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金城学院大学 文学部 薬師院 はるみ(やくしいん はるみ)
今日の米国において、公共図書館は、教育やリテラシーに貢献すべき機関だとみなされている。例えば、1998年に米国公共図書館協会が定義した公共図書館が担うべき13の責務の中にも、「基礎的リテラシー」、「正規学習課程支援」「情報リテラシー」、「生涯学習」等の項目が掲げられている(1)。これら13の責務は、2006年より見直し作業が行なわれ、同年12月5日には、暫定案として17の新責務が提案されているのだが、それらの中にも、「情報リテラシー」や「生涯学習」に加え、「成人および家族リテラシー」や、未就学児を対象とした「創発的リテラシー」等の項目を見つけることができる(2)。なお、この見直し作業は、同年6月開催のアメリカ図書館協会年次大会の時より開始されたのであるが、そこでは、今日の公共図書館における情報サービスの性質に変化がみられること、また、上記「基礎的リテラシー」や「正規学習課程支援」等に対して用語上の問題が存在すること等が議論されたとのことである(3)。
上の事例が示すように、米国の図書館界は、教育やリテラシー、とりわけ、情報リテラシーの問題に強い関心を寄せており、この動向は、少なくとも1970年代前半までさかのぼることができる。実際、2002年秋のレビューによれば、それ以前の30年間で、図書館利用者教育や情報リテラシーに関して5,000以上の文献が発表されたとのことである。また、この間に発表された文献数は年々増加する傾向にあり、この傾向は、この問題に対する関心の度合いが年々高まっていったことを示している(4)。そして、1989年、「米国図書館協会情報リテラシー会長諮問委員会」は、情報リテラシーに関する最終報告を発表し(5)、時期を同じくして、同委員会の主導により、米国情報リテラシー全国フォーラムが結成されることになるのである(6)。
ただし、当初、情報リテラシーの問題に力を注いでいたのは、主として学術図書館や学校図書館等であり、公共図書館における関心度は、それほど高かったわけでもない。けれども、情報技術の発達およびその浸透により、公共図書館でも、情報や新しい技術面で利用者を支え、この問題に関する利用者教育にも取組まざるを得なくなっていくのである。さらに、歴史的に眺めた場合、米国の公共図書館は、成人教育機関としての役割を果たすべきだとみなされてきたものの、当初からリテラシー支援に熱心だったわけでもない。戦前の公共図書館が積極的に取り組んでいたのは、むしろ、識字者を対象とした教育だったのである。なるほど、米国の公共図書館は、識字能力という意味でのリテラシー支援を行なってこなかったというのではない。実際、1900年頃よりニューヨーク公共図書館等で主催された基礎的リテラシー事業等は、その萌芽的な事例として指摘することができる(7)。これは、大都市に押し寄せた大量の外国人移民を対象にしていたのであり、また、当時は、アメリカ図書館協会でも、移民の「アメリカ化」に焦点を当てた議論がなされたとのことである(8)。
米国の公共図書館界がいわゆる成人教育に本格的に着手したのは、1920年代のことである。例えば、1924年、カーネギー教育振興財団の職員ラーネド(William S. Learned)は、『米国の公共図書館と知識の普及』と題した書物を発表し、図書館員に対して成人教育運動に参加するよう呼びかけた(9)。加えて、同年より、カーネギー財団の資金提供により、アメリカ図書館協会の委員会が主導する成人教育に関する研究が2年間にわたって実施された。一方、アメリカ図書館協会会長ジェニングス(Judson T. Jennings)も、1924年の会議において、成人教育に対して主な責任を持つのは、図書館であると主張し、次いで、アメリカ図書館協会内にジェニングスを長とする「図書館と成人教育に関する委員会(Commission on the Library and Adult Education)」が設けられた。同委員会は1926年には解散するものの、同年より「図書館と成人教育常任委員会(Board on Library and Adult Education)」が設けられている。こうして、公共図書館における主な成人教育サービスとして、各自に適した体系的読書を提供する読者助言サービスが実施されるようになったのである。
しかしながら、次第に、このサービスには、労力や経費が掛かり過ぎるとの指摘がなされるようになり、1930年代に入ると、世界大恐慌による打撃と相俟って実施することが困難となっていく(10)。上記委員会も1937年には解散し、また、1938年、ジョンソン(Alvin Johnson)による著書『公共図書館:民衆の大学』において、公共図書館は成人教育を主導すべきと主張されるものの(11)、その主張が具体化されることはなく、まもなく、図書館を含む米国全体が、戦時体制へと突入することになるのである。
1937年より上記「図書館と成人教育常任委員会」に代わって設けられていた「教育委員会(Education Board)」も、1955年に解散し、その2年後には、アメリカ図書館協会内に、「成人サービス部会(Adult Service Division)」が設けられた。ただし、戦後、図書館における成人サービスが、従来の方針を大きく変化させていくのは、公民権運動が高まりつつあった1960年代以降のことである。すなわち、公共図書館は、経済的弱者、非識字者、マイノリティー等、不利益を被っている人々の要求に応えていないことが注目されるようになったのである。1970年には、アメリカ図書館協会年次大会において、「社会的弱者に対する図書館サービス事務局(Office for Library Service to the Disadvantaged)」を設立することが議決され、1980年には、この委員会を元に現「リテラシーとアウトリーチサービス事務局(Office for Literacy and Outreach Services)」の前身である、「図書館アウトリーチサービス事務局(Office for Library Outreach Services)」が開設されている(12)。
この間、議論の趨勢は、単純な読み・書き・計算のみならず、社会生活を営む上で不可欠な機能的リテラシーの問題へと移行する。1977年に、ライマン(Helen H. Lyman)によって発表された『リテラシーと全国の図書館』(13)は、図書館が機能的リテラシーを欠く人々へのサービスを実践する上での手引となり、また、上記事務局を中心に、このサービスを実践するための研修会が相次いで実施されている(14)。その後においても、ますます多くの公共図書館が、リテラシーと関わり続けることになる。実際、1988年、ウィスコンシン大学マジソン校では、リテラシー・サービスに関して米国の何百もの公共図書館を調査し、図書館がリテラシー教育を提供する上で重要な役割を果たしていることを明らかにした(15)。そして、この役割は、様々な種類のリテラシーへと、その範囲をさらに広げてゆくことになるのである。
例えば、1990年11月号のWillson Library Bulletinでは、図書館とリテラシーに関する特集が組まれている。そして、その中には、これまで知られていたリテラシーに加え、「家族リテラシー」という問題を扱った記事が登場するのである(16)。この背後には、当時の米国社会で、子供のリテラシーが形成される一要因として、その家族のリテラシーが少なからず注目されていたという事情が挙げられる。事実、同誌の特集の前年、すなわち1989年には、元大統領夫人を名誉会長とする家族リテラシー・バーバラ・ブッシュ財団(Barbara Bush Foundation for Family Literacy)や、家族リテラシー・ナショナル・センター(National Center for Family Literacy)など、家族リテラシーを支援したり資金援助を行なう団体が相次いで設立されている。ともあれ、アメリカ図書館協会およびリテラシーとアウトリーチサービス事務局は、諸団体からの資金援助を下に、公共図書館での家族リテラシー・サービスを積極的に支援していくことになる(17)。
この状況下、1996年には、ウォレス財団(Wallace Foundation)により、図書館による成人リテラシー支援活動を援助すべく、LIAA(Literacy in Libraries Across America)イニシアチブと称する取り組みが開始された(18)。また、この取り組みの成果を評価すべく、一連の調査研究が実施され、2000年6月から2005年1月にかけて4つの報告書が提出されている(19)。それらの内、第1回目の報告書では、1999年のイリノイ大学図書館研究センター(Library Research Center)による標本調査の結果が紹介されているのだが、それによれば、この時点ですでに、調査対象となった図書館の内、90%がリテラシーを支援するための何らかのサービスを実施していたとのことである(20)。ただし、ウォレス財団他の資金援助によって実施された上記研究が当初から問題としていたのは、図書館による成人リテラシー支援活動そのものではない。この活動においては、多くの参加者が途中で脱落する傾向にあることが指摘されており、そのため、如何にすれば、参加を継続させることができるのかという点に主眼をおいた研究がなされたのである。
以上のように、米国の公共図書館は、地域住民の教育やリテラシーに貢献する活動を続けてきた。しかしながら、米国の公共図書館自体が、時代と共に、その担うべき責務を変化させてきたのと同様に、公共図書館における教育やリテラシーに関するサービスもまた、その内容や重点を置くべき対象を変化させている。例えば、先述の通り、今日の公共図書館では、従来問題とされてきたリテラシーのみならず、「情報リテラシー」の問題が注目されている。加えて、情報技術の発達は、リテラシー・サービスを提供する上で利用できる技術や機器の高度化をもたらした(21)。そして、冒頭で触れた米国の公共図書館が担うべき新責務の暫定案は、2007年1月9日現在、すでに若干修正されており、「成人及び家族リテラシー」には“Teen”という語が加わり、そして、「情報リテラシー」に代わって「情報Fluency」なる用語が用いられている(22)。こうした変化の背後には、時代の社会的要請に応えるという図書館の役割が存在する。今日の米国において、リテラシーへの対応は、確かに大きな課題なのである。ただし、それ自体が、あらゆる時代の公共図書館に与えられた普遍的な任務であるわけではない。米国の公共図書館は、これから先も、自らが置かれた社会的な文脈に応じて、その役割と存在意義を変えてゆくに違いない。もちろん、それを単線的な進化だと誤解するなど、論外である。
(1) Himmel, Ethel. et al. Planning for Results: a Public Library Transformation Process. American Library Association, 1998, 126p.
(2) Hughes, Kathleen. “Proposed New Services Responses: Draft”. PLA Blog: The official blog of the Public Library Association. 2006-12-06. http://plablog.org/2006/12/proposed-new-service-responses-draft.html, (accessed 2006-12-24).
(3) Nelson, Sandra; Garcia, June. “What Are the Core Services Offered by Public Libraries?: PLA Needs Your Help to Define the Unique Role of Public Libraries Today and into the Future”. Public Library Association. http://www.pla.org/ala/pla/serviceresponsethree.pdf, (accessed 2006-12-24).
(4) Rader, Hannelore B. Information Literacy 1973-2002: A Selected Literature Review. Library Trends. 2002, 51(2), p.242-259.
(5) Presidential Committee on Information Literacy, American Library Association. “Presidential Committee on Information Literacy: Final Report”. Association of College & Research Libraries. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlpubs/whitepapers/presidential.htm, (accessed 2006-12-25).
(6) “National Forum on Information Literacy”. http://www.infolit.org/, (accessed 2006-12-25).
(7) Monroe, Margaret E. The Evolution of Literacy Programs in the Context of Library Adult Education. Library Trends. 1986, 35(2), p.197-205.
(8) Barber, Peggy. “20 The American Library Association’s Literacy Initiatives: History and Hope”. DeCandido, GraceAnne A., ed. Literacy & Libraries: Learning from Case Studies. Office for Literacy and Outreach Services, American Library Association, 2001, p.154-158.
(9) Learned, William S. The American Public Library and the Diffusion of Knowledge. Harcourt Brace, 1924, 89p.
(10) Salter, Jeffrey L.; Salter, Charles A. Literacy and the Library. Libraries Unlimited, 1991, 212p.
(11) Johnson, Alvin. The Public Library: a People’s University. American Association for Adult Education, 1938, 85p.
(12) Office for Literacy and Outreach Services. From Outreach to Equity: Innovative Models of Library Policy and Practice. American Library Association, 2004, 145p.
(13) Lyman, Helen Huguenor. Literacy and the Nation’s Libraries. American Libarary Association, 1977, 212p.
(14) Coleman, Jean Ellen. ALA’s Role in Adult and Literacy Education. Library Trends. 1986, 35(2), p.207-217.
(15) Gomez, Martin. “19 Public Library Literacy Programs: a Blue Print for the Future”. DeCandido, GraceAnne A., ed. Literacy & Libraries: Learning from Case Studies. Office for Literacy and Outreach Services, American Library Association, 2001, p.146-153.
(16) Talan, Carole. Family Literacy: Libraries Doing What Libraries Do Best. Wilson Library Bulletin. 1990, 65(3), p.30-32, 158.
(17) Barber, Peggy. “20 The American Library Association’s Literacy Initiatives: History and Hope”. DeCandido, GraceAnne A., ed. Literacy & Libraries: Learning from Case Studies. Office for Literacy and Outreach Services, American Library Association, 2001, p.154-158.
(18) 瀬戸口誠. 米国の公共図書館における成人リテラシー支援プログラムの現状と課題. カレントアウェアネス. 2006, (290), p.19-20. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1055, (参照2007-01-07).
(19) Porter, Kristin E. et al. One Day I Will Make It: A Study of Adult Student Persistence in Library Literacy Programs. Manpower Demonstration Research Corporation, 2005, 77p.
(20) Comings, John P. et al. So I Made Up My Mind: Introducing a Study of Adult Learner Persistence in Literacy Programs. Manpower Demonstration Research Corporation, 2000, 15p.
(21) Eiselstein, June. Libraries, Literacy, and Technology: New Tools for Enhancing Learning. Wilson Library Bulletin. 1990, 65(3), p.27-29, 158.
(22) “PLA Service Responses Discussion Index”. PLA Blog: The official blog of the Public Library Association. http://plablog.org/plaserviceresponses/, (accessed 2007-01-09).