カレントアウェアネス
No.217 1997.09.20
CA1145
聴覚障害者のための図書館サービス
図書館が聴覚障害者に対し特別に考慮すべき事があるだろうか。このようなタイトルで,イングランド北西部(チェシャー州,ランカシャー州周辺)の図書館に対して行われた訪問調査の結果が報告された。この内容から,聴覚障害者が図書館に求めるものと,北西部の図書館の活動を紹介したいと思う。
一口に聴覚障害者といっても様々な人がいる。地方自治体のサービスに関するイギリスのあるレポートによると,その対象となった234人の聴覚障害者のうち,補聴器に頼る人が73%,読話(口の動きを見ることで何が話されているか推測する)に頼る人が60%,手話・ミニコン(電話・キーボード・出力表現装置をつないだ聴覚障害者用遠距離通信装置の製品名)に頼る人がそれぞれ22%だった。そして,それぞれ図書館に求めるものが違うのである。
特に,手話を第一言語とする人とそうでない人とでは大きな違いがある。手話を第一言語とする人の多くは英語を覚える以前に聴覚を失っており,そのため英語を読む力が十分ではなく,文字情報ではニーズを満たすことが難しいのである。「聴覚障害者」と一括りに考えてしまうと,こうしたニーズが無視されることになる。この報告では一貫して,聴覚障害者の図書館に対するニーズは多様で,図書館はこうしたニーズに敏感であるべきだと主張している。
聴覚障害者のニーズを把握することに加え,この報告は,サービスを向上させるべき分野として,主に職員研修,蔵書構成,技術的な面を挙げている。
まず,聴覚障害者が社会生活をする上で最も大きな障害になるのはコミュニケーションであり,これは図書館においても同様である。彼らは視覚的に敏感で,話をしている相手が居心地が良くないとすぐわかってしまい,傷つくことにもなる。従って職員,特に利用者に直接接する職員の態度,雰囲気は大切である。そのために,また,聴覚障害者のニーズを知るためにも,研修を行って職員の認識を向上させることを最優先で行った方がよいと,ほとんどの職員が答えている。実際に公共図書館では88%の職員が,学術図書館では17%の職員がこうした研修を受けていた。Greater Manchester Training Cooperative(マンチェスター地域の図書館間の協力組織)がその地域の職員に行った研修に対して,聴覚障害を持つ利用者から,職員の対応が目に見えて違う,という声が出ている。職員からも,このような研修は不可欠だという反応が多くあった。
蔵書構築については収集すべき資料は2種類ある。1つは聴覚障害やその問題に関する資料,もう1つは,内容の質が高く,平易な文章の資料である。後者は手話を第一言語とする人のためのものである。彼らは先程も述べたように英語に不慣れで,学校を出ている人でもその平均的な読書能力は8才程度であった。北西部の幾つかの図書館ではこのような資料を特別に収集している。
聴覚障害者のニーズが高まっているものに字幕付のビデオがある。字幕付ビデオには,クローズド式字幕付(字幕を見るのに特別な機器を必要とする)とオープン式字幕付のものがある。オープン式の方が利用者にとっては便利だが,資金的な理由から公共図書館ではクローズド式を多く収集するようになっている。一方,手話を第一言語とする人たちのために,National Sign Language Video Centreというビデオ図書館が設立されている。
次に技術的な面だが,ここで求められることは聴覚障害者のコミュニケーションの壁を取り除くことである。建物ならば,照明を明るくすることで,読話をする人は相手の表情が読みとりやすくなり,カーペットやカーテンなど回りの雑音を吸収する物を取り付けることで,難聴者には音が聞き取りやすくなる。磁気ループシステムは,設置したループの範囲内で補聴器の音を拡大させるものだが,公共・学術図書館の半分強が,セミナールームや講堂にループを設置していた。
ミニコン,電子メール,インターネット,テレビ電話などの技術の発達は,聴覚障害者が情報を得る上で革命的とも言える変化をもたらしている。それらを利用することで聴覚障害者のコミュニケーションの幅が格段に広くなるのである。チェシャー州の図書館ではミニコンを設置し,聴覚障害者向けのデータベースへアクセスできるようにした。また,いくつかの地区図書館にテレビ電話を取り付けた。カムデンの図書館もEUから資金を得てテレビ電話のネットワークを開設した。また,Janetと呼ばれる学術ネットワークを通してイギリスの学術図書館の電子メール・アドレスやホームページにアクセスできる。これらは,直接会わないと情報交換ができなかった人にとって生活自体の質を向上させることにつながるものである。
しかし,これらの新技術を取り入れることに躊躇する意見がこの調査で多く出ている。理由の1つは,新技術が導入され図書館の利用が増えることに対応しきれなくなるため,現在のサービス水準を維持できなくなるのではないかということ,もう1つは新技術を導入してもあまり利用されないのではないかということである。実際ミニコンを設置している図書館からは,あまり利用されていないという回答が多かった。しかし,2年間ミニコンサービスを行っているチェシャー州では,聴覚障害者と職員の双方に十分な説明を行い,ニーズの喚起と職員側の態勢づくりに成功した。
以上のように,この報告のタイトル,聴覚障害者のために特別考慮すべきことはあるか,に対する答えは,Yes,たくさんある,である。しかし,この調査によると,聴覚障害者へのサービスの向上は,情報に明るい熱心な人の個人的な努力によるものが多く,また,聴覚障害者へのサービスを行ってはいても,個々のサービスをバラバラに実施するのではなく図書館の政策として一貫性をもって行っているのは14館中3館だった。ここで述べたような様々なサービスを政策に基づいて,並行して行うことの重要さが,報告の中で強調されている。
江口 磨希(えぐちまき)
Ref: Feal, Yvette et al. Deaf people and libraries: should there be special considerations? New Library World 97 (1125) 12-21; (1126) 13-18, 1996
Day, J. M. ed. 聴覚障害者に対する図書館サービスのためのIFLA指針 日本図書館協会 1993