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京都ノートルダム女子大学 人間文化学科・人間文化研究科 岩崎 れい(いわさき れい)
はじめに
図書館における教育・リテラシーサービスは、館種による相違と目的による相違の両方の側面からとらえることができる。本稿では、米国図書館における教育・情報リテラシーサービスに関する1990年代以降の日本国内の研究動向を概観した。
(1) 利用(者)教育から情報リテラシーの育成へ
1990年代に入るまで、このサービスは主に利用者教育または利用教育の一環として位置づけられることが多かった。1980年代の半ばごろから、図書館内の利用教育にとどまらず、1970年代に概念が生まれたとされる情報リテラシーの育成と結びつけて論じられることが増えてくる。その背景として、1983年に米国連邦教育省が出した報告書Nation at Risk(1)に対して出されたALAの答申があり、情報リテラシー概念が明確にされている(2)。図書館関連団体が、「情報リテラシー」をどのように捉えてきたかは、図書館関連団体の公式文書を分析した中村の論文に整理されている(3)。ALAの最終答申以前の1980年代後半には、クールソー(Carol Collier Kuhlthau)がこれを library skills と computer literacy の両概念を統合し、さらにそれを超えたものとしてとらえている(4)。
クルーソーについては、渡辺が認知的な視点から利用者の情報探索行動についての研究を中心に研究レビューの形で紹介しているが(5)、このクルーソーの考え方をもっとも取り入れた結果となったのは学校図書館の領域であるといえるだろう。大城(6)は、1980年代にはすでに学校図書館において情報リテラシーに関する論議はされていたものの、図書館内での意見の一致がまだ見られておらず、また、Nation at Riskで情報化社会・生涯学習社会への突入に言及しながらも、教育における図書館の役割や情報資源利用法の知識や技術の重要性については触れていなかったため、学校図書館における情報リテラシーについては、学校図書館メディア・プログラムの最終的な目的は児童・生徒の批判的思考力の育成であると主張したマンコール(Mancall)らの研究によって初めて実質的な議論が始まり、クルーソーの上記の著作によって転換点を迎えたといえると述べている。学校図書館における批判的思考力の育成については、平久江が利用教育カリキュラムを批判的思考の概念によって再構築する必要があるというマンコールの主張をもとに、批判的思考の解釈に不可欠な思考力の概念整理と批判的思考スキルの整理をし、図書館利用教育への批判的思考の応用について考察している(7)。また、学校図書館の領域へのクルーソーの考え方の応用については、福永が1980年代の利用者教育アプローチについて分析している(8)。この論文では、学校図書館における当初の利用者教育は、学校のカリキュラムに深く関与せずに利用者の個別のニーズに対応しており、研究の視点も図書館内の利用者支援に重点が置かれていたが、1980年代には、利用者教育の視点を利用者教育の内容や技術から学習者である児童・生徒に移すことによって、カリキュラムと密接な関連を持つ統合アプローチが注目を集めるようになったとしている。
また、この傾向は、1988年版の米国学校図書館基準『インフォメーション・パワー』(9)(Information Power)にも反映されているとされるが(10)、1990年代に入ると高度情報社会・生涯学習社会といわれる中で、1998年版の米国学校図書館基準 『インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築』(Information Power: Building Partnerships for Learning)(11)が、児童・生徒を中心とする学習を主眼に据えた情報リテラシー基準を提示し、それをもとに学校図書館の新しい姿を模索している(12)(13)(14)。情報リテラシー基準を示すだけではなく、その適用にあたってMcREL(Mid-continent Research for Education and Learning)のContent Knowledge(15)を活用することによって、1988年版よりも学習やカリキュラムとのさらに深い関連が示されている。また、マレー(Janet Murray)は、アイゼンバーグ(Mike Eizenberg)とバーコウィッツ(Bob Berkowitz)が提唱した学習プロセス“Big6”(16)と学習リテラシー基準と“ISTE NETS”(17)を対比させることで(18)、情報リテラシーの習得や情報探索プロセスが学習と密接な関係にあることを示している(19)。
(2) 社会と時代のニーズに対応したサービスへ
このような学校図書館の傾向は、現代社会の教育ニーズに対応したサービスのあり方といえるであろう。大学図書館も、時代に応じたさまざまなサービスを求められている。倉橋(20)や大城(21)は、21世紀における社会の変化とインターネット時代に対応するためには、米国の大学図書館で従来行われてきた図書館利用教育では不十分になったとして、情報リテラシー教育の必要性について論じている。これらの論議は、学校図書館の情報リテラシー基準と相前後して、2000年に出されたACRLの情報リテラシー基準(22)も踏まえている。また、eラーニングに対する支援機関としての大学図書館も注目されており、三輪(23)らは、米国の教員養成大学におけるeラーニングの事例研究にあたり、大学図書館をその支援機関と位置づけており、また、上原(24)の事例報告では、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学、米国のワシントン大学及びハワイ大学のeラーニングを紹介するにあたり、しくみや技術だけではなく、図書館員が教員としての身分を認められて教育に当たっていることに注目している。さらに、米澤(25)は、米国の大学図書館の新しい方向として、1990年代半ばにはデジタル時代の情報資源を利用するための共有資源として誕生したインフォメーション・コモンズが注目を集め、さらに、10年後の2005年にはACRL全国会議で「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ」というセッションが行われ、大学が知識を伝達することから学生自身が主体的に知識を創出することへと大学教育のパラダイム転換が行われたことを示唆している。
公共図書館では、あまり多くの研究は行われていないが、1990年代以降、生涯学習時代・高度情報社会と結びつけてとらえられる傾向にある。1990年代後半には、公共図書館の生涯学習支援の核としての情報リテラシー教育やインターネットの利用指導が注目され、インターネット利用における問題点を提起しながらも、情報への公平なアクセスの保障という視点から重視されてきている(26)(27)。また、21世紀に入ってからは、健康情報サービス(28)やビジネス支援(29)など、利用者の特定のニーズに応える専門図書館的な役割を果たす図書館が紹介され、日本でもその傾向を追おうとする動きもある。すべての人に公平なサービスを行うことを基本としながらも、利用者のニーズを汲み取るサービスによって、利用者の主体的な利用を尊重しようとする方向といえるであろう。
専門図書館関連では、米国については日本国内ではほとんど研究が行われておらず、医学図書館関係でわずかに事例報告が見られるのみである(30)。とはいっても、教育・リテラシーサービスに無関心なわけではない。その関心は、医学図書館関係では患者図書館や看護学校の図書館なども含めると、次の3つに大別できる。第一に、医学・看護関係の専門誌で関心が高いのが、医学や看護を学ぶ学生へのサービスであるが、これは病院図書館を併設する多くの病院が、大学や看護学校などの教育機関をも併設していることに起因しており、内容的には大学図書館・学校図書館の範疇で考えるテーマであろう。第二に、医師・看護師をはじめとする専門職に対する情報サービスがあり、これは、いわゆる専門図書館のサービスといえるであろう。第三に挙げられるのが、患者に対する図書館サービスであり、病院サービスの一環と考えられるであろう。従来、患者向けの図書館は娯楽用が中心であったが、1990年代以降、患者に医療・健康情報を提供するサービスが注目されつつある。酒井(31)は、これについて、長い間医療専門家だけを利用者としてきたが、政府の健康重点政策を受けて、“Long Range Plan 2000-2005”(32)という計画の重点目標に一般向け健康情報サービスを掲げ、さらに、公共図書館や大学医学図書館との連携によってサービスを成功させた米国国立医学図書館(NLM)の事例を紹介している。その意味では、第三のカテゴリーは患者のみに対するサービスではなく、予防や健康教育を含んだ一般向けの教育サービスと位置づけることができるだろう。
おわりに
館種によって、サービスの形はさまざまだが、いずれも教育・リテラシーサービスという視点では、20世紀の末から21世紀の初めにかけて、図書館が主体となるサービスから利用者が主体となるサービスに変化してきたととらえることができる。教育機関の図書館サービスにおいても、公共機関の図書館サービスにおいても、まず利用者が主体となって学ぶ環境をつくる努力をしているといえるだろう。惜しむらくは、館種によって文献数がかなり違うので、公共図書館や専門図書館についても、より多くの米国の研究が望まれる。
(1) United States. National Commission on Excellence in Education. A Nation at Risk: The Imperative for Educational Reform: A Report to the Nation and the Secretary of Education. 1983. 65p.
(2) American Library Association. American Library Association Presidential Committee on Information Literacy: Final Report. American Library Association, 1989, p.9.
(3) 中村百合子. 図書館関連団体文書にみる米国における「インフォメーション・リテラシー」の変遷. 日本教育工学会論文誌. 2002, 26(2), p.95-104.
(4) Kuhlthau, Carol Collier.et al. Information Skills for an Information Society: A Review of Research. ERIC Clearinghouse on Information Resources, Syracuse University, 1987, 28p.
(5) 渡辺智山. 利用者研究の新たな潮流:C.C.Kuhlthauの認知的利用者モデルの世界. 図書館情報学会年報. 1997, 43(1), p.19-37.
(6) 大城善盛. アメリカの学校図書館界における情報リテラシー運動. 渡辺信一先生古稀記念論文集編集委員会編. 生涯学習時代における学校図書館パワー:渡辺信一先生古稀記念論文集. 渡辺信一先生古稀記念論文集刊行会, 2005, p.167-188.
(7) 平久江祐司. 学校図書館利用教育における批判的思考力の育成:情報の評価スキルとしての役割. 図書館学会年報. 1996, 42(4), p.181-198.
(8) 福永智子. 学校図書館における新しい利用者教育の方法:米国での制度的・理論的展開. 図書館学会年報. 1993, 39(2), p.55-69.
(9) American Association of School Librarians; Association for Educational Communications and Technology. インフォメーション・パワー:学校図書館メディア・プログラムのガイドライン. 全国学校図書館協議会海外資料委員会訳. 全国学校図書館協議会, 1989, 217p.
(10) 福永智子. 学校図書館における新しい利用者教育の方法:米国での制度的・理論的展開. 図書館学会年報. 1993, 39(2), p.56.
(11) American Association of School Librarians; Association for Educational Communications and Technology. インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築. 同志社大学学校図書館学研究会訳. 同志社大学, 2000, 234p.
図書館員がこの学校図書館基準を実践していくためのガイドラインとして、American Association of School Librarians; Association for Educational Communications and Technology. 計画立案ガイド. 同志社大学学校図書館学研究会訳. 同志社大学, 2003, 116p.(インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築, 2). がある。
また、プロモーションビデオ“Know It All”(Produced by GPN in consultation with the AASL & ALA, 1997. 全13巻)も発売されている。
(12) Public Education Network; American Association of School Librarians. インフォメーション・パワーが教育を変える!:学校図書館の再生から始まる学校改革. 足立正治, 中村百合子監訳. 高陵社書店, 2003, 211p.
(13) 岩崎れいほか. 『インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築』に関する一考察:1999~2001年の文献レビューを中心に. 同志社大学図書館学年報. [2002], (28)(別冊), p.27-52.
(14) 平井むつみ. 米国の教育現場におけるニーズとしての「インフォメーション・パワー」. 学校図書館. 2005, (655), p.45-48.
(15) Kendall, John S.; Marzano, Robert J. “Content knowledge: A compendium of standards and benchmarks for K-12 education”. 4th. ed., Mid-continent Research for Education and Learning, 2004. http://www.mcrel.org/standards-benchmarks/, (accessed 2007-02-13).
なお、Information Powerでは2nd. ed.(1997)を利用している。
(16) “Big6: An Information Problem-Solving Process”. http://www.big6.com/, (accessed 2007-02-13).
(17) The International Society for Technology in Education. “National Educational Technology Standards Project”. http://www.iste.org/inhouse/nets/cnets/index.html, (accessed 2007-02-13).
(18) Murra;y, Janet. “More From Japan: Applying the Big6 Skills and the Information Literacy Standards for Student Learning to Internet Research”. Big6. 2002-05-01(update: 2005-06-09). http://www.big6.com/showarticle.php?id=153, (accessed 2007-02-13).
(19) 岩崎れい. “情報リテラシーと学習支援:IP2の情報リテラシー基準とその適用の可能性”. 渡辺信一先生古稀記念論文集編集委員会編. 生涯学習時代における学校図書館パワー:渡辺信一先生古稀記念論文集. 渡辺信一先生古稀記念論文集刊行会, 2005, p.189-197.
(20) 倉橋英逸. 生涯学習における情報リテラシー教育と学習コミュニティ:米国の大学教育における実践とチュートリアル. 大学図書館研究. 2004, (70), p.31-41.
(21) 大城善盛. 情報リテラシーとは?:アメリカの大学・大学図書館界における論議を中心に. 情報の科学と技術. 2002, 52(11), p.550-556.
(22) Association of College Research Libraries. “Information Literacy Competency Standards for Higher Education”. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlstandards/informationliteracycompetency.htm, (accessed 2007-02-16).
(23) 三輪眞木子ほか. 米国の教員養成大学における遠隔教育とその支援システムの事例研究. [日本教育情報学会]年会論文集. 2003, (19), p.70-73.
(24) 上原恵美. 大学図書館とe-learning:カナダ・米国の大学図書館を訪問して. 大学図書館研究. 2003, (68), p.45-57.
(25) 米沢誠. インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援. カレントアウェアネス. 2006, (289), p.9-12. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1036, (参照2007-02-16).
(26) 廣田慈子. 米国公共図書館におけるインターネットパブリックアクセスの現状. Library and Information Science. 1997, (38), p.23-35.
(27) 廣田慈子. 公共図書館と情報リテラシー教育:米国公共図書館におけるインターネット利用指導から見た可能性. 現代の図書館. 1999, 37(2), p.72-77.
(28) 事例紹介には、たとえば以下の文献がある。
杉江典子. 米国ニューヨーク市クイーンズ区公共図書館における消費者健康情報サービス提供. 医学図書館. 2003, 50(3), p.260-267.
(29) 事例紹介には、たとえば以下の文献がある。
上田志保. 積極的なビジネス支援サービス:ニューヨーク公共図書館「SIBL」におけるサービス. 国立国会図書館月報. 2004, (518), p.23-27.
(30) 事例紹介には、たとえば以下の文献がある。
スナイダー足立純子; Lindner, Katherine L. 特集, 患者・住民への医学情報サービス:アメリカにおける患者、住民への医学情報サービス. 医学図書館. 1998, 45(1), p.36-43.
菊池佑. アメリカの病院図書館最新事情:患者への医療情報提供も含めて. (シリーズ・海外図書館事情を探る, 10). 図書館雑誌. 1998, 92(1), p.54-56.
(31) 酒井由紀子. 米国国立医学図書館と図書館情報学国家委員会による健康情報サービス支援事業. カレントアウェアネス. 2006, (287), p.13-16. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1019, (参照 2007-02-16).
(32) U.S. National Library of Medicine. “Long Range Plan 2000-2005”. http://www.nlm.nih.gov/pubs/plan/lrp00/toc.html, (accessed 2007-02-16).