カレントアウェアネス-E

No.362 2019.01.31

 

 E2097

図書館で過ごす時間を豊かにする椅子：金沢美術工芸大の取組

 

　金沢美術工芸大学製品デザイン専攻（金沢市）は，金沢海みらい図書館（金沢市）と連携し，2016年度から2018年度までの3年間，ホスピタリティライブラリー・プロジェクトに取り組んだ。読書には，音楽鑑賞や散歩よりもストレス発散の効果があると言われている。また，人間の内面に働きかけ脳の働きを活性化し，不安を軽減させやる気を起こし，行動力や実行力をアップさせるとも言われている。これらのことに着目し「図書館で過ごす時間を豊かにする椅子」をテーマに，読書を通して健康で元気な気持ちをサポートする椅子の探求を行った。また，本プロジェクトは，地域連携事業として地元の公共機関に協力してもらい，デザイン教育の観点から学生にも研究の場を開放し，その学生の研究状況の把握や指導を通してデザイン教育の発展に繋げることも目指した。3年間で本専攻3年生総勢約60人が参加し，約60脚の椅子のデザインが誕生した。

　プロセスとしては，（1）調査（現地視察），（2）観察（アンケート調査），（3）視覚化（アイデア展開，5分の1スケールモデル制作），（4）評価（海みらい図書館への中間プレゼンテーション），（5）具現化（原寸プロトタイプ制作），（6）最終評価（海みらい図書館にて公開プレゼンテーション，展示，人気投票アンケート）の順で，毎年実施した。（1），（2）の調査・観察では，利用の傾向，読書環境の問題点や希望などについて図書館利用者にヒアリングを行った。その結果，子供から高齢者まで幅広い層において，年代によって利用方法が異なることがわかった。また，親子や夫婦など複数での利用や，妊婦や体の不自由な利用者への配慮も必要であることがわかった。（3）の視覚化では，それぞれの気づきに対して，問題を整理し，解決方法のアイデアをスケッチやスケールモデルを制作しながら展開し，コンセプトとそれに合った形や機能などの検討を行った。（4）の評価では，実際に図書館の職員の評価をもとに，客観的な視点も取り入れながらアイデアをブラッシュアップしていった。（5）の具現化では，実際にアイデアを原寸のサイズで検証しながら，座り心地や形，構造や強度，素材や色などを検討しプロトタイプの制作を行った。（6）の最終評価では，実際に図書館で椅子のメーカーやプロのデザイナー，図書館の職員に向け公開プレゼンテーションを行い，高い評価を受けることができた。展示では，制作した原寸プロトタイプを利用者に実際に使ってもらい人気投票やアンケートを行い，それらの結果を分析しまとめた。

　その結果，デザイン提案の傾向として大きく3つに分けられた。1つ目は，読書に集中しやすい環境を作り出すために，視線や音を遮断することでパブリック空間とプライベート空間の調和を目指した，読書環境に着目した椅子，2つ目は，読書しやすい椅子の肘の角度や座面の高さ，揺れたり自由な姿勢で読書を楽しめるなど，所作や姿勢に着目した椅子，3つ目は，どんな人がどんな本をどこでどのように読むのか，またどうやって借りるのかなどの一連の流れを観察し，ワゴンやオリジナルの書籍鞄を組み合わせた，図書館のシステムやサービスに着目した椅子である。これらの提案は，椅子の座り心地，形やサイズ，機能や構造，素材や色などの工夫はもちろんではあるが，単なる椅子ということだけではなく，椅子のデザインを通して読書に新しい体験価値をもたらし，図書館で過ごす時間に付加価値を与えてくれると考えられる。人気投票の結果でも，これらの特徴を上手くデザインしている椅子は人気が高かった。

　本プロジェクトに至るまでに，本専攻では，金沢市立病院と連携したホスピタリティアート・プロジェクトを2011年度から2012年度まで2年間行い，人間の内面にある病気や怪我への治癒力を後押しすることを椅子のデザインや機能性を通して探求した。また次に，石川県立音楽堂と連携して，ホスピタリティラウンジ・プロジェクトを2013年度から2015年度まで3年間実施し，音楽が人間の内面にもたらす癒しの効果に着目して，椅子のデザインや機能性と融合させることを試み，美しく魅力的な椅子を探求した。図書館とのプロジェクトも含めたこれらの取り組みで生まれた椅子に共通するポイントは，「人を思うもてなしの気持ち」である。これらの取り組みによって，“Hospitality Chairs”の新たなスタイルが生まれる手応えを感じている。

金沢美術工芸大学美術工芸学部デザイン科製品デザイン専攻・根来貴成

Ref:
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/event/5092/
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/event/3381/
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/report2016.pdf
https://www.lib.kanazawa.ishikawa.jp/?page_id=151
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2017/02/report2015-1.pdf
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2017/02/2013.pdf
https://doi.org/10.15103/00000031
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-24720072/24720072seika.pdf