CA1919 – ミャンマーにおける図書館文化財の保護活動 / 井手亜里

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カレントアウェアネス
No.335 2018年3月20日

 

CA1919

 


ミャンマーにおける図書館文化財の保護活動

 

京都大学大学院工学研究科:井手亜里(いであり)

 

はじめに

 2015年度から2017年度にかけて、京都大学大学院工学研究科井手研究室により、文化庁の委託事業「ミャンマー連邦共和国の文化遺産のデジタル保存に関する拠点交流事業」が実施された。本事業は京都大学が開発した文化財イメージング技術(1)(2)を活用し、ミャンマーの文化遺産の保存、活用のための共同研究と人材育成を目的としている。

 本稿では、特にミャンマー国内の国立図書館および大学図書館との研究交流に焦点を当て、その活動内容を紹介する。本事業は3か年に渡って実施されたが、内在する多くの問題点に気付き、我々にできることは何かを考え続けたプロジェクトであった。

 

1. プロジェクトの背景

 事業期間中特に痛感したのは、ミャンマーにおける図書館と博物館の整備の遅れである(E1536参照)。その機能は単に遺物収集と展示に終始しており、適切な保存機能と研究設備はほとんど備わっていない。文化財に関する専門的な知識と技術を有する人材は極めて限られており、その限られた人材さえも、2011年の民政移管後のミャンマー国内での文化財関連施設の建設ラッシュに伴う、人的資源の分散が懸念される状態にあった。社会基盤整備の途上にあるミャンマーにとって、文化遺産の保護と継承、教育への貢献は博物館に加えて図書館が果たすべき重要な役割である。

 日本や中国と同様、ミャンマーでは、いわゆる古文書は博物館と図書館にも保存されている。ミャンマー古来の情報伝達手段は、石碑、ヤシの葉などの植物に書かれた文書であるパームリーフマニュスクリプト(貝葉文書)、ミャンマー伝統紙、および金属に彫られた文字(金石文)や絵図である。古代資料の中でも、パームリーフは紙媒体の資料よりさらに歴史が古いと言われており、現在膨大な量のパームリーフの古文書が図書館や寺院などで所蔵されている。信仰心が篤く勤勉な国民性から、貴重な古文書の数々は古来より人々の生活と信仰に密着し、大切に扱われ、長い歴史を経て現在に至る。

 ミャンマー国内の図書館に所属する研究者たちは、そのような自国の貴重な古文書の重要性と管理体制の脆弱さを認識しながらも、保護対策が何らとられていないことに強い危機感を抱いていた。我々はパームリーフを含む貴重な文化財を保護することの重要性を、文化庁やミャンマーの文化省や教育省、ヤンゴン大学をはじめとする関係機関に訴え続け、最先端のデジタル技術を用いた科学記録(3)(4)(5)の技術移転と人材育成をミャンマー国内で広く実施したのである。

 

2. プロジェクトの実施内容

2.1. 国立図書館(ネピドー)でのデジタル化支援事業

 首都ネピドーに置かれた国立図書館と京都大学は、共同プロジェクトを通じ文化財デジタル化の技術移転と人材育成を2015年4月から行ってきた。国立図書館が、古文書のデジタル化に積極的な背景には以下の理由がある。

 第一に、研究者が最も切望していることは、一般の人々の情報へのアクセスを容易にし、その機会を増やすことである。古文書に記されている情報には、先人の残した歴史の記録だけではなく、医学をはじめ、宗教、天文学、文学、工学等のあらゆる領域の知見が凝縮されている。その特別なコレクションにアクセスしたいという要望は根強いが、現状ではアクセスの機会を作ることは容易ではなく、まだ存在が確認されていない古文書が国内に散在している状況である。古文書の収集保存とデジタル化は喫緊の課題である。もう一つの大きな理由は、取り扱いに細心の注意が必要な、壊れやすい原資料の複製物を作成したいという点である。

 プロジェクト2年目の2016年には国立図書館内に「ミャンマー古文書保護センター」が設立された。これは本事業がきっかけとなり国立図書館が主体となって、ミャンマー文化大臣の強い支援を得て、京都大学プロジェクトチームの技術指導の下で実現した(6)。現在、国立図書館は古文書の収集、保存、デジタル化に向け積極的に動き始めている。

 

図1 ミャンマー国内各地の寺院からのパームリーフが集められ、
図書館内の古文書保護センターで整理されている様子(国立図書館提供)。

 

2.2. 若手研究者の日本への招聘

 プロジェクト3年目の2017年7月には、国立図書館の若手研究者3人を日本に招聘し、古文書保存のための先進デジタル技術の習得と日本の図書館視察を目的とした研修プログラム、「電子図書館と古文書保存のための先進デジタル技術」(The advanced Digital Technology for Libraries (e-Library) and protection of very old documents)(7)を実施した。

 ネピドーには2016年に京都大学との共同研究拠点を国立図書館に隣接する国立博物館内に開設しており、文化財の高解像度高速記録のための専用スキャナを設置している。同プログラムでは、その先進機器を扱う技術と知識の習得、撮影したデジタル画像の評価と色彩科学に関する知識と実践的手法の習得、自国において自らリーダーとなり、教育活動を行う専門的ノウハウの取得を具体的達成目標とした。また京都大学附属図書館、京都府立図書館、国立国会図書館(NDL)をはじめ、その他の大学図書館や図書館関連企業などを視察した。研究者たちはそれらの実情に触れ、来るべき図書館電子化時代に向け、日本の近代的図書館の最新知識・技術を自国に持ち帰った。

 

図2 日本での研修プログラムの様子

 

 さらに、上記研修プログラムを修了した研究者たちが、2017年9月自国において国立図書館職員を対象とした、文化財のデジタル保存のためのワークショップ(8)を開講した。同プログラムにおける人材育成活動は博物館と図書館の双方を対象としたが、ミャンマー国内では図書館の横のつながりが大変強く、教育の場としての役割が大きかったため、結果的にパームリーフ保護保存事業に関しては、図書館を中心に行うこととなった。

 人材不足が深刻なミャンマーの文化財の現場において、このようなミャンマー人によるミャンマー人のための人材育成が草の根的な広がりを見せはじめていることは、本プログラムにおける大きな成果の一つとして特筆すべきことである。

 

図3 ミャンマーでのワークショップの様子

 

 ミャンマーの図書館は、古文書の場の提供を目指している。そして、文化財の情報源にアクセスする権利を全国民に保障し、教育活動に広く活用してもらうことを、国立図書館として強く望んでいる。ミャンマーの研究者が文化財のデジタルアーカイブ化と人材育成に取り組む姿に、筆者は強い感銘を受けた。

 

3. 文化財専用スキャナを用いた共同実験

 京都大学大学院工学研究科とヤンゴン大学中央図書館の共同研究による研究成果を紹介しよう。ミャンマー国内は電力の供給が不安定で停電も多く、場所によっては電力供給そのものが無い。仏塔や寺院の中には障壁画や天井画、石仏、石碑など、貴重な文化財が屋外で暗闇の中に保存されている。

 2017年9月、電源の無い場所を想定した、高精細デジタル撮影と、三次元計測の共同実験を、同館所蔵の石碑を対象に実施した。スキャナはレンズカメラの重力を利用して落下させ、電力供給無しに、撮影距離と撮影間隔を一定に保持したまま連続撮影する機構のものを使った。これはミャンマーだけでなく、世界中の電力供給がない洞窟の中や足場の悪い屋外といった過酷な撮影現場を想定して、当研究室が開発した文化財専用スキャナである。今回の撮影対象は図書館所蔵の石碑であり、図書館サイドからの強い要望もあり高精細な2D平面画像の作成と3D立体の再現を行った。その結果、石碑に刻まれた文字は陰影をもってくっきりと浮かび上がった。ミャンマーでは、今後も本技術の活用が研究者の間で大きく期待されている。

 

図4 ヤンゴン大学中央図書館の石碑の高精細デジタル撮影の様子

 

おわりに

 開発途上にあるミャンマーに対して、文化財保護のためにできる支援は多様な形があるだろうが、先端イメージング技術を応用する我々独自のアプローチが、文化財の適切な保存と未来への継承につながることを強く望んでやまない。

 

(1)井手亜里. 小特集 文化財と映像技術: 4.文化財計測用高解像度スキャナ~その後の展開~. 映像情報メディア学会誌. 2010, 64(6), p. 778-782.

(2)井手亜里. 特集 デジタルアーカイブ: 2.高精細デジタル化のための最新技術 2-4. 文化財専用高精細大容量画像の入力・分析・表示・総合システム構築. 映像情報メディア学会誌. 2007, 61(11), p. 1562-1566.

(3)「科学記録」は、映像情報を記録しデジタルデータとして残す際に用いられる用語である。科学記録は再現性を重視する点で、単なる「映像記録」と区別される。分光反射情報を記録することで再現性を高め、経年変化の影響を最小限にすることを目指す。分光反射情報については、以下を参照。
Toque, Jay Arre; Sakatoku, Yuji; Ide-Ektessabi, Ari. “Pigment identification by analytical imaging using multispectral images”. Proceedings 2009 IEEE International Conference on Image Processing (ICIP ’09), Cairo, Egypt, 2009-11-07/12. 2009. p. 2861-2864.
https://doi.org/10.1109/ICIP.2009.5414508, (accessed 2018-02-15).

(4)Ide-Ektessabi, Ari; Toque, Jay Arre; Murayama, Yusuke. “Development of Digital image scanners and spectroscopic analysis of Asian paintings”. Science for Conservation of Cultural Heritage. Ed. Kamba, N.; Menu, M., Editions Herman, 2012, p. 75-87.

(5)Toque, Jay Arre; Sakatoku, Yuji; Ide-Ektessabi, Ari. “Analytical imaging of cultural heritage paintings using digitally archived images”. Computer vision and image analysis of art : 18-19 January 2010 : San Jose, California, United States. : technical conference computer vision and image analysis of art : IS&T/SPIE electronic imaging symposium : Jan 2010, San Jose, CA. 2010, 75310N1-7530N10, (Proceedings of SPIE, Vol. 7531).

(6)「ミャンマー古文書保護センター」に関して、国立図書館と京都大学プロジェクトチームとの連携は2017年度も継続しており、同センターの設立を記念したメモリアルカンファレンスを2018年2月にヤンゴンの国立図書館で実施した。

(7)同プログラムは京都大学の招聘プログラムとして実施された。実施報告書は井手亜里『平成29年度文化遺産国際協力拠点交流事業「ミャンマー連邦共和国の文化遺産のデジタル保存展示に関する拠点交流事業」成果報告書』として2018年中に公開予定である。

(8)詳細は、井手亜里『平成29年度文化遺産国際協力拠点交流事業「ミャンマー連邦共和国の文化遺産のデジタル保存展示に関する拠点交流事業」成果報告書』を参照。

 
[受理:2018-02-15]

 


井手亜里. ミャンマーにおける図書館文化財の保護活動. カレントアウェアネス. 2018, (335), CA1919, p. 15-17.
http://current.ndl.go.jp/ca1919
DOI:
https://doi.org/10.11501/11062623

Ari Ide-Ektessabi
Scientific Approach to the Preservation of Old Manuscripts in Myanmar Libraries