CA1924 – 市民と〈設計〉した公共空間―太田市美術館・図書館における基本設計ワークショップ― / 氏原茂将

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カレントアウェアネス
No.336 2018年6月20日

 

CA1924

 

 

市民と〈設計〉した公共空間
―太田市美術館・図書館における基本設計ワークショップ―

コンサルタント/プランナー:氏原茂将(うじはら しげゆき)

 

ことのはじまり

 「基本設計のポイントとなることを、ワークショップの参加者が決める」

 2017年4月、群馬県太田市に開館した太田市美術館・図書館(図1)を設計した建築家・平田晃久氏が求めていたワークショップの内容である(1)。ワークショップのファシリテーターを依頼されていた私は、漠とした魅力を感じながらも考え直すことを勧めた。建築の素養のない人が公共施設、しかも美術館や図書館のように複雑な機能を持つ施設の設計を決められるとは思わなかったからだ。ファシリテーターとして責任が取れないと思ったのだが、「参加者が決める」という魅力が勝り、引き受けることとなった。

当初は成功イメージもなく、見通しを立てられなかったワークショップだったが、結果的に設計プロセスに対して有効に機能することとなった。本稿では、ワークショップのプロセスを紹介しながら、有効に機能した理由を考察する。

 

図1 太田市美術館・図書館外観 (写真提供:阿野太一)

 

ワークショップのあらまし

 太田市美術館・図書館は当初、美術館と図書館を核とした文化交流を通じた駅前活性化・中心市街地活性化の拠点として計画された。そして、2014年3月に「(仮称)太田駅北口駅前文化交流施設設計プロポーザル」が実施され、複数の箱状のスペースにスロープが絡みつく空間構成と、美術館部分と図書館部分が混ざり合う機能構成を持つ平田氏の案が選ばれた(2)。プロポーザル案から基本設計の決定に至る2014年5月から9月までの5か月間で、計5回のワークショップが実施された。まさに建築としてかたちにするプロセスのなかで市民と考え、決めていこうというものだった(図2) (3)
 

図2 ワークショップのスケジュール(提供:平田晃久建築設計事務所)

※画像をクリックすると新しいウインドウで開きます。


 ワークショップは、毎回テーマを決め、そのテーマに対して平田氏が提示する複数の案からひとつを選択するというかたちで進めた。ひとつの案を選択することがすなわちワークショップにおける決定だった。

 各回のテーマは、平田氏の提案の核となる「施設のゾーニング」、「箱の数」、「スロープの構成」という3つが据えられた。たとえば「施設のゾーニング」であれば、美術館と図書館の機能を分けるべきか、混ぜるべきかを選択したのだ。その回は、プロポーザル案よりもさらに美術館と図書館の機能が混在する案が選ばれ、結果、機能のみならず空間構成をも変えていくこととなった(4)。形式的な市民参加に陥らないよう、ワークショップにおける選択に際しては、平田氏や行政職員は関与せず、また事後的に覆さないという約束の下で進行しており、まさにプロポーザル案を参加者の一度きりの選択=決定に委ねるという姿勢で臨んでいたのだ。

 

「総意」を得るプロセス

 プロポーザル案とは異なる案が選択されたことから、建築家や行政としての所定の結論へとファシリテーターが誘導したわけではなく、ワークショップが異なる可能性に開かれていたと理解いただけるだろう。ただ、ワークショップにおいて最終的に案を選択したのは、ファシリテーターの私だった。参加者で多数決は採ったものの、最終的な選択はその結果を参考にして単独で行った。

 ワークショップでは議論を尽くしてもらったが、だからといって議論の結果、参加者全員でひとつの案を選択できるとは思えなかった。参加者の素養に対する懐疑ではなく、ひとつの案で「合意」するという行為に疑いがあったのだ。

 「合意」を得ようとした結果、置き去りにされる意見はないか。「合意」へと収斂するなかで声を潜める人が増えるのではないか。このような逡巡もあって選択する際のプロセスが描けず、ゾーニングについて決める2回目のワークショップに臨んでもなお曖昧なままだった。ただ、選択のときが近づくなか、参加者が美術館について、図書館について、駅前の公共空間について交わす意見を聞きながら、はっきりと「合意」は不可能だと思った。それよりも重要なのは「総意」であり、その「総意」を代表するかたちで選択がなされるべきだと思い至った。そして、それを代表する立場は、建築家でも行政職員でも参加者でもない、第四極となるファシリテーターが望ましいという結論を得たのである。

 最後に挙手による多数決を採り、美術館と図書館の機能を混ぜる案が多数となった。私もそれを選んだのだが、それは多くの参加者が選んだからではなく、それ以外の案を選んだ人の意見をも実現できる可能性があったからこそ選択したのである。

 

多様な意見を顕在化させる場

 平田氏は、このワークショップを「建築家の頭のなかに、それぞれの立場や視点から発言する夥しい言葉の群れがインプットされる、ということが起こった」 と振り返る(5)

 3回目以降のワークショップでは、参加者の意見を集約せず、できるかぎり多くの意見が顕在化するようなファシリテーションを心がけた。そして選択にあたっては、顕在化した声をできるかぎり多く受け止めることのできそうな選択肢を探った。

 それは、案を選択するだけではなく、平田氏が提示する複数の案によって参加者が想像をふくらませ、語った意見を総合するという行為になっていたように思う。だからこそ、平田氏が言うように、選択された案とともに、その案を取り巻く言葉の群れがインプットされたのだろう。

 ただ、そもそもそのようなプロセスが可能となったのは、平田氏が提示する案がいずれも、それ以前のワークショップで語られた多様な意見を受け止める施設・空間だったからこそである。自分たちの意見が実体として立ち上がっていくプロセスは、参加者と建築家、そして行政の信頼関係の構築へとつながっていた。そして、その素地があったからこそ、ファシリテーターによる選択が「決定」となり得たのだろう。

 

未来の利用者との出会い

 それでは、ファシリテーターが媒介し、建築家にインプットされた意見とは、どのようなものだったのだろう。

 参加者の意見には、いずれも太田市美術館・図書館に対する期待が表れていた。個々のスペースへの期待、美術館や図書館のあり方に対する期待、駅前の活性化に向けた期待など、様々な期待が読み取れたが、それら意見は大きく、「するべきこと」として提案されるものと「したいこと」を語るものに分類することができた。前者は市民やまちのために太田市美術館・図書館がどのようにあるべきかを提案する意見であり、後者は自分のための意見である。公益を志す意見と私益を満たそうとする意見と言い換えてもよいだろう。公共施設のあり方や駅前の活性化について語る際には、私益を交えずに公益を志して意見を述べるべきだと考えられる節もあるが、今回のワークショップで「総意」を見出そうとするときにより参考となったのは、じつは「したいこと」を語る意見の方だった。

 「したいこと」は、美術館で観たい作品、図書館での過ごし方、そしてカフェなどの欲しい機能など、様々なことが語られたが、いずれも自分が望むことである。「したいこと」を語る参加者は、ワークショップで提示される図面や建築模型を通じて、完成した施設を訪れた自分を想像し、その様子を語った。願望の投影とも言える意見を退けなかったのは、それらが、まだ見ぬ太田市美術館・図書館での利用者の振る舞いを教えてくれるものだったからだ。つまり、「したいこと」を語る参加者は未来の施設利用者であり、「したいこと」はそこでの利用のあり方として捉えられたのだ。

 公共施設のプランニングをする際、利用者像を具体的にイメージすることは難しい。太田市美術館・図書館であれば主な利用者は太田市民になるわけだが、想像しようとしても、太田市の「あらゆる市民」にまではとても想像が及ばない。しかし、今回のワークショップは何人もの利用者に直接出会うこととなった。「したいこと」を語る参加者は生身の利用者となり、施設における利用者の体験を予見させてくれたのだ。

 「したいこと」として語られる行為が施設での体験であるならば、多様なままで然るべきだろう。美術館や図書館は多様な体験が同時多発的に発生する場であり、また太田市美術館・図書館はそのような体験を提供しようと計画されていたからである。

 だからワークショップにおいて「総意」を見出すことは、多様な体験を内包させることであり、多様な体験が成立する案を選択することが「総意」を代表することだったのである。

 

自分たちが「したいこと」へ

 ただ、「したいこと」を語る意見は厄介である。互いに相容れない体験もあり、実際に折り合わない意見があったのも事実である。

 そのようなときに、実現不可能な両論併記でもなく、どちらか一方を取り下げるように調整するという現実的な対応でもなく、対立を取り込んでいくことが「総意」を見出すことだったように思う。

 ワークショップを振り返り、ここではそれを「したいこと」の〈正の相互調整〉と呼んでみたい。

 人はだれでも自分の「したいこと」を求めるものだが、だれかと共にする公共空間においては、他人の「したいこと」を阻害してまでそれを求める人は多くないだろう。どちらかというと、自分の「したいこと」を互いに牽制し、だれも「したいこと」ができなくなってしまうのではないだろうか。日本の公共空間・公共施設でよくみられる現象だと思うが、それは〈負の相互調整〉である。一方、〈正の相互調整〉はお互いの「したいこと」を共有し、認め合い、最も十全に実現できるように調整するプロセスである。一定の制約はあれども、だれもが一定程度「したいこと」ができる状態をつくることである。

 ワークショップにおいて「したいこと」に着目した上で、あえて調整しないままに「総意」を見出そうとしたことは、振り返ればこの〈正の相互調整〉をワークショップ全体で行おうとしたことだと言える。

 ただ、このプロセスが実現できたのは、参加者の側で〈正の相互調整〉が発生していたからこそである。それぞれに自分の「したいこと」が語られ、互いにそれを知るなかで、参加者のあいだで自分たちの「したいこと」の総体が、平田氏が提示する案を媒介としてイメージされていったのではないだろうか。だからこそ、その「したいこと」の総体を「総意」と捉え、選択した結果、それを「決定」として共有することができたのだろう。

 

規範ではなく、共通の利益という基準

 公共施設のあり方を考えるときには、その施設のあるべき姿が参照されることが多い。図書館と美術館であれば、法的・社会的・文化的にあるべき姿が共有されているので、その姿に照らして個々の施設のあり方が検討される。「するべきこと」を提案する意見も、あるべき姿から発せられることが多い。

 ただ、今回のワークショップでは、あるべき姿に照らすこともなければ、「するべきこと」を提案する意見を戦わせることもなかった。それは、あるべき姿や「するべきこと」が規範となり、「してはいけないこと」を発生させることになりかねないと考えたからだ。規範という堅苦しい基準に照らすのではなく、個々人の「したいこと」を起点とすることで生身の利用者を顕現させ、さらに個々の「したいこと」に対する共通理解を育むことで自分たちが「したいこと」へと展開し、それを基準に照らした結果が、ワークショップにおける3回の選択=決定だったのである。それは未来の利用者の共通の利益のシミュレーションだったとも言えるだろう。

 

最後に―もうひとつの「したいこと」

 今回のワークショップにおいて「したいこと」を語る意見をより参照したのは、もうひとつ理由がある。

 太田市美術館・図書館は、文化的なサービスの場だけでなく、太田駅北口の活性化をもくろんだ施設であり、ワークショップは「みんなで北口をつくる」というキャッチコピーで参加者を募っていた。そして、そのような意図に導かれ、これからの太田市をつくろうというモチベーションを持つ参加者も少なくなかった。

 そうして参加した人たちの語る「したいこと」は、自分のためというよりも、まちのため、市民のために「したいこと」であり、単純な私益でも、また単純な公益でもなかった。主体的かつ能動的に市民やまちの共通の利益をつくろうとする意見が語られていたのだ。それらの意見が強度を持って響いたことは言うまでもないだろう。

 「したいこと」を起点としようとしたとき、ワークショップに参加できる人が限られるため、その場における共通の利益がまち全体で共有されるのかという疑問は拭いにくい。「するべきこと」に依拠する方が市民を代表しているように映るだろう。しかし、今回のワークショップで「したいこと」を語る声に委ねることができたのは、これからできる太田市美術館・図書館を通じて公益を生み出そうとする〈利用者〉と出会ったからこそである。

 その〈利用者〉の一部は現在、太田市美術館・図書館内のカフェの運営に携わっている。彼/彼女らの「したいこと」はすでに実現に向けて動き出しているのだ。

 施設の〈利用〉は、サービスを受けるだけでなく、施設において、そして施設を通じて新しい価値を生み出し、まちへと伝搬していくことへと拡張することになるのだろう。太田市美術館・図書館のワークショップで出会った〈利用者〉は、まさにそれを体現している。

 

(1)太田市美術館・図書館.
http://www.artmuseumlibraryota.jp/, (参照 2018-05-01).

(2)プロポーザルの詳細は次のページを参照されたい。
“(仮称)太田駅北口駅前文化交流施設設計プロポーザル実施に関する手続開始について”. 太田市.
https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0060-019bijutsu-junbi/2014-0110-0821-3.html, (参照 2018-04-16).

(3)プロポーザル以降のプロセスは次のページを参照されたい。
“太田市美術館・図書館整備”. 太田市.
https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0060-019bijutsu-junbi/siryou.html, (参照 2018-05-13).

(4)プロポーザル案は3つのフロアのうち、3階部分で2つの機能が混ざるように構成されていた。それに対してワークショップで選ばれたのは、すべてのフロアで美術館と図書館の機能が混じり合う複雑な機能構成だった。その結果、プロポーザル案ではスロープ1つだったが、基本設計では2つのスロープが巡らされることになった。

(5)平田晃久.“巨樹のほうへ─〈からまりしろ〉とは建築をつくることである”. 10+1.
http://10plus1.jp/monthly/2017/02/issue-02.php, (参照2018-04-16).
 

[受理:2018-05-22]

 


氏原茂将. 市民と〈設計〉した公共空間―太田市美術館・図書館における基本設計ワークショップ―. カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1924, p. 2-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1924

DOI:
https://doi.org/10.11501/11115313

Ujihara Shigeyuki
Citizen Partnership in Planning the Public Space ART MUSEUM & LIBRARY, OTA