CA2028 – 動向レビュー:「完全参加と平等」から「合理的配慮」へ―聴覚障害者サービスの動向― / 松延秀一

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カレントアウェアネス
No.353 2022年09月20日

 

CA2028

動向レビュー

 

「完全参加と平等」から「合理的配慮」へ―聴覚障害者サービスの動向―

元京都大学図書館職員:松延秀一(まつのぶしゅういち)

 

はじめに

 1981年の国際連合(UN)が定めた国際障害者年で、障害者の「完全参加と平等」が謳われたが、それから40年。今や障害者を取り巻く情報環境は激変している。その象徴が、いわゆるスマホ、そしてSNSの爆発的普及であろう。こうした機器と通信網を土台として、音声認識と人工知能(AI)に基づく文字表示・動画表示等が容易になった。さらにスマホによる検索は情報獲得に支障を有する聴覚障害者にとっても身近な行動になりつつある(電気の安定供給が前提であるが)。ただこうした動きは、汎用技術の普及ということになるが図書館界の外部でのことであり、図書館利用の促進に吉と出るか凶と出るかはわからない。であれば障害者サービスにどう取り入れていくのかが課題になるだろう。

 さて、本稿の主題は聴覚障害者に対する図書館サービスについてこうした最近の動向を背景に述べることである。なお筆者は聴覚障害を持つ当事者であり、日本図書館協会(JLA)障害者サービス委員会委員である。職歴としては、元・京都大学図書系職員であり、今は前期(?)高齢の退職者である。

 実を言うと、かつて筆者は1990年の国際識字年に、『「読む自由」と図書館活動』の中で「聴覚障害者サービス」について執筆した(1)。サービスの普及は「図書館の自由」の拡大に資するという観点からの特集であった。拙稿では幼児・生徒・大学生・社会人と対象別に実践例を探ったが当時は文献が少なく(現在でも同様)、通信環境にしても聴覚障害者サービスのためのFAXは普及途上であった。それから30年以上経過し、いわゆる障害者差別解消法の制定(2)に伴い、「差別解消」「合理的配慮」という用語が浸透した。しかしながら、聴覚障害者に関しては、全体的にサービスが普及したとは言い難い。実践の事例報告や文献が僅少なので、以下の叙述には筆者の体験や伝聞も含んでいる。

 

聴覚障害とは

 まず聴覚障害とは何かについて述べることとする。これまでも障害者サービスに関する先行文献において繰り返し聴覚障害そのものについて分担執筆してきた(3)。聴覚障害と言っても、一括りにはできないことへの理解は未だに広がっていない。本稿を草するにあたり改めて読み直してみたが、発行年が古いものでも、読む価値がなくなったわけではない。たしかに、法・制度や機器設備などについては、そのときどきの情勢に応じて書き変えられてきた。しかし、サービスするにあたっての本質的な部分は今でも通用すると言ってよい。なお、本誌において、かなり以前の時期であるが1997年に江口磨希氏が英国の事例を紹介しており(CA1145参照)、これを見ても、本質的なところは共通している。

 聴覚障害は、視覚障害や肢体不自由などと比べ外見上はなにも見当たらない。医学的・解剖学的な説明は省略しておくが、いずれにせよ聞こえないため、音声によるコミュニケーションに支障を生じ、それゆえに音声に基づく社会から疎外されている状態のことを指す。電話ができない、テレビの声がわからない、おしゃべりが楽しめない。こういったことが基本であるが、その支障の程度は聴力のレベルや年齢によりさまざまであり、個人差が大きい。一応、難聴者・中途失聴者・ろう者に三区分している。

 難聴者は、補聴器等でなんとか音声による会話ができる人である。筆者はここに属する。

 中途失聴者は音声言語を獲得してから失聴した人。補聴器は役立たないことが多い。人工内耳装用者も増えているが、失聴以前の状態に回復することはない。

 以上の二者については、手話を知らない人が多い。

 ろう者は音声言語獲得以前に失聴し、主要なコミュニケーション手段を手話言語としている人である。

 統計的には、難聴者が多く、高齢化社会にあって、加齢性(老人性)難聴者が増えている(4)ので、高齢者サービスの対象としても考えられる。

 ろう者は手話が母語であり、音声言語は第二言語となる。双方の言語構造が異なるため、読み書きの苦手な人が多い。つまり文字による図書館資料を利用することがむずかしい。このため、手話による資料、とりわけ映像資料を必要とする。

 

図書館側の基本的な対応

 では、図書館としてどう対応するのが良いか。主にコミュニケーションの壁を除くことが必要になるであろう。図書館自体が、いわば「おもてなし」する雰囲気で満たされることが大前提であるが、例えば、音声に頼らずにすむよう、文字によるわかりやすいサインや、ピクトグラムによる掲示が必要である。これは、つまり、聞こえないがゆえに生じる心理的不安を抱かせないようにすることである。聞こえなくても図書館での滞在を心地よくすることが求められる。受付窓口でも、筆談対応のほか、携帯可能なピクトグラムと文字の表、いわゆるコミュニケーションボードを相手に示すこともできよう。その上で、窓口担当職員には誰に対してもわかりやすいはっきりした話し方が求められる。なお、感染症対策でマスクをされると、応対がうまくいかないことがある。マスクをはずせない場合は透明マスクという手もあるが、そういう事態であれば筆談が穏当であろう。

 また、手話言語条例(あるいはコミュニケーション確保のための条例など)が各地の自治体で制定されている(5)こともあり、手話ができる職員がいれば望ましいであろう。各地で手話の講習会が開催されていたり、手話サークルが活動したりしている。とはいうものの、現実には手話のできる職員の配置は困難であろう。この場合も筆談で、ただし専門的な言い回しはせず、外国人向け日本語の水準で対応するのが穏当なところであろう。

 

いくつかの事例

 この章では、聴覚障害に限定した事例について、前述の注(3)の文献のうち、『図書館利用に障害のある人々へのサービス』から抜粋し、コメントしておく。同書の下巻には先進事例と目される図書館の紹介が含まれるが、その部分は当該館の担当者によって書かれた。それゆえ、参考になる点が多いと思われる。

 まず、公共図書館の事例であるが、一つは鳥取県立図書館である(6)。2013年に手話言語条例が制定されたのを機会として、特徴のある障害者サービスとして位置づけられた「知ろう!学ぼう!楽しもう! みんなの手話コーナー」(7)が設置された。手話関連の図書やDVD、絵本などをそろえたという。このほか、「手話で楽しむおはなし会」の開催、手話・字幕付き図書館紹介DVD制作、遠隔手話通訳サービス、環境整備、研修・広報なども行っている。手話の勉強会を開催し、広報として手話通訳付きの図書館ツアーも行った、という。至れり尽くせりと言えるかもしれない。もう一つは枚方市立図書館(大阪府)である(8)。聴覚障害を持つ職員、および手話通訳のできる職員を採用した。具体的には、耳マークシールを貸出カードに貼付したり、漫画、手話・字幕付映像資料、「手話で楽しむおはなし会」利用案内の映像版を制作したりする等々、ここでも特徴のある障害者サービスが行われている。

 さらに、八王子市中央図書館(東京都)でも手話動画の制作などが報告されている(9)。その他、調布市立図書館(東京都)や大阪市立中央図書館では、FAXによるサービスが行われている(10)。以上、数少ない実践例から察すると、公共図書館では、手話関連の取組から始めていることが多いようである。その場合、まず容易に取りかかれるのは、手話についての図書資料を収集してコーナーを作ることであろう。そこから地域の関係団体との連携も可能となるかもしれない。

 大学の場合、学生支援部門(教務など)が担当するため、聴覚障害について図書館が対応する事例は多くないようである。わずかな事例として、筑波技術大学(茨城県)聴覚障害系図書館が挙げられる(11)。筑波技術大学は、視覚・聴覚障害者を対象とした国立大学であり、図書館は視覚障害系・聴覚障害系に分かれている。聴覚障害者向けの設備機器はそれなりに充実しているといえる。例えば、字幕入り教材の収集や制作、海外も含めた手話や聴覚障害関係資料の収集・提供、テレビモニター、回転灯などの設置である。カウンターには常時メモ用紙と筆談用ボードを置いているという。職員は学内研修で手話の基礎を学ぶ。このうち、常時筆談ができるようにしている点は、他の図書館でもすぐにできることであろう。また図書館オリエンテーションのときには、手話通訳とパソコン文字通訳をつけているという。このほかには最新事例報告は見当たらないようであるが、これは聴覚障害学生の場合、まず授業(講義・演習)への参加が優先で、手話通訳などの人的支援もそちらへ向けられるためであろう。人的支援については日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)(12)の活動が注目される。なお、教育・福祉系の学部・学科を持つところでは、聴覚障害学生の在籍が多いので、論文・レポート作成のために図書館への要望もあるかもしれない。

 筆者の母校にして勤務先でもあった京都大学でも、学生総合支援機構の内に障害学生支援部門(2022年4月からの名称)(13)があり、附属図書館との連携も謳っているが、視覚障害・肢体不自由が主で、聴覚障害については筆談用ボードの用意があるくらいである。

 ところで、大学図書館に限っての実態については、1997年に国立大学図書館協議会による調査があった(14)が、公的な調査はそれ以来行われていない。ただ『大学の図書館』2020年12月号に「日本の大学図書館における障害学生支援の現状」という、質問紙調査報告が掲載されている(15)。全般にサービス自体が低調で、「存在の見えにくい障害学生」に対し「何を支援してよいのかわからない」というのが大方の現状らしい。そこで、研修が必要ということである。文部科学省による予算支援が望まれる。

 学校図書館についてはろう学校(聴覚特別支援学校)ということになるが、『図書館利用に障害のある人々へのサービス』には東京都立大塚ろう学校の事例がある(16)。読書指導、手話による読み聞かせ、といった活動が挙げられている。

 聴覚障害者情報提供施設というのがあるが、これは、身体障害者福祉法第34条に基づく、点字図書館の聴覚版の施設、と言ってよい。字幕・手話付映像資料に関する業務(ビデオライブラリー)のほか、手話通訳者・要約筆記者の養成・派遣なども含まれているので、図書館としても、連携したい施設である。具体例としては、東京の聴力障害者情報文化センター、熊本県聴覚障害者情報提供センターがある(17)。ほかには、堺市立健康福祉プラザ(大阪府)視覚・聴覚障害者センターも挙がっているが、聴覚障害者へのサービスについての言及はない(18)

 

雇用について

 前述したような僅少例から推測すると、公共図書館では、聴覚障害者を職員として配置することで、サービスが始まったりすることがあるようである。しかしながら、全体としては館種を問わず、聴覚障害のある職員の雇用については散発的であり、図書館に限定したうえでの全体の数字は不明である。筆者の場合、人事院による国家公務員試験上級乙種(図書館学)(当時)に合格、大阪外国語大学(当時)附属図書館に採用され、のち、京大に配置換えで戻って数回の学内異動、定年・再雇用、退職という次第であった。障害者枠での採用ではなかった。

 

研修について

 全国対象の研修として、JLAによる障害者サービス担当職員向け講座が東西でそれぞれ開催されており、関西では、2008年から国立国会図書館(NDL)関西館も共催している(19)。筆者も関西での最初の数年は聴覚障害について、本稿のような総論的講義を行った。今は実践報告のような各論的講義がなされている。ただしこの1、2年は、コロナ禍のため、オンライン形式で行われた。

 

海外の動向

 海外情報として、国際図書館連盟(IFLA)の出版物を見てみると、『聴覚障害者に対する図書館サービスのためのIFLA指針』という翻訳書が1993年にJLAから出た(20)。内容は解説と講演会記録である。2003年にはその第2版が出た(21)。それ以降の情報は入ってきていない。

 

今後の見通し

 今後の日本社会は高齢者のさらなる増大が見込まれる。ということは、図書館利用者のかなりの部分が、今よりも高齢者で占められることとなると予測できよう。これまで公共図書館員には児童サービスの研修が必須であったが、これからは高齢者サービスの研修も必要になろう。そうすると、加齢性難聴が多い難聴者・中途失聴者の場合、高齢者サービスとの連携も考えなければならないであろう。

 ろう者と手話の場合は、多文化・多言語サービスとの連携もありうるだろう。

 なお、2022年5月に「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」(障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)が成立した(22)。理念法とはいえ、障害者サービスの推進に資することが期待される。

 

おわりに

 全体的に言って、聴覚障害者サービスに関しては、いくつか事例はあっても、まだまだ発展途上ということになる。動向を振り返るのであるから客観的にと思うものの、筆者も当事者であり、本稿では一種の自分史的な傾向もないまぜになった。この点、読者の御海容をお願い申し上げる。

 

(1) 日本図書館協会図書館の自由に関する調査委員会編. 「読む自由」と図書館活動: 読書社会をめざして. 日本図書館協会, 1990, 156p., (図書館と自由, 第11集).

(2)“障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号)”. e-Gov.
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=425AC0000000065, (参照 2022-06-25).

(3) 以下に挙げる文献である。ただし巻末の執筆者一覧に分担部分は明記されていない。分担執筆者の原文そのままではなく、編集段階でかなりの手入れがなされているからである。
日本図書館協会障害者サービス委員会聴覚障害者に対する図書館サービスを考えるワーキンググループ編. 聴覚障害者も使える図書館に: 図書館員のためのマニュアル. 日本図書館協会, 1986, 54p.
日本図書館協会障害者サービス委員会聴覚障害者に対する図書館サービスを考えるワーキンググループ編. 聴覚障害者も使える図書館に: 図書館員のためのマニュアル. 改訂版, 日本図書館協会, 1998, 76p.
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 障害者サービス.日本図書館協会, 1996, 300p., (図書館員選書, 12).
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 障害者サービス.補訂版, 日本図書館協会, 2003, 316p., (図書館員選書, 12).
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 図書館利用に障害のある人々へのサービス 上巻. 日本図書館協会, 2018, 304p., (JLA図書館実践シリーズ, 37).
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 図書館利用に障害のある人々へのサービス 下巻. 日本図書館協会, 2018, 297p., (JLA図書館実践シリーズ, 38).
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 図書館利用に障害のある人々へのサービス 上巻. 補訂版, 日本図書館協会, 2021, 304p., (JLA図書館実践シリーズ, 37).
日本図書館協会障害者サービス委員会編. 図書館利用に障害のある人々へのサービス 下巻. 補訂版,日本図書館協会, 2021, 320p., (JLA図書館実践シリーズ, 38).

(4) これについては、内閣府による『障害者白書』よりも、社団法人・日本補聴器工業会による調査レポートが有用である。
日本補聴器工業会. JapanTrak 2018 調査報告. 104p.
http://www.hochouki.com/files/JAPAN_Trak_2018_report.pdf, (参照 2022-07-10).

(5) 例えば、後述の鳥取県など。

(6) 日本図書館協会障害者サービス委員会編. 前掲. 下巻. 2021, p. 56-61.

(7)“「みんなの手話コーナー」オープン!(H26.7.11)”. 鳥取県立図書館.
https://www.library.pref.tottori.jp/heartful/cat306/h26711.html, (参照 2022-06-25).

(8) 日本図書館協会障害者サービス委員会編. 前掲. 下巻. 2021, p. 69-81.

(9) 前掲. p. 81-82.

(10)前掲. p. 89, 104.

(11)前掲. p. 119-122.

(12)日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.
https://www.pepnet-j.org/, (参照 2022-06-25).

(13)“図書館との連携”. 京都大学学生総合支援機構障害学生支援部門.
https://www.assdr.kyoto-u.ac.jp/drc/resource-and-program/libraries/, (参照 2022-06-25).

(14)国立大学図書館協議会身体障害者サービスに関する調査研究班. “大学図書館における身体障害者サービスの実態”. 国立大学図書館協議会身体障害者サービスに関する調査研究班報告書 第1部. 1997, 64p., (総会資料, no.44-6).
国立大学図書館協議会身体障害者サービスに関する調査研究班. “大学図書館における身体障害者サービスのあり方”. 国立大学図書館協議会身体障害者サービスに関する調査研究班報告書 第2部. 1997, 67p., (総会資料, no.45-5).

(15)松戸宏予, 野口久美子, 野口武悟. 日本の大学図書館における障害学生支援の現状 : 全国質問紙調査を通じて. 大学の図書館. 2020, 39(12), p. 160-161.

(16)日本図書館協会障害者サービス委員会編. 前掲. 下巻. 2021, p. 142-149.

(17)前掲. p. 163-174.

(18)前掲. p. 157-163.

(19)“「2022年度障害者サービス担当職員養成講座(基本編)」のご案内”.日本図書館協会障害者サービス委員会.
http://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/2022kiso.html, (参照 2022-06-25).
“障害者サービス担当職員向け講座”. 国立国会図書館.
https://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/supportvisual-kouza.html, (参照 2022-06-25).

(20) ジョン・マイケル・デイ編著. 聴覚障害者に対する図書館サービスのためのIFLA指針 : 解説と講演会記録. 日本図書館協会障害者サービス委員会聴覚障害者に対する図書館サービスを考えるワーキンググループ訳. 日本図書館協会, 1993, 110p.

(21) ジョン・マイケル・デイ編. 聴覚障害者に対する図書館サービスのためのIFLA指針. 日本図書館協会障害者サービス委員会聴覚障害者に対する図書館サービスを考えるグループ訳. 第2版, 日本図書館協会, 2003, 66p.

(22)“障害者による情報の取得利用・意思疎通に係る施策の推進”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jouhousyutoku.html, (参照 2022-06-25).

 

[受理:2022-07-26]

 


松延秀一. 「完全参加と平等」から「合理的配慮」へ―聴覚障害者サービスの動向―. カレントアウェアネス. 2022, (353), CA2028, p. 20-23
https://current.ndl.go.jp/ca2028
DOI:
https://doi.org/10.11501/12345006

Matsunobu Shuuichi
From Full Participation and Equality to Reasonable Accommodation: Recent Trends in Library Services for the Deaf and Hearing Impaired in Japan