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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日
CA1707
小特集 諸外国の読書推進活動
英国の読書推進活動―国民読書年を中心に―
英国では、ブックスタート事業(E480参照)をいち早く始めたほか、読書推進事業を担う団体・組織が数多く存在するなど、読書推進活動が比較的活発に行われている(CA1498参照)。本稿では、最も有名な活動の一つでもある「国民読書年」(National Year of Reading;以下「NYR」とする)を中心に紹介する。
1. 第1回国民読書年
英国では、1998年9月から1999年8月にかけて、第1回のNYRが実施された。NYRが計画された背景には、読書離れによって当時の英国内の初等・中等教育を受ける児童・生徒のリテラシーが低下していることへの危惧があったとされている(CA1241参照)。1997年、当時の教育雇用大臣であったブランケット(David Blunkett)氏の発案により、子どもたちのリテラシーの向上と成人の生涯学習支援のために、読書推進活動を全国規模で行うNYRを翌1998年に実施することが決まった。
教育雇用省(1)から委託を受けた英国リテラシー・トラスト(National Literacy Trust)が中心となって結成されたプロジェクトチームは、NYRの開始前には、教育、図書館、スポーツ、ボランティア団体などさまざまな関係機関に働きかけて周知活動を行い、期間中は、ニュースレターやウェブサイトなどを使った情報提供の面において、各地の図書館、学校、コミュニティなどのイベントやキャンペーンをサポートするという役割を担った(CA1354参照)。また、それらの活動に対する資金的なサポートも行っており、その総額は80万ポンド(当時のレートで換算して1億5,000万円ほど)にも上ったという(2)。
2. 第2回国民読書年
第2回のNYRは、第1回NYRから10年が経過した、2008年に実施された。その背景には、依然として、読書に対する意識の低さがあった(3)。2006年に行われた読書に関する国際調査PIRLSの結果によると、学校以外で楽しみとしてほぼ毎日読書をするイングランドの子どもの割合は33%と、他の国と比較してかなり低かった。また2001年の調査結果と比較して、その割合には増加が見られなかった(4)。第2回NYRの活動報告書『読書:その未来』(Reading: The Future;E915参照)によれば、第2回NYRの目的として、家庭やその他の場所での読書を推進すること、および第1回NYRでも示されていた、人々の読書に対する意識を変えて、英国を「読む人の国」(nation of readers)にすることが掲げられた(5)。
第2回NYRでは、児童・学校・家庭省から委託を受けた英国リテラシー・トラストと読書協会(The Reading Agency;E017参照)が、ブックトラスト(Booktrust)や初等教育リテラシーセンター(Centre for Literacy in Primary Education)といった読書推進事業を担う諸機関の協力を得て活動を取り仕切った(6)。
2008年1月から3月までの最初の3か月は各機関・団体に対して参加を呼びかける期間とされ、4月からは月ごとに設定されたテーマを基に、各機関・団体によるイベント、キャンペーンなどが実施され、NYR公式サイトに登録されたイベントの数はおよそ6,000にも上った。各種イベントの情報や関連記事はNYR公式サイトだけでなく、各機関・団体がイベントの情報を投稿できるサイト“WikiREADia”(7)でも提供された。“WikiREADia”は、NYR以外の情報も掲載した読書支援サイトとして機能しており、このサイトの開設が第2回NYRの大きな成果の一つであるとの評価も与えられている。
3. 図書館の活動
第2回NYRでは、新規利用者を増やすためのキャンペーンが英国全土の図書館で展開された。ラジオの地方局の協力を得たり、ショッピングセンターへ出向くなど様々な方法で呼びかけが行われた。その結果、2008年4月から12月までの間に当初の想定を大幅に超える230万人が新規利用登録を行った(5)。
個々の図書館でも様々な活動が行われた。屋外での読書を通して読書の楽しみを知ってもらおうという“Reading Garden”(8)や、読書の機会を広げるためにビーチに図書館の分館を臨時に設置するイベント(9)といった読書の「場」に着目した活動があった。また、子どもとその家族を対象にしたイベントが多かったことも目に付く(10)。子どもたちだけでなく、大人たちと一緒に読書を楽しもうとの考えによるものであろう。
4. 国民読書年の効果
NYRは、それ自体は非継続的であるが、継続的な活動のための出発点となるべきものとされている。第1回NYRの1999年から全英規模に拡大したブックスタート事業や、第2回NYRを機に開始した学校図書館協会(School Library Association)による“Book Ahead”(11)といった大規模なものから、個別の機関による小規模なものまで、NYRを契機とした継続的な活動が数多くある。第2回NYRの活動報告書によれば、期間中に組織された団体の97%がNYR以降も継続的に活動する予定とあり、期間中に実施されたプロジェクトの80%が2009年も引き続き行われたという(5)。
NYRの影響、効果を測る指標として2つのデータを紹介しておく。1つは、英国の調査会社Taylor Nelson Sofresが第2回NYRの期間中に2度にわたって実施した、読書に対する人々の意識の変化を調べた調査の結果である。その概要は前述の活動報告書の中で紹介されている。それによると、比較的下位の社会階層に属する人々のうち、毎日子どもに本を読むという親の割合はNYR初期の3月には15%であったのがNYR後半の12月には20%に、毎日母親と一緒に本を読むという子どもの割合も17%から32%に増加しており、家庭で楽しみとしての読書をする機会が増している(5)。もう1つは、「ナショナル・テスト」での11歳の生徒らの英語(国語)の読み書きの成績である。目標水準に達している生徒の割合は、NYR実施前の1997年が62.5%、第1回NYRの翌年に当たる2000年が75%、第2回NYRの翌年の2009年が80%という結果が出ており、向上が見られる(12)。NYRを中心とした読書推進活動の目に見える効果と見ることもできよう。
関西館図書館協力課:北條風行(ほうじょう ふうこう)
(1) 組織改変により、教育雇用省(Department for Education and Employment)の中の教育部門は、現在、児童・学校・家庭省(Department for Children, Schools and Families)に引き継がれている。
(2) “National Year of Reading 1998-1999”. National Literacy Trust.
http://www.literacytrust.org.uk/campaign/execsummary.html, (accessed 2010-02-18).
(3) “Frequently asked questions about the National Year of Reading”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Frequently_asked_questions_about_the_National_Year_of_Reading, (accessed 2010-02-18).
(4) PIRLS(Progress in International Reading Literacy Study)は2001年に第1回、2006年に第2回の調査が行われている。
“Readers and Reading: The National Report for England” National Foundation for Educational Research.
http://www.nfer.ac.uk/nfer/publications/PRN01/PRN01.pdf, (accessed 2010-02-18).
National Foundation for Educational Research. “Progress in International Reading Literacy Study (PIRLS 2006)”. Department for Children, Schools and Families.
http://www.dcsf.gov.uk/research/data/uploadfiles/DCSF-RBX-03-07.pdf, (accessed 2010-02-18).
(5) National Literacy Trust, ed. “Reading: The Future”. Reading for Life.
http://www.readingforlife.org.uk/fileadmin/rfl/user/21522_NYR_Guide_AW_v3.pdf, (accessed 2010-02-18).
(6) “2008 National Year of Reading”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=2008_National_Year_of_Reading, (accessed 2010-02-18).
(7) WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/, (accessed 2010-02-18).
(8) 例えば、以下のものなど。
“Reading Garden at Hayle Library”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Reading_Garden_at_Hayle_Library, (accessed 2010-02-18).
“Reading garden – New Ash Green library, Kent”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Reading_garden_-_New_Ash_Green_library%2C_Kent, (accessed 2010-02-18).
(9) “Books on the beach – Poole libraries”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Books_on_the_beach_-_Poole_libraries, (accessed 2010-02-18).
(10) 例えば、以下のものなど。
“Family Reading – a town fun day in Wiltshire”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Family_Reading_-_a_town_fun_day_in_Wiltshire, (accessed 2010-02-18).
“Family Reading Groups in Leicestershire”. WikiREADia.
http://www.wikireadia.org.uk/index.php?title=Family_Reading_Groups_in_Leicestershire, (accessed 2010-02-18).
(11) 0歳から7歳までの幼い子どもたちに読書の楽しみを広める学校図書館協会の取り組み。
“Book Ahead”. School Library Association.
http://www.bookahead.org.uk/, (accessed 2010-02-18).
(12) 「ナショナル・テスト」(National Test)は、イングランド地域の生徒らを対象にした統一学力テストで、1988年から実施されている。7歳、11歳、14歳の生徒を対象としてきたが、14歳の生徒を対象としたテストは2008年を最後に終了している。
“School and college achievement and attainment tables”. Department for Children, Schools and Families.
http://www.dcsf.gov.uk/performancetables/, (accessed 2010-02-18).
北條風行. 小特集, 諸外国の読書推進活動: 英国の読書推進活動―国民読書年を中心に―. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1707, p. 8-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1707