カレントアウェアネス-E
No.373 2019.07.25
E2157
佐賀県立図書館における「漫☆画太郎カード」制作の経緯
佐賀県立図書館・清水謙太郎(しみずけんたろう)
●本稿の内容について
佐賀県立図書館では,今年の「こどもの読書週間」に合わせて3種類の限定デザイン利用者カードを各100枚制作し,18歳以下の新規登録者に配布した。その中でも特に,人気ギャグマンガ家の漫☆画太郎(まん☆がたろう)先生のイラストを使用したカードがSNSを中心に拡散し,さらに新聞やテレビでも紹介されるなど大きな話題を呼んだ。このカードの要諦は,当館マスコットキャラクターの「くすクスくん」を画太郎先生のタッチで描いていただいたという点に尽きる。予想の斜め上を行く起用と,原形を留めないほど変わり果てたくすクスくんの姿(褒め言葉)は,県民をはじめ多くのみなさまに楽しんでいただき,また,当初の目的である若年層の新規利用者増にも寄与することとなった。
画太郎先生はギャグマンガ界の中でも先鋭的な作風で知られる方である。私は先生の画業をデビュー当時から現在に至るまでおおむね把握しており,作風やキャリア,そしてカリスマ的人気を得ていることを自分なりに承知していた。それが,公共図書館が一般に抱かれる静謐なイメージからかけ離れていればいるほど,受け手が感じるギャップも大きくなろうというもの。今回の“画太郎企画”の成功は,公共図書館がもつ属性をある意味で逆手にとった結果と言えるだろう。本稿では,このカードがいかにして制作されたかという経緯について述べていきたい。
●一度は頓挫していた“画太郎企画”
もともと,「画太郎先生に県庁のマスコットキャラを描いてもらう」という着想は当館に異動する前から抱いていたものであった。それを,くすクスくんというキャラがいる図書館に来た際に,ここぞとばかりに提案したわけである。企画書には,実施した際の成算やその理由についても落とし込んでいたのだが,パロディ文化の面白みといったくだりがどうにも理解されず,結局,その勘どころを伝えることができなかった。確かに,このような尖った企画がすんなり通る公的組織というのも吹っ切れすぎていて怖い。慎重な意見が出るのも至極当然ではあるが……。ともあれ,本企画は一度は“消えた”話だったのだ。それが,およそ半年後にこどもの読書週間向け企画として復活するのだから,世の中分からんものである。あきらめ悪く企画を練り直して再提出し,直属の上司に「君の熱意は分かったから」と半ば呆れられていた私の動きもあるが,要点はそこではない。Twitterで本企画についてお褒めいただいたものの中に「これを決裁した上司がすごい」という旨のコメントがあったが,いみじくもそれが的を射ているように思える。
次に画太郎先生への依頼についてだが,特に何かしらのツテがあったわけではない。先生は常にミステリアスな方であり,当方から直接コンタクトを取る手段がなかったため,とにもかくにも作品を連載されている集英社に電話をして,担当編集者に取り次いでいただいたという流れである。結局,今回の依頼において私が直接電話等で先生とやり取りすることはなく,何が幸いしたのか分からないまま,本件を受けても構わないというお返事をいただくことができた。
なお,執筆いただくにあたって当方からは「公序良俗に反しないようなものを」という旨の要望をお伝えした。また,画太郎先生が描くキャラクターの魅力とも言えるよだれ・鼻水については,描いていただいて構わないともお伝えした。ここまでNGにしては,もはや依頼した意味が分からない。もし利用者からお叱りをいただいたときには「くすクスくんはクスノキの化身であるから,これはよだれ・鼻水ではなく樹液である」という苦しい言い訳も考えはしたが,そのような返答が必要な場面は訪れず,まったくの杞憂に終わった。
カードのデザインについては,既存の当館利用者カードのものをほぼそのまま流用することとした。まったく別のデザインを起こすことも考えないではなかったが,通常の当館利用者カードの中に一点“違和感の塊”が存在しているほうが,ツッコミどころがあって面白かろうと考えたためである。さらに,佐賀県出身の326(ナカムラミツル)氏がイラストを手掛け,当館の児童向けキャラクターとして人気を博していた『ミニクマのぶしげ』のカードと,佐賀県を拠点に活動しているDesign446(デザインヨンヨンロク)氏が手掛け,当館児童室の窓面を彩る『こどもの図書室』バージョンのカードも加え,選択肢に幅を持たせた。もちろん,通常版のくすクスくんカードで登録することも可とした。いざ配布キャンペーンが始まると,窓口でどのカードにしようかと迷う子どもたちを見るのが私の日々の楽しみとなった。
●まとめ
先日,某企業から「うちも貴館のような企画を考えているので,アドバイスをいただきたい」という問い合わせがあった。当館の取組を知り,「我々もやってみよう」という熱意を持っていただけたことに喜びを禁じ得ない。前述のとおり,本企画は「まさか公共図書館がこんなことをするとは」という間隙を突いた,いわば奇襲戦法のようなものである。ゆえに,全国で同様の取組が盛んになるのもいかがなものかという感はある。楽しさの度が過ぎるというものだ。だが,たまにやるくらいであれば,こうした攻めた仕掛けがあってもいいではないか。人それぞれ,「自分が面白いと思うものはこれだ!」というものがある。それを仕事に取り入れようとした場合,周囲に大変な迷惑をかけたり,時には嫌な思いをすることもあるかもしれない。そんな折,当館の取組が参考となれば幸いである。
Ref:
https://web.archive.org/web/20190419090609/http://www.pref.saga.lg.jp/kiji00368213/index.html