CA2018 – デジタルアーカイブの教育活用をめぐる可能性と課題―実践を例に― / 大井将生

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カレントアウェアネス
No.352 2022年06月20日

 

CA2018

 

デジタルアーカイブの教育活用をめぐる可能性と課題―実践を例に―

東京大学大学院学際情報学府/TRC-ADEAC:大井将生(おおいまさお)

 

1. はじめに

 デジタルアーカイブをめぐる議論は、長らく「構築」に主眼が置かれ、「活用」、とりわけ教育分野に関しては、その有効性への期待が提言されてきたものの(CA1943参照)、日常的な授業の中での実践的検討は十分に進展していなかった。

 一方、教育現場では、GIGAスクール構想や新しい学習指導要領、コロナ禍で必要性が高まった遠隔学習など、様々な文脈で学びの変革が議論される中で、ICTやウェブを用いて多様な資料を活用する需要が高まっている(1)。このような現代の教育をめぐる諸課題の解決やイノベーション実現のために、デジタルアーカイブは重要な基盤となる。

 こうした需要にも関わらずその活用が進展しない要因としては、学校教育と資料を接続するための体系的な方法が未確立であることが指摘されてきた(2)

 そこで筆者はこれまで、「デジタルアーカイブを教育現場で日常的に活用する」ための方法論を検討し、実践を行ってきた。本稿では、実践例の概説を通してデジタルアーカイブの教育活用をめぐる可能性と課題を明らかにする。なお、各実践をフォーカスした対象ごとに整理し、2章では「児童生徒」、3章では「学校教員と資料公開機関の関係者」、4章では「データ」に主眼を置いて述べる。

 

2. 児童生徒にフォーカスした学習モデルの開発

2.1 ジャパンサーチを活用した「キュレーション授業」

 本実践の目的は、デジタル資料と児童生徒の「問い」を接続することを支援する探究学習モデルを開発することである。

 そのために、児童生徒が自身の「問い」に即したデジタル資料収集を通して学びを深める「キュレーション授業」を開発した(3)。この際、多様なデジタル資料を横断検索可能な「ジャパンサーチ」(E2317参照)を用いて学習資料の網羅性を高めるとともに、協働的な学びの中で「問い」とデジタル資料の接続・構造化を支援する「協働キュレーション機能」 を用いることで、複数のユーザがメタデータを保持しながらキュレーション可能な学習モデルを開発した(4)

 実践の結果、児童生徒が「問い」とデジタル資料を繋げて考えを構築する力や、情報リテラシーが向上することが明らかになった。また、遠隔学習における課題解決にも効果があることが示唆された(5)

 ジャパンサーチの教育活用は、生徒の表現活動と情報リテラシー向上を支援する探究学習「江戸時代を紹介する博物館をつくってみよう」(6)のように、優れた授業デザインを伴って広がりをみせている。

 

2.2 発達段階に応じた活用を促進する指導案の開発

 本実践の目的は、公立小学校において各学年の発達段階に応じたデジタルアーカイブを活用した学習モデルを開発することである。

 そのために、地域のデジタルアーカイブを活用した学習指導案を学年ごとに作成した。ついで、実践校の各学年担当教員が児童の実態や自身の教育方針に基づいて指導案をアレンジし、授業を行った。

 その結果、児童の地域資料に関する関心が高まり、主体的な「問い」や活発な議論、学習の深まりが創発されることが明らかになった(7)。このことから、発達段階に応じた指導案を作成することで、教員にとってデジタルアーカイブが活用しやすいものとなること、さらに、小学校低学年からのデジタルアーカイブ活用が可能であることが示唆された。

 

3. 学校関係者・MLA関係者らの協働による多様な資料の「教材化」

 本実践の目的は、多様なデジタル資料と学校教育におけるカリキュラムや教員の「発問」をつなぐ、人とデータのネットワークを構築することである。

 そのために、学校関係者とMLA(博物館・図書館・文書館)関係者らが協創的に資料の教材化を行うワークショップを開催し(8)、その成果物にメタデータを付与してIIIF(CA1989参照)を用いた二次利用可能なデータセットとして「教材アーカイブ」を構築・公開している(9)

 2022年3月までに全国規模のワークショップを3回開催した。また、自治体単位でのワークショップも開催している(10) 。本実践ではこうした一連の取り組みを、School・University・Kominkan・Industry・Library・Archives・Museumの頭文字から「S×UKILAM(スキラム)連携」と呼称し、継続的なワークショップの開催によるコミュニティが織りなす化学反応の拡張を目指している。

 

4. 「教育メタデータの付与」とLOD

 本実践の目的は、学校教育の目線に基づいた多様な資料の検索や活用を促進するための「教育メタデータの付与」モデルを開発することである。

 そのために、上述したワークショップの成果物に教育現場の目線に基づいた「教育メタデータ」を協働的に付与し、「教材アーカイブ」のIIIFビューアで公開している。

 また、科目・学年などの「教育メタデータ」の中で、今後とりわけ重要なファクターになると考える学習指導要領コード(11)をハブとするLinked Open Data(LOD;CA1746参照)モデルの検討を行った。これにより、デジタルアーカイブ資料とデジタル教科書/副読本をはじめ、様々なウェブコンテンツとの有機的な接続が可能になると考えた。

 そこで筆者らは、学習指導要領及びコードにURIを付与し、それを参照した際にRDFやSPARQLのような機械可読性の高い標準技術を用いて情報提供が可能なデータセットとして「学習指導要領LOD」を構築・公開した(12)(13)

 

5. デジタルアーカイブの教育活用をめぐる課題

 ここまで概観した実践を通して明らかになったデジタルアーカイブの教育活用をめぐる課題は、以下の二点に整理することができる。

  • 1)多様な地域資料のデジタルアーカイブ化が十分に進展していない。
  • 2)構築されたデジタルアーカイブの教育活用が十分に進展していない。

 まず、1)により、「問い」や「発問」に紐づく資料がウェブ上に存在しないという事例が生じ、日常の授業におけるデジタルアーカイブ活用の阻害要因となっているという課題を解決する必要がある。

 ここで重要なことは、第一に、MLAの中でもとりわけ図書館の役割の変化・拡張への理解が求められているという点にある。デジタル化・デジタルトランスフォーメーション(DX)化が加速し、電子書籍や電子図書館が普及していくことで、書籍を揃えるという業務は、必ずしも各館に求められるものではなくなる可能性がある。一方で、各館の地域・学校・大学に関する固有資料の収集・保存・デジタル化は、各館にしかできない。そうした取り組みを各館が推進し、教育現場の多様な「問い」や「発問」に紐づき得る多様な資料を提供することが、知の拠点たる図書館の役割として求められている。

 第二に、1)及び2)の課題が、密接な関係にあるという点も重要である。すなわち、「使われないものに継続した予算は付かない」(14)ため、教材化や授業実践という出口のあり方を示し、デジタルアーカイブの価値や意義への理解促進を図ることは、その構築や持続可能性の観点からも重要である。活用場面が視覚化されることで資料のデジタルアーカイブ化が進展すれば、それに応じて活用機会が増加し、汎用性が高まることに繋がる、という好循環を生むことができる。

 そうした好循環の実現のためには、2)の要因を細分化して検討する必要がある。以下に解決すべき2)の課題要因を挙げる。

  • 2)-1 デジタル資料に利活用を促進するための機能や工夫が十分になされていない。
  • 2)-2 デジタル資料の二次利用条件が厳しい、あるいは不明瞭である。
  • 2)-3 情報が溢れる中で、ユーザが求める適切な資料にアクセスしづらい。
  • 2)-4 授業準備時間の確保に苦心する中で、参照可能なデジタルアーカイブ活用法の蓄積が少ない。

 2)-1 を解決するためには、メタデータやサムネイル画像を整備することはもとより、IIIFを用いた相互運用性の高い画像公開やアノテーション、Text Encoding Initiative(TEI;E2400参照)を用いたマークアップ、翻刻、古地図と現代地図のオーバーレイ、3Dなどの技術を用いてデジタル資料の活用可能性を拡張することで、「問い」や「発問」を創発し、授業デザインの幅を広げることが望まれる。

 2)-2 を解決するためには、「望ましい二次利用条件のあり方」(15)を各組織・機関に周知させ、教育活用を見据えた資料のオープン化への理解を促進する必要がある。二次利用条件がオープンでない資料は、公開されていても学校現場では「使えない」ことを踏まえた議論を深化させなければならない。

 2)-3・2)-4 を解決するためには、資料への「教育メタデータ」の付与や、日常の授業で活用するための教材や授業デザインの蓄積・公開を継続していく必要がある。また、そうした取り組みは個人では限界があるため、協創的に行うための組織やコミュニティの構築を進めることが肝要である。

 

6. おわりに

 本稿ではデジタルアーカイブの教育活用事例を概観することを通して、「問い」を起点として多様な資料を活用する学習の効果や、所属機関の立場を越えて多様な専門家が協創的に「教材化」を行うことの可能性、「構築・保存」と「活用」を架橋して好事例を蓄積・公開することの必要性、指導案や指導要領コードといった教育現場の目線に基づいた情報を資料に付与することの重要性を示した。

 こうしたアクションによる作用は、教育現場における児童生徒の深い学びへの寄与だけでなく、知の循環を促進し、「デジタルアーカイブを日常にする」(16)社会の実現に向かう推進力になるのではないだろうか。

 

(1) 例えば、2017年から2019年にかけて告示された新学習指導要領では、ICTの活用・情報活用能力の育成が、言語能力と同様に教科横断的な位置付けで示されている。他にも、コロナ禍でその必要性が顕在化した遠隔・オンライン学習をはじめ、新学習指導要領で新たに設定された「探究学習」や「歴史総合」、GIGAスクール構想における1人1台端末配布後の活用の議論などにおいて、ICTやウェブを用いて多様な資料を活用する需要が高まっている。

(2) 小森一輝. 学校教育におけるデジタルアーカイブ利活用のために. デジタルアーカイブ学会誌. 2019, 3(2), p. 211-212.
https://doi.org/10.24506/jsda.3.2_211, (参照 2022-04-05).

(3) 大井将生, 渡邉英徳. ジャパンサーチを活用した小中高でのキュレーション授業デザイン: デジタルアーカイブの教育活用意義と可能性. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, 4(4), p. 352-359.
https://doi.org/10.24506/jsda.4.4_352, (参照 2022-04-05).

(4) 大井将生, 渡邉英徳. ジャパンサーチのワークスペース機能を活用した協働キュレーション授業:「問い」と資料を接続するデジタルアーカイブの活用法. デジタルアーカイブ学会誌. 2021, 5(S1), p. S67-S70.
https://doi.org/10.24506/jsda.5.s1_s67, (参照 2022-04-05).

(5) 大井将生, 渡邉英徳. ジャパンサーチを活用したハイブリッド型キュレーション授業:遠隔教育の課題を解決するデジタルアーカイブの活用. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, 4(S1), p. S69-S72.
https://doi.org/10.24506/jsda.4.s1_s69, (参照 2022-04-05).

(6) 江戸時代を紹介する博物館をつくってみよう.
https://sites.google.com/keio.jp/jhistory/ホーム/江戸時代を紹介する博物館をつくろう, (参照 2022-04-05).
高橋傑氏による実践研究である。

(7) “地域のデジタルアーカイブ資料を活用した授業実践: 公立小学校1年生から6年生までを対象とした、発達段階に応じた資料活用学習の様子〜GIGAスクール構想におけるICT活用の新しい形〜”. YouTube. 2021-11-04.
https://www.youtube.com/watch?v=g8HprVP1TGU, (参照 2022-04-05).

(8) S×UKILAM(スキラム連携):多様な資料の教材化ワークショップ.
https://wtmla-adeac-r.com/, (参照 2022-04-05).

(9) S×UKILAM:Primary Source Sets/スキラム連携:多様な資料を活用した教材アーカイブ.
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/Home/9900000010/topg/SxUKILAM/index.html, (参照 2022-04-05).

(10)例えば、港区での“デジタル港区教育史”を活用した教材化ワークショップや、浜松市での“浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ”を活用した教材化ワークショップを実施し、自治体単位でのデジタルアーカイブの教育活用に関する取り組みに協力している。
デジタル港区教育史.
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/Usr/1310305200/, (参照 2022-04-05).
浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ.
https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/2213005100, (参照 2022-04-05).

(11)“学習指導要領コードのコード表(全体版)について”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/data_00002.htm, (参照 2022-04-07).
学習指導要領コードは2020年に文部科学省が多様なデジタルコンテンツと学校教育とを接続し、学習系データを横断的・体系的に活用するために公開したオープンデータである。

(12)榎本聡, 大井将生, 高久雅生, 阿児雄之, 有山裕美子, 江草由佳. 学習指導要領のLinked Open Data化による学習への利活用に向けた検討. 日本教育工学会研究報告集. 2022, 2022(1), p. 135-142.
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2022.1_135, (参照 2022-05-25).

(13)学習指導要領LOD.
https://w3id.org/jp-cos/, (参照 2022-04-05).

(14)田山健二. ADEACの取り組み. デジタルアーカイブ学会誌. 2018, 2(4), p. 324-329.
https://doi.org/10.24506/jsda.2.4_324, (参照 2022-04-05).

(15)デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について(2019年版). デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/jitumusya/2018/nijiriyou2019.pdf, (参照 2022-04-05).

(16)“ジャパンサーチ・アクションプラン2021-2025”. ジャパンサーチ.
https://jpsearch.go.jp/about/actionplan2021-2025, (参照 2022-04-07).

 

[受理:2022-05-25]

 


大井将生. デジタルアーカイブの教育活用をめぐる可能性と課題―実践を例に―. カレントアウェアネス. 2022, (352), CA2018, p. 2-4
https://current.ndl.go.jp/ca2018
DOI:
https://doi.org/10.11501/12301404

Oi Masao
The Possibilities and Issues Surrounding the Educational Utilization of Digital Archives