3.4 読書プログラムの現状と課題

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京都ノートルダム女子大学 人間文化学科・人間文化研究科  岩崎 れい(いわさき れい)

はじめに

 図書館の中では、公共図書館の成立した早い時期から、読み聞かせやストーリーテリングなどの読書プログラムが行われてきたが、現在注目されているのは、むしろ、全米規模・各州規模で実施されている、より幅広い概念の読書プログラムである。本稿では、米国連邦教育省が推進している計画の全体像を概観し、また、各団体や図書館が具体的に取り組んでいるプログラムを紹介する。

(1) 米国連邦教育省の計画

 米国連邦教育省のコミュニケーション・アウトリーチ局では、高等教育、成人教育、遠隔教育など、多様な分野にわたって、教育支援プログラムを設けている(1)。この中で、読書プログラムと位置づけられているのは5種類である。(表参照)いずれのプログラムも、教育省自身が実施するのではなく、枠組を示し、各地域の公的機関や民間団体に助成金を出す形で、実施を促進している。

表 米国教育省読書プログラム

プログラム名 担当部局 予算(FY2006) 対象
Early Reading First 初等中等教育局 103,118,000ドル 低所得層の幼児
Even Start 初等中等教育局 99,000,000ドル 幼児とその保護者
Even Start Family Literacy Program Grants
for IndianTribes and Tribal Organization
初等中等教育局 1,485,000ドル 低年齢の子どもとその保護者
Reading First 初等中等教育局 1,029,234,000ドル 園児~小学校3年生
Striving Readers 初等中等教育局 29,700,000ドル 中学生

出典:U.S.Department of Education, Office of Communications and Outreach. Guide to U.S. Department of Education Programs. U.S.Department of Education. 2006. http://web99.ed.gov/GTEP/program2.nsf/9f7b23d4f3a12ea985256b2e005c1e85/3a912f0c68a5ea6b85256b2e005c7c6a/$FILE/gtep.pdf, (accessed 2007-03-10).

1) Early Reading First

 このプログラムは主に低所得層の家庭の低年齢の子どもたちが、すんなり学校教育を受け始めることができるように、言語や認知や読書準備(pre-reading skills)の発達を支援するものである。その発達のためには、高い質の言語と豊かな文学環境が適切であるとして、その環境に欠けやすい低所得層の家庭の就学前の子どもたちに焦点を当てている。

2) Even Start

 このプログラムは、主に低年齢の子ども、成人、両親を対象としたファミリー・リテラシー・プログラムへの助成である。単に大人を対象とするプログラムに焦点を当てているのではなく、両親と低年齢の子どもの両方に焦点を当てて、子どもがどんな家庭でもリテラシー教育を受ける環境を整えること、すなわち公平な教育環境の整備を目的としている。そのため、英語を母語としない外国人、先住アメリカ人、低所得家庭、十代の親、刑務所にいる女性などを対象ととらえていることが特徴として挙げられる。

3) Even Start Family Literacy Program Grants for Indian Tribes and Tribal Organizations

 このプログラムは、教育によって貧困と非識字の連鎖を断ち切るために提供されており、先住アメリカ人の低年齢の子どもやその親を対象としている。タイプとしては、小さい子ども向けの読書プログラムと英語を母語としない人を対象とするリテラシープログラムを組み合わせている。

4) Reading First

 このプログラムは、幼稚園児から小学校3年生くらいまでを対象に、読書研究の成果を土台に、学校教育における読書指導に対する助成を行うものである。少数民族や低所得層にも留意したプログラムとなっている。

5) Striving Readers

 このプログラムは、中学生・高校生のうち、平均以下の読書能力の生徒たちを対象とし、「どの子も置き去りにしない法律(No Child Left Behind Act)」(2)(3)の法律をもとに、学校教育についていけない生徒をなくす取組の一環として設けられている。このプログラムでは、学習が思い通りに進まない中学・高校の生徒たちのリテラシーを向上させることと、中高生のリテラシー向上のための方法の研究を確立することを目的としている。

 これらの米国連邦教育省のプログラムに共通しているのは、読書プログラムといっても、読書を推進すること自体が目的ではなく、学校教育における学習についていけない児童・生徒をなくすことやリテラシー向上を目的としていることである。読書支援のプログラムは、この目的のための土台として、学校教育を受ける上で公平な環境を整えるために、就学前の幼児の読書環境や言語環境を充実させることや学校教育を受けている児童・生徒のリテラシー向上に力を入れている。また、英語を母語としない子どもたちや先住アメリカ人、低所得世帯や親が10代の家庭の支援に重点を置き、さらに子どもたち自身だけではなく、子どもたちの環境の一番のもととなる家庭の大人たちの支援にも配慮していることに注目できるだろう。

 このようなプログラムは有効であると思われるが、それを実施していくうえで気になる点は、現時点で図書館の存在が計画の中にほとんど浮かび上がってこないことである。プログラムの中に挙げられている実施機関の公的機関のひとつとして図書館を位置づけることはできようが、読書支援においては大きな役割を果たすはずの図書館の明確な位置づけがなされていないことについては再考の余地があるだろう。

(2) 主な団体と活動

 以下は、現在読書プログラムを実施している主な公的機関および民間機関である。

1) National Center for Family Literacy(4)

 この団体は、子どもにとって、もっとも基本的な環境である家庭に対するリテラシー支援を目的として1989年から活動をしている。特に、貧困・失業・病気など、さまざまな困難を抱えている家庭を重点的に支援することを考えている。早期の支援が子どもたちにとって大きな意味があるという前提に立って、読み聞かせなどのいくつかの活動を組み合わせて、子どもたちが生まれながらにして持っている学習とリテラシー獲得の権利をすべとの子どもたちにとって現実にしようとするプロジェクトであり、その活動は年次報告(5)などで紹介されている。また、各州で実施されているプログラムや関連機関もこのセンターのサイトから調べることができる(6)

2) National Even Start Association(7)

 この機関は、各州で行われるEven Start Family Literacy programsの支援を行っており、その中には、先住アメリカ人居留地でのプログラムや移民など英語を母語としない人たちへのプログラム、刑務所にいる女性や子どもへのプログラムも含まれる。この機関の活動の目標は、さまざまなファミリー・リテラシー・プログラムのリーダー的存在として、このプログラムの存在を広く知らせ、各地で行われるこのプログラムに対し専門的な支援をし、また、他の機関との協力をはかっていくことである。

 また、このプログラムは、低年齢への子どもたちへの教育や成人プログラムを通して、貧困や非識字の連鎖を断ち切るために、リテラシー教育など多様なプログラムを提供し、生涯教育の基盤を培おうとするものであり、読み聞かせなどは、小さい子どもたちへのプログラムの中に位置づけられている。

3) The Barbara Bush Foundation for Family Literacy(8)

 この機関は、米国の全家庭にとってリテラシーを浸透させることを目的としている。具体的には、家庭が子どもにとっての最初の学校であり、親は子どもにとっての最初の教師であり、読書が子どもにとっての最初の教科であることをすべての家庭が理解し、そして、親子が共に学び、本を読むというファミリー・リテラシー・プログラムによって非識字の連鎖を断ち切ることを目的としている。この機関は、1989年に設立され、現在47州とワシントンD.C.で、600のプログラムを提供している。プログラムの中では、指導とカリキュラムとスタッフが重要視されており、また、プログラムの前後に効果の測定も行われている。プログラム対象者の読書レベルは多様であるため、プレッシャーを与えないような指導が必要であり、また、コンピュータによる指導も行われる。大人が子どもに読み聞かせをすることは、子どもだけではなく、大人のリテラシー獲得や読書能力の育成にも役立つと考えられている。また、プログラムの中では、親同士が情報や意見を交換し合う相互扶助活動も重視されている。

4) National Institute for Literacy(9)

 この機関は1991年にNCLBの実施のために設けられた公的な機関であり、乳幼児から大人までの読書支援を含むリテラシー教育を担っている。人間にとって読書の準備は実際に本を読むことを始める幼稚園時代よりももっと早くから行われている、という研究成果に基づいて、乳幼児からの読書プログラムを米国連邦教育省の“Early Reading First”を中心に実施している。また、それ以外の年代についても、本機関のサイトで、さまざまな資料や統計情報を提供し、各地域のプログラムを支援している。また、“National Research Program”(10)によって、より効果的な読書プログラムを提供することを目指している。

 この他、ピザハット社が提供しているプログラム“Book It!”(11)のように企業提供のプログラムも存在する。また、本稿では紙幅の都合上、地域におけるプログラム提供の紹介は割愛するが、各州は個別のプログラムを提供していたり、上記のプログラムと連携したプログラムを提供していたりしている。ただし、各州のプログラムを散見すると、図書館が中心となって行われているファミリー・リテラシー・プログラムもあり(12)、全体像を表す代表団体のサイトで見るよりも、実際の現場ではプログラムと図書館との結びつきがあるといえるだろう。

(3) 図書館のプログラム

 図書館では、従来のプログラムに加えて、1998年から“One City, One Book”、“One Book, One School”などと呼ばれる、地域や学区ごとの読書プログラムを推進している。これらのプログラムの規模は、州や地域によって違うが、ALAはこのプログラムの推進にあたって、これらのプログラムを“One Book, One Community”と名づけ、人々が本を通して互いに共感し、また語り合う機会をもつための、共同体規模の読書プログラムと位置づけている。ALAの出しているこのプログラムについてのワークシート One Book, One Community: Planning Your Community-Wide Read(13)では、その意義について以下のように述べている。このプログラムを通して、人々はバックグラウンドの違う者同士でも語る機会を持つことができるし、経験を分かち合うことで、人々の経験は豊かになる。このプログラムは、人々に新しい読書のモデルを提供することができる。これが、このプログラムの基本的なコンセプトである。

 また、この文献では、目標の立て方、タイムスケジュールのつくり方、協力者を得る方法、予算の獲得計画、対象となる本の作者からの承認を得る方法、プログラム内容の設定方法などがワークシート形式で示されている。さらに、各地域におけるプログラム提供の例示やその評価なども簡単に記されており、具体的事例を知る上で参考になるだろう。

おわりに

 米国では、読書プログラムに力を入れているが、現状では、米国連邦教育省が力を入れているプログラムと図書館自身が力を入れているプログラムにはずれがある。お互いの協力関係を求めていないわけではなく、また地域では、各関係機関と図書館が共通のプログラムを提供していることもあるが、米国連邦教育省や読書プログラムの提供を目的としている公的及び民間機関のプログラムでは、残念ながら図書館のかげはうすい。実践上だけではなく、コンセプト自身において図書館の役割を明確にしていくことと、今後、それぞれのプログラムを複数機関の協力の下でどのように進めていくかが課題であろう。



(1) U.S. Department of Education. Guide to Education Programs. http://web99.ed.gov/GTEP/Program2.nsf, (accessed 2007-02-17).

(2) Pub.L. No.107-110, 115 Stat. 1425.
No Child Left Behind Act of 2001の全文は,以下を参照。
http://www.ed.gov/policy/elsec/leg/esea02/107-110.pdf, (accessed 2007-02-17).

(3) U.S.Department of Education. “No Child Left Behind”. http://www.ed.gov/nclb/landing.jhtml?src=pb, (accessed 2007-02-17).

(4) “National Center for Family Literacy”. http://www.famlit.org/site/c.gtJWJdMQIsE/b.1204561/k.BD7C/Home.htm, (accessed 2007-02-17).

(5) 現在ウェブ上で2005年の年次報告が提供されている。
National Center for Family Literacy. NCFL 2005 Annual Report. 26p. http://www.famlit.org/atf/cf/%7B3D0C0CE7-6FDA-40BA-88F3-AA78546501E7%7D/Web%20-%20Annual%20Report%202005.pdf, (accessed 2007-02-17).

(6) National Center for Family Litracy. “Find a Program”. http://www.famlit.org/site/c.gtJWJdMQIsE/b.1205565/k.8DDF/Find_a_Program/apps/kb/cs/contactsearch.asp, (accessed 2007-02-17).

(7) National Even Start Association. “National Even Start Association: Providing a National Voice and Vision for Even Start Family Literacy Programs”. http://www.evenstart.org/, (accessed 2007-02-17).

(8) “Barbara Bush Foundation for Family Literacy”. http://www.barbarabushfoundation.com/, accessed 2007-02-17.

(9) “National Institute for Literacy”. http://www.nifl.gov/, (accessed 2007-02-17).

(10) National Institute for Literacy. “National Research Program”. http://www.nifl.gov/nifl/nat_research.html, (accessed 2007-03-05)

(11) “Pizza Hut. Book It!: Reading Incentive Programs”. http://www.bookitprogram.com/default.asp, (accessed 2007-02-17).

(12) 例:
California State Library. “California Library Literacy Services” http://libraryliteracy.org/, (accessed 2007-03-05).
Lake County Library System. “Family Literacy Program”. http://www.lakeline.lib.fl.us/programs_and_services/family_literacy_program/default.aspx, (accessed 2007-03-05).

(13) American Library Association. One Book, One Community: Planning Your Community-Wide Read. 2003. http://www.ala.org/ala/ppo/onebookguide.pdf, (accessed 2007-02-17).

Ref:

Family literacy については、以下のような抄録つき文献紹介資料がある。
Wasik, Barbara Hanna. et al. Archived: Family Literacy: An Annotated Bibliography. Carolina Family Literacy Studies The School of Education.; Frank Porter Graham Child Development Center, University of North Carolina at Chapel Hill. 2000, 53p. http://www.ed.gov/PDFDocs/Family_Literacy.pdf, (accessed 2007-02-17).