CA1706 – ドイツの読書推進運動―読解力向上のための取り組みとして― / 伊藤白

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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1706

小特集 諸外国の読書推進活動

 

ドイツの読書推進活動―読解力向上のための取り組みとして―

 

1. ドイツの読書推進活動の特徴

 連邦制をとるドイツでは、文化・教育に関する事項は州の所掌とされており、読書推進の分野においても連邦レベルでの法律は存在しない。しかし、実際の読書推進活動においては、州政府・学校・その他の機関の協同で全国規模のプロジェクトが数多く実施されている。その大きな特徴は、楽しみとしての読書、教養としての読書というよりは、読解力・批判的思考力・情報利用力を向上させるための読書に重点が置かれているということである。そして、それを達成するためにこそ、読書へと誘うための創意工夫に満ちた「楽しい」取り組みが、主に子どもを対象に行われている。

 ドイツは戦後、トルコをはじめとする近隣諸国から積極的に移民を受け入れてきたが、移民のドイツ語力の向上は大きな課題となっていた。実際、2000年に行われた「第1回OECD生徒の学習到達度調査」(PISA)(1)では、他国に比べて読解力の不足が明るみに出る結果となり、「PISAショック」と言われた。これを打開すべく連邦政府の編集で2007年に報告された『読解力の促進』(Förderung von Lesekompetenz)(2)は、図書館等によって担われる読書振興活動を、読解力向上のための一手段と見なしている。学力低下という社会問題の存在と、それをむしろ好機と捉えた読書推進関係団体の積極的な取り組みが、ドイツの読書推進活動の2大原動力となっていると言えよう。以下、その具体例を紹介することでドイツの読書推進活動の状況を概観したい。

 

2. 読書基金

 ドイツの読書推進活動において中心的役割を果しているのが、1988年に設立された「読書基金」(Stiftung Lesen)(3)である。読書に関する調査研究を行う一方、常時数十ものプロジェクトを展開・支援し、ウェブ上で募集、紹介、報告を行っている。最大のプロジェクトは、ドイツ鉄道や『ツァイト』(Zeit)紙と提携して毎年11月に開催される「読み聞かせの日」である。毎年8,000人もの人々が、街で、駅で読み聞かせを行い、その状況がテレビや新聞で報道される大規模なイベントであるが、これついては既に日本語での紹介(4)があるため、ここではそれ以外の特色あるプロジェクトを3つ紹介する。

 1つ目は、子どもがコンピュータゲーム等のソフトウェアを審査するコンテスト「トミー」(TOMMI)(5)である。ゲームに関心のある子どもたちは、各都市の図書館を通して審査員に応募する。資格を得た子ども審査員は、図書館のプレイステーション・ポータブルやWiiといったゲーム機(ドイツでは図書館でのコンピュータゲームの提供は珍しいことではない)で、ノミネートされたゲームソフトをテストし、優劣を決める。優秀作品はフランクフルトブックフェアで表彰される。良いゲームを広めること、ゲームへの批判的なかかわり方を子どもたちに教えることを目的としているが、子どもが興味を抱くものを積極的に取り入れていこうとする図書館の柔軟な発想が見られる。

 2つめは、ビデオ投稿サイトYouTubeを利用した取り組み「360度みんな読書人」(360-Grad-Leser)(6)である。子どもたちは、一人であるいは友達と、自分の好きな本や雑誌などを紹介するビデオを、携帯カメラ、ビデオカメラ等で作製し、投稿する。YouTubeの評価機能で最も高い評価を得た投稿者には、賞が与えられる。

 3つ目は、読書推進活動の企画そのものを競うコンテスト「アウスレーゼ」(Auslese)(7)である。模範とすべき活動やアイデアを広めることを目的に、2年に1度、いくつかの部門ごとに優れた読書推進活動を選び、表彰する。たとえば2009年には「優れた市民活動」の部門で、本に世界を旅させる活動であるブッククロッシング(E683参照)のための本棚を街路樹に設置した建築業関連団体や、宇宙旅行に見立てた小学校の読書運動(クラスの全生徒が本を1冊読むとロケットの燃料が補充されるという設定など)を考案し実践した公共図書館などが表彰されている。ユニークな読書推進活動をさらに生み出していくための、いわば読書推進活動を推進する活動である。

 

3. 青少年審査員賞(ドイツ青少年文学賞)

 ドイツで唯一国家の支援を受けて行われる読書推進活動として、「ドイツ青少年文学賞」(8)の一部門「青少年審査員賞」がある。「ドイツ青少年文学賞」は50年以上の歴史を持つ、ドイツで最も権威のある青少年文学賞であるが、文字どおり子どもたちが審査員となる同部門を2003年に新設した。州横断的な読書クラブの子どもたちで構成された青少年審査員が、前年に出版されたドイツ語圏の作品の中から最大6冊を選び、ノミネートする。最終的に選ばれた1冊は、フランクフルトブックフェアで表彰される。同世代の選んだ本に賞を与えることでより多くの関心を集め、読書推進につなげようという試みである。

 

4. 「ドイツで読む」

 上記「読書基金」や「青少年文学賞」の活動、各州の取り組みなど、ドイツの読書推進活動についての情報を集め、紹介するサイト「ドイツで読む」(Lesen in Deutschland)(9)についても触れておこう。州ごと、日付ごと、活動タイプごとに情報が整理され、検索もできるなど、さながら読書推進活動のデータベースとして機能している。分野を超えた連携を促進する役割を担っている。

 

5. 図書館による読書振興活動事例

 最後に、筆者が2009年11月にゲーテ・インスティトゥート(Goethe-Institut)の奨学金でドイツを訪問した際に見学することのできた、個別の図書館の事例を紹介しておきたい(10)

 1つ目は、ケルンの市立図書館の事例である(上述の報告書『読解力の促進』によれば、類似した方法による推進活動はドイツでは盛んな模様)。子どもが図書館利用登録をすると、図書館は利用カードや本を持ち帰るための布製バッグとともに、1冊のカラフルなノートを手渡す(図参照)。子どもたちは、読み聞かせの催しに参加するたびに、聞いた物語の絵をノートに描いて図書館員に見せる。図書館員はそれによって、子どもたちが本当に理解したのかどうかを知るのだという。

図 ケルン市立図書館で配布するバッグとノート

図 ケルン市立図書館で配布するバッグとノート

 もう1つは、ベルリンの、外国人が人口の37%を占める地域の小さな図書館の取り組み「ヴォルトシュターク」(WortStark)である。移民の子どもを中心に、幼稚園の10人以下のグループが図書館を訪れ、図書館員(やインターンシップの学生)とともに輪を作って座り、「歯ブラシ」「鍋」といった言葉を、用意された実物を手に取りながら学習する(実際、子どもたちはこういった言葉も知らないことがしばしばある)。そしてその後にはじめて、それらの言葉が重要な役割を果たす絵本の読み聞かせを行う。いずれも背景には、単に聞くこと、あるいはそらんじることと「読解する」ということとのギャップに気づかされた「PISAショック」の反省がある。子どもたち一人ひとりの読解力までにかかわろうとする、踏み込んだ取り組みである。

総務部人事課:伊藤 白(いとう ましろ)

 

(1) 2000年の第1回調査では総合読解力において、ドイツは31か国中21位(日本は8位)であった。なお2006年の第3回調査では56か国中18位(日本は15位)。
OECD Programme for International Student Assessment (PISA).
http://www.pisa.oecd.org/pages/0,2987,en_32252351_32235731_1_1_1_1_1,00.html, (accessed 2010-02-18).
“OECD生徒の学習到達度調査(PISA)《2000年調査国際結果の要約》”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/index28.htm, (参照 2010-02-18).
“OECD生徒の学習到達度調査(PISA) : 2006年調査国際結果の要約”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/001.pdf, (参照 2010-02-18).

(2) “Förderung von Lesekompetenz. Expertise”. Bundesministerium für Bildung und Forschung.
http://www.bmbf.de/pub/bildungsreform_band_siebzehn.pdf, (accessed 2010-02-18).

(3) Stiftung Lesen.
http://www.stiftunglesen.de/default.aspx, (accessed 2010-02-18).

(4) 川西芙沙. 子どもの本の現場より : 「ドイツ読書基金」(Stiftung Lesen)について. JBBY. (102), 2009, p. 77-79.

(5) TOMMI.
http://www.kindersoftwarepreis.de/, (accessed 2010-02-18).

(6) 360-Grad-Leser.
http://www.youtube.com/360gradleser, (accessed 2010-02-18).

(7) Auslese.
http://www.stiftunglesen.de/projekte/auslese/default.aspx, (accessed 2010-02-18).

(8) Deutscher Jugendliteraturpreis.
http://www.djlp.jugendliteratur.org/, (accessed 2010-02-18).

(9) Lesen in Deutschland.
http://www.lesen-in-deutschland.de/html/index.php, (accessed 2010-02-18).

(10) ガンツェンミュラー文子. 特集, 21世紀 子どもの読書活動推進のために: ドイツの読書推進活動. JBBY. 2002, (95), p. 18-20.

 


伊藤白. 小特集, 諸外国の読書推進活動: ドイツの読書推進運動―読解力向上のための取り組みとして―. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1706, p. 6-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1706