1. はじめに

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1.1 本研究の背景および目的

 近年、出版コンテンツのデジタル化が急速に進展し、「電子書籍」への注目が高まっている。とりわけ2007年には電子書籍に関する複数のニュースが国内の図書館界を駆けめぐった。11月に東京・千代田区立図書館は電子書籍貸出しサービスを開始し、同じく11月には紀伊國屋書店とOCLCによる学術系電子書籍サービス「NetLibrary」に和書コンテンツが搭載されるなど、著作権の保護期間が満了していない日本語の電子書籍をインターネット経由で提供するタイプの図書館サービスが新たに登場したのである。

 一方、「魔法のiらんど」など携帯電話用ネットサービスに発表された「ケータイ小説」が主に若年層を中心に広く受容され、ネットでのアクセス数の多いケータイ小説が逆に単行本化され、大手取次のトーハン調べによる文芸部門ベストセラーの1位から3位を独占したのも2007年のことであった(1)

 毎日新聞社の「第61回読書世論調査」(2007年6月調査)によると、「ケータイ小説」を実際に読んだ媒体について10代後半女性では「携帯電話」51%、「書籍」49%と(2)、本ではなく携帯電話で読む人の方が多いという逆転現象が起こっている。

 その後、毎日新聞社と全国学校図書館協議会の「第54回学校読書調査」(2008年6月調査)では、「ケータイ小説」を実際に読んだ媒体について、「携帯電話」が小学生5%、中学生8%、高校生33%であるのに対して、「出版された本」が小学生10%、中学生28%、高校生13%(3)、と高校生になると本よりも携帯電話で読む比率が高まってきていることが明らかになった。

 さらに『電子書籍ビジネス調査報告書2008』によると、2008年3月末時点でのPC向け、携帯電話向け電子書籍のタイトル数は電子書籍販売サイト間の重複を除いて約15万点(4)、市場規模はパーソナルコンピュータ(PC)向け72億円、携帯電話向け283億円の合計355億円と推計され、調査が開始された2002年度10億円から、2003年度18億円、2004年度45億円、2005年度94億円、2006年度182億円、2007年度355億円とじつに急速な市場拡大を続けているのである(5)

 このような電子書籍の量的拡大とコンテンツの多様化、そして読者の受容という状況を踏まえ、国内における電子書籍の流通・利用・保存の現況について、図書館とのかかわりも視野に入れながら調査を行った結果が本報告書である。

 国内の各種図書館や関連機関、そして出版社、コンテンツプロバイダー(CP)、携帯電話キャリアなどのステークホルダーに対して、電子書籍に関する現時点での課題と今後の対応への知見を提供できれば幸いである。また併せて国立国会図書館におけるデジタルアーカイブや納本制度、全国書誌といった業務の今後の展開について検討する際の資料となることを願っている。

 

1.2 電子書籍の定義ならびに統計

 

1.2.1 電子書籍の定義

 本報告書で取り上げる「電子書籍」は、ほかにも「eブック」「e-book」「電子ブック」「電子本」などさまざまな名称があるが、その定義はきわめて困難である。

 「電子書籍」を含む概念として「電子出版」があるが、この言葉は日本の出版業界においては大きく分けて5種類の意味で使われてきた経緯がある。

 第1に、電子出版は、1980年代から本や雑誌を編集する過程を電子化する意味で使われていた。デスクトップ・パブリッシング(DTP)という言葉が盛んに使われ始め、電算写植システム(CTS)による文字情報のデジタル化とスキャナ(電子写真製版機)などを使った画像情報のデジタル化によって編集の電子化が進展し、そのことを電子出版と呼んでいた。

 第2に、CD-ROMのようなデジタル化された出版コンテンツをデジタルパッケージ化した新しい出版形態も電子出版と呼ばれた。1985年に日本で初めて三修社が『最新科学技術用語辞典』をCD-ROMで出版し、1987年には岩波書店が『広辞苑』をCD-ROMで発売してCD-ROM出版の認知度が高まったのである。

 第3に、1990年にソニーが8センチCD-ROMを活用した小型電子ブックプレーヤー「データディスクマンDD-1」を発売し、同時に「電子ブックコミッティ」加盟の出版社13社が18タイトルの8センチCD-ROMを発売した。この「電子ブック」(「電子ブック」はキャノンの登録商標(6))の機器を電子出版と呼ぶ場合もあり、このような呼び方はその後の「電子辞書」や松下電器(現パナソニック)の「∑(シグマ)ブック」、ソニーの「LIBRIe(リブリエ)」といった読書専用端末などにも継承されていくことになる。

 第4に、インターネット経由で出版コンテンツを配信するオンライン出版を電子出版と呼ぶようになり、現在では電子出版といえば一般的にこのビジネスモデルを指すことが多い。

 第5に、デジタル化された出版コンテンツを必要な部数だけ紙に印刷するオン・デマンド(on demand)本があるが、最近ではこれの出版形態を電子出版とは呼ばず、出版印刷の分野の進化形とみる方が一般的である。

 ところで電子出版は電子ジャーナルと電子書籍に便宜上、区分される。欧米の学術雑誌出版の世界では冊子体から電子ジャーナルへの移行が1990年代初めから開始され、今日では電子ジャーナルが冊子体を完全に凌駕しているという実態がある。さらに大学等の学術機関では、さまざまな研究成果を電子的な形態で集中的に蓄積・保存し、学内外に公開することを目的とした「学術機関リポジトリ」と呼ばれる学術情報資源の管理システムを運営しており、これまで紙媒体で発行していた紀要なども電子化され無償で市民に公開される傾向にある。

 図書館情報学の世界では学術雑誌については「電子ジャーナル」ということばが定着しているが、日本の出版業界では紙媒体の雑誌にあたるものは「デジタル雑誌」と呼ばれている。しかし、紙媒体の「雑誌」がそのまま「デジタル雑誌」に単純に移行しているのではないのと同様、書籍をスキャニングしたりテキスト入力したりしてデジタル化したものだけが「電子書籍」なのではない。下記のように、さまざまな形態があり、図書館としてどのように扱っていけばよいのかという課題がある。

  • (1)電子技術を利用してディスプレイで読む電子辞書
  • (2) 単行本など紙で出版された資料をデジタル化し、オンライン配信で提供されるもの
  • (3) 「ケータイ小説」のようにもともとデジタルコンテンツ(ボーン・デジタル)としてオンライン配信で提供されるもの
  • (4) 貴重書や郷土資料など図書館の所蔵資料をデジタル化したもの
  • (5) 「Yahoo! Japan辞書」のように検索エンジンに搭載されたもの
  • (6) 「JapanKnowledge」「化学書資料館」「NetLibrary」のように出版されたコンテンツを統合的に検索し、閲覧することができるもの

 つまり、出版コンテンツのデジタル化とネットワーク化の多様な展開の中で改めて「電子書籍」を位置づける必要があろう。

 

1.2.2 電子書籍の統計

 電子書籍に関して先行する調査には次のようなものがある。

 『出版年鑑』(出版ニュース社)では2004年版から電子書籍の収録を開始し、最新の2008年版では「電子書籍」21,364件が収録されているが、 これは多巻物を1件とカウントするためで、点数にすると78,675点である。ただこの数字は電子書籍を販売している10サイトから情報提供を受けたもの であり、タイトルとフォーマットごとのサイト間の重複は除いていない(7)。一方、『出版年鑑2008』に収録された紙の新刊書籍は76,978件で点数にすると80,595点である。なお、電子出版物はほかにもオーディオブック825点、CD-ROM/DVD-ROM344点、オンデマンド出版707点が収録されている。

 

 表1.1 『出版年鑑 2008』収録の電子書籍販売の10サイト

ウェブの書斎http://www.shosai.ne.jp/
SharpSpaceTownhttp://www.spacetown.ne.jp/
電子文庫パブリhttp://www.paburi.com
eBookJapanhttp://www.ebookjapan.jp
どこでも読書NTT DoCoMo、au、SoftBank
つや缶ありau、SoftBank
電子書店パピレスhttp://www.papy.co.jp/
Bitway-bookshttp://books.bitway.ne.jp/
Pdabookhttp://www.pdabook.jp
いまよむhttp://imayomu.296g.net/

出典:『出版年鑑 2008 目録・索引編』[1308p]

 

 また、紙媒体の出版物の統計であれば『出版年鑑』と平行して挙げられる『出版指標年報』2008年版(全国出版協会・出版科学研究所、2008年4月刊)には「電子書籍の市場動向」の項目はある(8)が、そこには『電子書籍ビジネス調査報告書2007』の数字が引用されているだけで、独自のデータはない。

 その『電子書籍ビジネス調査報告書』は、インプレスR&Dが2003年から刊行している電子書籍市場の調査報告書である。最新版である『電子書籍 ビジネス調査報告書2008』(2008年7月刊)では、10の主な電子書籍販売サイト(PC向けと携帯電話向けの両方を手がけている電子書籍販売サイ ト)が販売しているタイトル数は単純合計で約28万点、それ以外のPC向け電子書籍販売サイトや携帯電話向け電子書籍販売サイトのタイトル数を加算すると 約32万点、各サイト間の重複を差し引いたタイトル数は約15万点と推定されるとしている(9)

 

表1.2 『電子書籍ビジネス調査報告書 2008』収録の電子書籍販売の10サイト

順位サイト名タイトル数
1電子書店パピレス80,066
2楽天ダウンロード44,500
3DMM.Com39,000
4ビットウェイブックス31,200
5eBook Japan20,983
6PDABOOK.JP20,000
7Space Townブックス18,400
9Yahoo!コミック12,400
10電子文庫パブリ9,267
11ウェブの書斎5,101
合計280,917

出典:『電子書籍ビジネス調査報告書 2008』16頁(順位は原文ママ)

 

 また、この調査報告書では電子書籍、電子コミック、電子写真集の携帯電話向けサイトを右のように集計している。

 

表1.3 『電子書籍ビジネス調査報告書 2008年』収録の「2008年6月現在における携帯電話電子書籍サイト数」

 iモードEZwebYahoo!ケータイ小計
電子書籍
(文芸・総合)
436940152
電子コミック7510290267
電子写真集257159155
合計143242189574

出典:『電子書籍ビジネス調査報告書 2008』8頁

 

 『電子書籍ビジネス調査報告書 2007』ではダウンロード数が表にしてあり、それによると「eBook Japan」が300,000、「楽天ダウンロード」が70,000、「DMM.com」37,000、「Space Townブックス」20,000となっているが、そのほかのサイトは非公開と記されている(10)が、2008年版にはダウンロード数の調査結果は収録されていない。

 

 以上の点をまとめると次のようになる。

 第1に、日本の出版統計の世界では「電子書籍」は実際に電子書籍を販売しているサイトからの集計であること。

 第2に、統計によって収録しているサイトはまちまちであり、あるサイトを取り上げて、別のサイトを取り上げなかった客観的な理由を説明するのは難しそうなこと。

 つまり実際にはここには収録されていない「電子書籍」群が多数存在しているということである。

 

1.3 電子書籍に関する調査研究の方法

 以上の「定義」「統計」において述べた点を踏まえ、本報告書ではあらかじめ「電子書籍」を厳密に定義し、統計を用いて現状分析するのではなく、日本国内のステークホルダー(出版社、コンテンツプロバイダー、携帯電話キャリア)にインタビュー調査を行い、出版社アンケートを実施することにより、産業的実態から「電子書籍」を定義し、現状分析することを調査研究の方向性として位置づけた。

 本報告書における調査研究の方法は以下の通りである。

  • (1)電子書籍の流通・保存状況
    • 調査対象:ステークホルダー(出版社、コンテンツプロバイダー、携帯電話キャリア)
    • 調査方法:インタビュー調査、アンケート調査(出版社のみ)、白書、IT情報誌、関連論文等による情報の収集・整理
  • (2)電子書籍の利用状況
    • 調査対象:国立国会図書館職員
    • 調査方法:アンケート調査
  • (3)電子書籍の調査・統計
    • 調査対象:インプレスR&D、出版ニュース社
    • 調査方法:インタビュー調査

(湯浅俊彦)

 

(1) トーハン. “2007年年間ベストセラー 単行本・文芸”.
http://www.tohan.jp/cat2/year/2007_2/, (参照 2009-02-08).

(2) 読書世論調査:第61回読書世論調査 第53回学校読書調査. 毎日新聞社, 2007, p60.

(3) Data Flash 第54回学校読書調査. SPACE. 毎日新聞社. 2008.11 373 p20-21.
http://macs.mainichi.co.jp/space/no373/pdf/flash.pdf

(4) 電子書籍ビジネス調査報告書2008:市場規模・最新市場動向・ユーザー調査掲載. インプレスR&D, 2008, p16, (インプレスR&D インターネット総合研究所 調査報告シリーズ).

(5) 電子書籍ビジネス調査報告書2008:市場規模・最新市場動向・ユーザー調査掲載. インプレスR&D, 2008, p4, (インプレスR&D インターネット総合研究所 調査報告シリーズ).

(6) キヤノン株式会社. 電子ブック. 第2051620号. 1988-06-24.
なおソニーは、「EBOOK」を登録商標としている。
ソニー株式会社. EBOOK. 第2616249号. 1994-01-31.

(7) 出版年鑑2008 目録・統計編. 出版ニュース社, 2008, [p.1308].

(8) 出版指標年報 2008.全国出版協会出版科学研究所, 2008, p293-295.

(9) 電子書籍ビジネス調査報告書2008:市場規模・最新市場動向・ユーザー調査掲載. インプレスR&D, 2008, p16, (インプレスR&D インターネット総合研究所 調査報告シリーズ).

(10) 電子書籍ビジネス調査報告書2007. インプレスR&D, 2007, p16, (インプレスR&D インターネット総合研究所 調査報告シリーズ).