2. 米国における電子的学術情報サービスの動向

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京都大学附属図書館  筑木 一郎(つづき いちろう)

はじめに

 本稿は、米国の大学図書館界における学術情報サービス、特に電子的なサービスについての近年の動向を紹介・分析した文献をレビューするものである。

 前提となる学術情報流通の本質とこの10年あまりの緊迫した展開について理解するには土屋の論述をみるのがよいだろう。土屋(1)は、学術情報の量的増大およびその商業化に伴うシリアルズ・クライシスと、社会全体の電子化・ネットワーク化を背景とした学術雑誌の電子ジャーナル化とが複雑に絡み合う学術情報流通の展開を描き出している。

(1) 電子ジャーナルをめぐる動向

 この10年あまりで研究者の情報行動は劇的に変わったと誰しもが思うところだが、それを裏付けるのが三根の研究である。三根(2)は、米国を中心に盛んに行われている研究者の電子ジャーナル利用調査を網羅的にレビューし、電子ジャーナルが分野によって普及度に差はあるものの、その利便性から今や研究者に不可欠なツールになっている姿を浮かびあがらせている。

 日本が電子ジャーナルを導入し始めた2000年前後には海外の導入事例が数多く紹介されたが、一定程度普及した近年ではその効果や評価に関心が移っている。特に、電子ジャーナル特有の契約形態であるビッグ・ディールが大学図書館にもたらした効果と影響については関心が高く、多くの論考が発表されているが、加藤(3)が論点をまとめて分析している。ビッグ・ディールは、利用タイトルの大幅な増加をもたらし、特に小規模な大学にとって意義が深くなっているが、逆に毎年続く値上がり、購読規模維持条件、キャンセル禁止条件といった大きな課題があることも明らかになっている。こうした効果や課題は世界中で共通のものである。

 電子ジャーナルの契約に絡んで近年クローズアップされているものに、強大な出版社との契約条件を有利にするためのコンソーシアムの存在がある。その中でも、オハイオ州のOhioLINKはよく紹介されるが、高木(4)がその活動の展開を伝えている。80以上の高等教育機関で構成されるOhioLINKは、2003年時点で約6,000タイトルの電子ジャーナルを契約・提供しているが、約4分の3の経費節約という効果をもたらしたという。また、電子ジャーナルのみならず、各種データベースや電子ブックなども共同購入・共同利用し、また総合目録やILL、電子学位論文、チャットレファレンスなども共同で構築している。渡邊(5)の報告によると、他の州や地域でもこのようにコンソーシアルな枠組みで電子情報資源の共同購入・共同利用することは盛んであり、こうした緊密なコンソーシアム活動は米国大学図書館界のひとつの特色であろう。

 米国では、大きな課題のひとつであるアーカイビングの問題についても積極的な実験プロジェクトが進んでいる。後藤(6)の分析によると、スタンフォード大学図書館が主導するLOCKSS、アンドリュー・メロン財団が支援するPorticoといった、分散型、集中型のアーカイビング戦略がそれぞれ進められている。

(2) リポジトリをめぐる動向

 この数年図書館界を席巻しているのは、オープンアクセス、機関リポジトリの話題である。出版社の寡占化と価格高騰を背景として、学術情報の自由な流通を目指すオープンアクセスの動向については、数多くの論考があり枚挙に暇がないが、特に時実(7)は、この潮流の原動力となったSPARCの戦略と行動を軸に分析している。SPARCは、1998年の活動開始以来、学術コミュニケーションの変革に向けて商業誌と競争しうる代替誌の発行支援に取り組んでいたが、2002年前後からオープンアクセスの推進へと戦略の重心を移しており、ブタペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)を始めとする数多くの宣言や、オープンアクセス誌の発行と機関リポジトリの構築という2つの戦略に深く関わっている。

 大学図書館にとって重要なのは機関リポジトリの動向である。高木(8)は、マサチューセッツ工科大学のDSpace@MITやカリフォルニア大学のeScholarship等の初期のリポジトリを紹介しながら、リポジトリ事業を図書館が主導することに伴う課題を描出している。CNIの調査によると、2005年初頭の時点で、博士課程まである研究大学の40%はリポジトリを設置済みであり、また残りの約90%も計画中であるという(Lynch et al.(9))。米国ではリポジトリはデジタル世界における学問のための基本的なインフラであると認識されている。

 コンテンツ収集は、研究者がリポジトリを自分にとって有益なものであると捉えるかどうかにかかっている。ロチェスター大学では、教員のニーズ調査を行い、どのようにすればリポジトリをニーズに合ったものにできるか検討している(Foster et al.(10))。その結果、研究者は研究や教育の時間を割かれることなく研究成果を発信したいと考えており、またできあがった研究成果というよりも他の研究者との研究作業の場を望んでいること等が明らかになっている。

 米国に特徴的なのは、個々の大学での取り組みとともに、研究助成機関によって研究成果のオープンアクセス方針が鮮明に打ち出されていることであろう。世界最大級の研究助成機関である国立衛生研究所(NIH)が2004年に打ち出したオープンアクセス方針は、議会を巻き込んで大きな議論を巻き起こしている(尾身ほか(11))。納税者の権利という文脈でオープンアクセスを追求するこの取り組みの行方は世界中から注視されている。

 また、これはリポジトリ事業とは一線を画すが、米国ではGoogleやYahoo!、Microsoftといった巨大企業とハーバード大学やミシガン大学、カリフォルニア大学といった大規模大学図書館が協同して、図書館蔵書のマスデジタイゼーションに乗り出している。鈴木(12)が、この動きを背景や課題も含めて分析しているが、このようなチャレンジングな活動こそが米国の図書館界の活力を現しているともいえるだろう。

(3) 電子的情報資源を有効に活用するために

 学術情報流通のメインストリームは電子的なものとなり、大学図書館も電子的なサービスに重心を移しつつあるが、かといってそれら大学図書館提供の電子的情報資源が教育の現場で広く使われているかというと心許ない。

 米国で特徴的なところは、電子的情報資源を単に収集・蓄積するだけでなく、積極的に教育の現場へと還元しようとする姿勢であろう。マクヴェイ山田(13)や上原(14)は、米国の大学図書館による取り組みの模様を伝えている。例えば、授業で使う指定図書を電子化して認証範囲で提供するeリザーブや、学生が授業を受ける際のポータルとなるコースウェアに図書館サービスを繋げる取り組み、同じくコースウェアでオンライン・チュートリアルを提供する試みなどが紹介されている。

 電子的なサービスに重心を移す中で、場所としての図書館は新たな付加価値を模索している。米国で普及しつつある、主にネット世代の学部学生が紙媒体の資料とともに電子的情報資源を活用して、自立的学習、共同学習を進めることができるようにした施設、ラーニング・コモンズの状況を米澤(15)は描き出している。

 米国における学術情報サービスの動向を、日本で紹介された事例から簡単に探ってきた。学術情報流通自体はすでにグローバルなものとなっており、電子ジャーナルにしろリポジトリにしろ彼我で進捗や課題にそう大きな違いがあるわけではない。むしろ、紹介・分析される文献から浮かびあがってくるのは、ニーズや環境の変化に対して素早く新たな取り組みで挑戦していく姿勢や、各種コンソーシアムやARL、SPARC、DLFといったネットワーク的な活動、豊富な助成制度を背景とした活発なプロジェクト型活動、調査研究活動といった、大学図書館界の主体性とでもいうべきものではないだろうか。



(1) 土屋俊. 学術情報流通の最新の動向-学術雑誌価格と電子ジャーナルの悩ましい将来. 現代の図書館. 2004, 42(1), p.3-30. 入手先, 千葉大学学術成果リポジトリCURATOR, http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?smode=1&cd=00020285&edm=0&tlang=1,(参照2007-02-05).

(2) 三根慎二. 研究者の電子ジャーナル利用:1990年代半ばからの動向. Library and Information Science. 2004, (51), p.17-39.

(3) 加藤信哉. 電子ジャーナルのビッグ・ディールが大学図書館へ及ぼす経済的影響について. カレントアウェアネス. 2006, (287), p10-13. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1018, (参照2007-02-05).

(4) 高木和子. OhioLINK:最近の活動状況と今後の計画. 情報管理. 2004, 47(3), p.204-211. http://joi.jlc.jst.go.jp/JST.JSTAGE/johokanri/47.204, (参照2007-02-05).

(5) 渡邊由紀子. アメリカの大学図書館および公共図書館における電子情報サービスとその導入. 大学図書館研究. 2005, (73), p.57-68. 入手先, 九州大学学術情報リポジトリQIR, http://hdl.handle.net/2324/2927, (参照2007-02-05).

(6) 後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイブ-アクセスの観点からみた集中・分散の2方面戦略-. 情報管理. 2005, 48(8), p.509-520. http://joi.jlc.jst.go.jp/JST.JSTAGE/johokanri/48.509, (参照2007-02-05).

(7) 時実象一. オープンアクセス運動の歴史と電子論文リポジトリ. 情報の科学と技術. 2005, 55(10), p.421-427.

(8) 高木和子. 世界に広がる機関レポジトリ:現状と諸問題. 情報管理. 2005, 47(12), p.806-817. http://joi.jlc.jst.go.jp/JST.JSTAGE/johokanri/47.806, (参照2007-02-05).

(9) Lynch, Clifford A.; Lippincott, Joan K. 2005年初めにおける米国の機関リポジトリ配備状況. [国立情報学研究所訳]. D-Lib Magazine. 2005, 11(9). http://www.nii.ac.jp/irp/info/translation/09lynch/09lynch.html, (参照2007-02-05).

(10) Foster, Nancy Fried.; Gibbons, Susan. より多くのコンテンツを機関リポジトリに集めるために教員を理解する. [国立情報学研究所訳]. D-Lib Magazine. 11(1), 2005. http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/foster/, (参照2007-02-05).

(11) 尾身朝子, 時実象一, 山崎匠. 研究助成機関とオープンアクセス-NIHパブリックアクセスポリシーに関して. 情報管理. 2005, 48(3), p.133-143. http://joi.jlc.jst.go.jp/JST.JSTAGE/johokanri/48.133, (参照2007-02-05).

(12) 鈴木尊紘. マスデジタイゼーションプロジェクトと図書館:Google, OCA, MSN, EUデジタル図書館. 現代の図書館. 2006, 44(2), p.82-92.

(13) マクヴェイ山田久仁子. ハーバード大学図書館における電子資料サービスの動向. 大学図書館研究. 2005, (75), p.27-33.

(14) 上原恵美. 大学図書館とe-learning-カナダ・米国の大学図書館を訪問して. 大学図書館研究. 2003, (68), p.45-57.

(15) 米澤誠. インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援. カレントアウェアネス. 2006, (289), p.9-12. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1036, (参照2007-02-05).