (参照 2025-08-18).

(14)松原茂樹. 名古屋大学における学術データ取扱いガイドラインの策定と展開. 学術情報基盤オープンフォーラム2025. 2025.
https://www.nii.ac.jp/openforum/upload/OF2025_day2_10-3.pdf, (参照 2025-08-18).

(15)“名古屋大学研究データ管理・公開・利活用ガイドライン”. 名古屋大学の学術データ管理・公開・利活用. 2025-08-27.
https://rdm.nagoya-u.ac.jp/html/research-data-guidelines-open, (参照 2025-08-18).
名古屋大学研究戦略・社会連携推進分科会 学術データ基盤整備部会により2025年3月25日に承認された。

(16)AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/nii_ac_jp_creded.html, (参照 2025-09-10).

(17)“研究データ管理スタートアップ支援事業”. AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業.
https://www.nii.ac.jp/creded/start-up.html, (参照 2025-09-10).

(18)“会員向け事業”. 名古屋大学の学術データ管理・公開・利活用. 2025-05-30.
https://rdm.nagoya-u.ac.jp/html/project/, (参照 2025-09-10).

[受理:2025-11-17]

 


淺川槙子. 日本における研究データポリシーの策定状況と課題:名古屋大学の取組を中心に. カレントアウェアネス. 2025, (366), CA2093, p. 7-9.
https://current.ndl.go.jp/ca2093
DOI:
https://doi.org/10.11501/14606847


Asakawa Makiko
Formulation and Challenges of Research Data Policies in Japan: A Case Study of Nagoya University’s Initiatives