CA1981 – グローバル時代の学校図書館 ―国際バカロレアからの示唆― / 高松美紀

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カレントアウェアネス
No.345 2020年9月20日

 

CA1981

 

グローバル時代の学校図書館 ―国際バカロレアからの示唆―

東京都立国際高等学校:高松美紀(たかまつみき)

 

1. はじめに

 初等中等教育におけるグローバル人材育成のモデルとして、国際バカロレア(International Baccalaureate:IB)が注目されている(1)。IBはスイス・ジュネーブに本部を置く、国際バカロレア機構(International Baccalaureate Organization:IBO)が提供する国際的な教育プログラムである。2020年6月現在、国際バカロレアの認定校(以下「IB校」)の数は世界158以上の国・地域において約5,000校、日本では83校であり、近年急激な拡大を見せている(2)

 日本における普及・拡大の背景には、IBが外国語運用能力の習得や海外の大学への進学に有利であるというだけでなく、21世紀型の汎用的学習スキルの育成として有効なプログラムであるという期待がある。文部科学省は、「国際バカロレアの趣旨のカリキュラムは、思考力・判断力・表現力等の育成をはじめ学習指導要領が目指す『生きる力』の育成」、「課題発見・解決能力や論理的思考力、コミュニケーション能力等重要能力・スキルの確実な修得に資する」(3)として、2013年から国内の学校教育法第1条に規定されている学校、いわゆる「一条校」への導入を推進している。

 このIBにおいて、学校図書館は重要な役割をもつ。IBは、児童・生徒中心や探究的な学びを基盤にし、教科横断的な学びや概念化、学びの転移を重視するが、こうした学びの実現に学校図書館が不可欠なのである。日本でも2018年からの新学習指導要領(CA1934参照)において「探究」が強調され、学校図書館については「学校の情報化の中枢的機能を担っていく」ことが早くから明示されてきた(4)。しかし、その取り組みは十分に進展しておらず、21世紀型の学びに対応するためには、学校図書館の改善が喫緊の課題といえる。

 そこで本稿では、IB校の学校図書館の特徴を検討し、日本の学校図書館への示唆を得ることを試みる。

 

2. IBOの資料からみる図書館とライブラリアンの役割

2.1. プログラムの認定と評価

 IBでは4つのプログラム(表)を実施しているが、IB校の認可を受けるためには、IBO発行の『プログラムの基準と実践要綱』に示される、施設やカリキュラム、教職員や組織等の条件を満たす必要がある。学校図書館については、「図書館、マルチメディア、およびリソースが、プログラムの実施において中心的役割を果たすこと」と明記されているが(5)、施設面積や蔵書数、ライブラリアン(6)の資格等についての明確な規定は示していない。これは、各国での規定が異なることや、各学校の事情に応じるためと考えられる。

 

表 IBの4つのプログラムと国内のIB校数

国内の国際バカロレア認定校等数 認定校 候補校
PYP Primary Years Programme 3〜12歳対象 43 17
MYP Middle Years Programme 11〜16歳対象 19 16
DP Diploma Programme 16〜19歳対象 51 13
*国際的に認められる大学入学資格(国際バカロレア資格)が取得可能
CP Career Programme 16〜19歳対象 0 0
*キャリア教育・職業教育に関連

 

※認定校・候補校数は2020年6月30日時点。
(文部科学省IB教育推進コンソーシアムウェブサイトより)

 

 

 『DP:原則から実践へ』(7)には図書館に関する要件がより具体的に示されている。例えば、児童・生徒が図書館やメディア設備に容易にアクセスできること、設備やリソースが継続的に向上されること、学習言語の支援リソースがあること、グローバル課題と多様なものの見方についてのリソースがあること等である。児童・生徒の趣味的な読書がATL(Approaches to Teaching and Learning:学習の方法と指導の方法)や言語習得、異文化理解を促すことや、蔵書に在籍児童・生徒の母語のリソースを備えるべきことも示されている。ライブラリアンの役割については、カリキュラム開発や実施を協働的に行うことや「学問的誠実性」(8)の推進、リソースを提供する支援等が示されている。また、ライブラリアンのリサーチの専門性がATLの有効性を高めることにも言及されている。

 さらに、IB校に認可される過程(候補校段階)でのIBOの訪問により、改善点に関する助言や補助資料等から具体的な情報を得ることができる。そして「認定訪問」や「定期確認訪問」で課題の改善が評価されるシステムにより、図書館運営の継続的な向上が図られる(9)

 

2.2. 学習活動における役割

 ライブラリアンは教員と協働して学習活動を支えるが、特に全てのプログラムで実施されるプロジェクト学習での貢献は大きい。例えばMYPの手引きには、「生徒のリサーチスキルを補い、リソースを探して手に入れる手伝い」「参考文献の選択や参考文献目録の作成」(10)等が示されている。PYPやMYPでは、リサーチスキルの授業を担当することが多い。DPではコア科目として課題論文(Extended Essay:EE)が課されるが、ライブラリアンは個別の深いリサーチやレファレンス、「学問的誠実性」における引用や参考文献の書き方等スキル面での支援が可能である。EEコーディネーターを担当する場合も少なくない。

 近年IBOも学習における図書館の重要性を強調する傾向にあり、2018年には“Ideal libraries: A guide for schools”が出版された。ここで図書館は、「人々と場、コレクションとサービスとが結びついたものであり、学習と指導を助け、発展させるもの」と定義づけられ、図書館やライブラリアンは「学びのコミュニティにおいて、共に働き、活性化させ、支援する」「相互に結びついたシステム」(11)であると示されている。つまり、IBにおいて学校図書館は、単なる施設ではなく、有機的に結びついた学びのシステムの一部であり、ライブラリアンは学校全体の学びを活性化し、コーディネートする役割を担う、と捉えることができる。

 

3. IB校の図書館の特徴

3.1. 施設と蔵書、ライブラリアン

 前章では、IBOの公式資料からIBにおける図書館の要件や理念を確認した。ここではそれを踏まえて、筆者が2017年から2019年に訪問した国内外のIB校(12)の実際や研修(IBの公式ワークショップ)で得た情報をもとに、具体的な特徴を紹介する。

 施設の広さや設備は学校によって異なるが、一般的には書架や閲覧・学習、パソコンが使用できるスペースに加え、小グループの議論や個別指導が出来る学習室やコーナーがある。リラックスして読書や会話ができるソファーや床スペースを用意している学校も多い。また、プレゼンテーションや集会が可能な多目的スペースや、録音ができる個室をもつ学校もある。ただし、IBの図書館は施設が豪華であることよりも、適切なリソースやサービスによって活発な学習活動を促すことが重要である。そして、単に静かな自習教室であるよりは、探究的に学び、議論し、寛ぐ場である。無論静かに読書し学習する空間も保証される。館内には、生徒の興味や思考を視覚的に刺激する掲示がされ、PYPでは体験的に探究を促す教材も置かれる。

 蔵書は、生徒の自発的な探究が可能になるよう充実させる。PYPやMYPではプロジェクト学習のテーマに応じた多様なリソースが必要である。また、IBの中心的理念である“international mindedness”(「国際的な視野」等と訳される)に応じるように、特に多文化理解やグローバルな課題に関するリソースを揃えることは重要である。絵本や小説等の選書においても、地域や文化に偏りがなく、多様な文化や価値観に触れさせることが意識されている。さらに、IBでは多言語教育が重要な要素であり、特に在校生徒の母語で書かれた本のコレクションは必須である。加えて、指導における差異化(differentiation)や特別なニーズへの対応も意識される。例えば、聴覚情報の方が文字情報より理解しやすい児童・生徒等に対しては、オーディオブックや電子リソースを充実させて利用を促している。

 ライブラリアンについても、学校の規模や運営の仕方によって異なるが、訪問した学校の多くでは、学習をデザインし、リサーチスキルやインフォメーションリテラシーを指導する司書教諭に当たる職員と、リソースの管理やレファレンスを主に担当する職員がおり、図書館が提供する検索プラットフォームの管理等の技術専門の職員を置く図書館もある。ライブラリアンは、図書館とカリキュラムを融合し、教員と協働して学校全体の学びをその基盤から支援している。

 

3.2. オンラインリソースと新たな図書館のあり方

 IBでは、すべてのプログラムで情報通信技術(ICT)を日常的に活用する。授業のリソースも、紙媒体の他に、ウェブサイト、YouTube、クラスの“wiki”、ブログの情報等幅広く、オンラインのコミュニケーションツールも効果的に用いられる。

 特に探究学習において、オンラインデータベースの利用は不可欠である。筆者が訪問した海外のインターナショナルスクールや私立校の多くは、視覚教材を含めた多様なオンラインデータベースやコンテンツを複数購入しており、ライブラリアンがLibGuides等で検索プラットフォームを作成し、教科担当教員と協働して単元ごとにビデオや視覚教材を含めた学習リソースをデザインし、児童や生徒が容易にアクセスし主体的に学習に取り組めるように提供していた。

 特にDPでは、本格的な分析や論述が求められるため、Britannica、Questia、EBSCOhost、ProQuest等(13信頼できる情報や学術論文のデータベースにアクセスできるプラットフォームの利用が不可欠であり、その充実度は学習成果に直結する。データベースの活用は、文献の整理や正確な出典記載も可能にし、「学問的誠実性」への意識を促進する。ただし、こうしたデータベースは概して高額であり、一般の公立学校での普及には予算の問題もある。しかし例えば豪州では、公立図書館のオンラインサービスが進んでおり、各州立図書館では電子書籍やビデオ、学術論文を含むデジタルサービスが無料で市民に提供されている。それによって、公立学校の図書館もそのサービスを組み入れたプラットフォームを教員や生徒に提供することができ、生徒も個人でアクセスして学習に利用することが可能となっている。電子書籍の購入割合も高く、訪問した学校の中には、施設としては小規模に見えた図書館が、オンライン上で非常に充実したコンテンツを授業の単元ごとに用意し、個々の生徒に丁寧なサービスを提供していた例もあった。

 こうしたオンラインサービスは、最新かつ多様なリソースの利用を可能にするだけでなく、学習の形態や図書館のあり方を変化させる。児童・生徒は教室や図書館を離れ、自宅を含めどこでも多様なリソースに瞬時にアクセス可能になり、学びは柔軟でダイナミックなものになる。図書館は物理的な場と同時に、オンラインネットワーク上に新たな学習の場を創造するのだ。それは、児童・生徒の学習意欲や成果に大きく影響するとともに、教員が生徒の既存知識やリアルタイムでの経験と新しい情報とを結びつけるような新たな探究学習をデザインする可能性をもたらすと考える。

 

4. おわりに

 現在日本では、探究の重視や授業改善等学びの変革が進んでいるが、この実現には学校図書館の変革が不可欠である。しかし現状では、情報リテラシーやリサーチスキルを指導できるライブラリアンの養成や専任配置が進んでおらず、一般の学校ではインターネット環境やオンラインデータベースの普及が遅れている。

 無論、すべてのIB校の図書館が完璧なわけではなく、教科担当教員との協働のあり方等課題も報告されている(14)。しかし、IBが理想として示す学校図書館のあり方は、グローバル化や21世紀型の学びへの方策を具体的に示している。学校図書館は、主体的な学びを可能にする場を提供する核となり、ライブラリアンは多様な場とリソース、学習者や教員、教育活動に関わる全ての人の関わりをコーディネートし、学校全体の学びを活性化する役割を担うことが期待される。

 グローバル教育や21世紀型教育のモデルとしてIBを導入するならば、その学校図書館や学びのあり方を同時に検討することが不可欠である。それには各学校だけでなく、行政レベルで取り組む必要があり、さらに生涯学習を支える公立図書館の在り方やネットワークをも視野に入れることで、より本質的で将来を見通した学びの変革を実現することが可能になると考える。

 

※本稿は以下の拙稿に加筆・修正したものである。
高松美紀. “一条校における国際バカロレア(IB)導入の課題”. 国際バカロレア教育と教員養成—未来をつくる教師教育—. 東京学芸大学国際バカロレア教育研究会編. 学文社, 2020, p. 74-84.

 

(1) グローバル人材育成とIBについては、
高松美紀. 国際バカロレアの検討による『グローバル人材育成』への示唆」. 国際理解教育. 2019, (25), p. 67-76.
を参照されたい。

(2) “認定校・候補校”. 文部科学省IB教育推進コンソーシアム.
https://ibconsortium.mext.go.jp/ib-japan/authorization/, (参照 2020-06-28).

(3) 初等中等教育局教育課程課. “国際バカロレアの趣旨を踏まえた教育の推進”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoiku_kenkyu/index.htm, (参照 2020-06-28).

(4) “情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて (情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議 最終報告)”. 文部科学省. 1998-08.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/002/toushin/980801.htm, (参照 2020-07-16).

(5) プログラムの基準と実践要綱. 国際バカロレア機構. 2014, p. 4.
https://www.ibo.org/globalassets/publications/programme-standards-and-practices-jp.pdf, (参照 2020-07-16).

(6) IB校における「ライブラリアン」は「学校司書」や「司書教諭」等を指すが、国や学校により「司書」や「学校司書」、「司書教諭」の養成課程や役割が異なるため、ここでは「ライブラリアン」のまま表記する。

(7) DP:原則から実践へ. 国際バカロレア機構. 2020, p. 54.
https://ibo.org/globalassets/publications/ib-research/dp/dp-from-principles-into-practice-jp.pdf, (参照 2020-07-16).

(8) 「学問的誠実性」(academic integrity)とは、真正な学問成果として責任を持ち、認められるための倫理的な意思決定と行動の指針である。
Academic integrity. International organization. 2019.
https://www.ibo.org/contentassets/76d2b6d4731f44ff800d0d06d371a892/academic-integrity-policy-english.pdf,(accessed 2020-06-28).

(9) “認定プロセスとは”. 文部科学省IB教育推進コンソーシアム.
https://ibconsortium.mext.go.jp/authorization-process/, (参照 2020-06-28).

(10) 中等教育プログラム プロジェクトガイド. 国際バカロレア機構. 2017, p. 14-15.
https://www.ibo.org/contentassets/93f68f8b322141c9b113fb3e3fe11659/myp/myp-project-guide-2018-jp.pdf, (参照 2020-07-16).

(11) Ideal libraries: A guide for schools. International Baccalaureate Organization. 2018, p. 20.
https://uaeschoollibrariansgroup.files.wordpress.com/2018/06/ideal-libraries-for-ib.pdf, (accessed 2020-07-16).

(12) 海外校は、International School of Amsterdam(オランダ)、The American School of The Hague(オランダ)、 Oakham School(英国)、 Marymount International School(英国)、 ACS Egham(英国)、 Carey Baptist Grammar School(豪州)、 Kambala School(豪州)、 Narrabundah College(豪州)、 Canberra Grammar School(豪州)、 Western Academy of Beijing(中国)を参考とした。

(13) これらはすべて英語のサービスである。

(14) Tilke, Anthony. The International Baccalaureate Diploma Program and the School Library: Inquiry-Based Education. ABC-CLIO, 2011, 139p.

 

[受理:2020-08-18]

 


高松美紀. グローバル時代の学校図書館 ―国際バカロレアからの示唆―. カレントアウェアネス. 2020, (345), CA1981, p. 5-7.
https://current.ndl.go.jp/ca1981
DOI:
https://doi.org/10.11501/11546851

Takamatsu Miki
School Libraries in the Global Age ―Suggestions from the International Baccalaureate―