CA1789 – ドイツ経済学中央図書館(ZBW)について~ドイツの図書館の経済分野のサービス / 伊藤白

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.315 2013年3月20日

 

CA1789

 

 

ドイツ経済学中央図書館(ZBW)について~ドイツの図書館の経済分野のサービス

調査及び立法考査局経済産業課:伊藤 白(いとう ましろ)

 

1. ドイツの図書館における経済分野のサービス

 経済分野の図書館サービスと言えば、日本ではいわゆるビジネス支援サービスを思い浮かべる人が多いだろう。残念ながらドイツでは、これに相当するサービスは、盛んではない(1)。比較的近いものとして、たとえばドレスデン市立図書館では、二十代前半までの青少年を対象に就職活動支援を行うサービスが提供されており(2)、類似したサービスは他の図書館でもしばしば見られるようである(3)。とはいえ、この事例からも垣間見えることだが、ドイツの公共図書館は現在子ども・青少年へのサービスに注力しており、企業やビジネスパーソンへの情報提供は特段重要なサービスと位置付けられていない。

 ただし、ドイツには日本とは異なった形の経済分野の図書館サービスがある。それが、日本ではあまり知られていない世界最大規模の経済学図書館、「ドイツ経済学中央図書館(Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz- Informationszentrum Wirtschaft;ZBW)」のさまざまなオンサイト/オンラインサービスである。本稿は、このZBWを紹介する。

 なお、筆者は2010年夏に東京ドイツ文化センターの奨学金により同館を訪問しており、本稿はその訪問の報告を兼ねている。本稿の情報の一部は、訪問の際のヒアリングや、後のメールでの問い合わせによるものである。

 

2. 中央専門図書館としての位置付け

 ZBWは、ドイツの「中央専門図書館」の一つである。中央専門図書館とは、特定分野の国内外の専門書を幅広く大規模に収集し、国の内外に向けてサービスをする情報収集センターで、つまりは専門図書館でありながら、国立レベルの規模と国家的な使命を持つ、日本にはないタイプの図書館である(4)。資金の30%を連邦政府から、70%を全州から受けて運営している(5)。1960年代に、国立図書館等の総合図書館の蔵書が人文科学系に偏る中、自然科学や経済、産業の分野の最新の情報を集約する機関の必要性が国レベルで認識されるようになった。そのような状況下、ドイツの学術機関を幅広く支援するドイツ学術振興会(Deutsche Forschungsgemeinschaft;DFG)のイニシアチブにより、医学(ケルン)・農学(ボン)・工学(ハノーファー)・経済学(キール)の4つの分野の中央専門図書館が設立(あるいは指定)された(6)。2001年に医学・農学の2館が統合され、現在は3館が運営されている。

 これらの中央専門図書館は、「ライプニッツ協会(Leibniz-Gemeinschaft)」(7)に所属している。ライプニッツ協会とは、州を越えた国レベルの重要性を持ち、そのため連邦と州が共同で支援する、いわば「選ばれた」86の大学外研究機関の共同体である(8)。ライプニッツ協会に所属する機関は、少なくとも7年に一度同協会の審査を受け、その機関の業務が公的な資金で運営されるに値する質を保っているかを問われる(9)。同協会の所属機関は、協会から資金的援助を受けているわけではないが(10)、この審査に合格しなければ所属し続けることができないシステム上、同協会に所属していること自体が所属機関のサービスの質を保証するものとなっている(11)

 

3. ZBWの概要及びオンサイトのサービス

 このような性質をもつ中央専門図書館の一つ、経済学を担当するZBWは、255人の職員を抱える、経済学の分野で世界最大の図書館である。

 ZBWの前身は、ドイツのかつての6大経済研究所(12)の一つである、キールの世界経済研究所(Institut für Weltwirtschaft)の付属図書館として、1919年に生まれた。1966年に経済学分野の中央専門図書館としての指定を受け、国や州からの資金援助により蔵書やサービスを拡充した。2007年にはハンブルクの経済研究所の図書館(Hamburgischen Welt-Wirtschafts-Archivs)と統合し、これを機に世界経済研究所から独立した。現在は、キールとハンブルクの2館体制で図書館サービスを行っている。

 キール館は、ドイツ北部の小都市キールの世界経済研究所の隣にあり、北欧の雰囲気が漂う。世界経済研究所からの独立により、同研究所のみならずドイツ国内外の経済学研究施設へのサービスがより容易になった。一方、ハンブルク館はハンブルク中心部のアルスター湖に面する一等地に立地する。ハンブルクはドイツ第二の都市であり、その中心部に拠点を得たことで、同館はサービスの幅を広げている。

 ZBWは2011年現在、430万点の資料を所蔵している。収集対象分野は経営学、経済学、商法等で、専門の学術図書のほか、ディスカッションペーパー、統計、博士論文、会議録等を広く収集する。また31,444タイトルの印刷版・電子版の雑誌を提供している(13)

 オンサイトのサービスとして、ハンブルク館では主に経営学の資料を、キール館では主に経済学の資料を所蔵し、両館とも閲覧、貸出、レファレンス等(以上無料)及び複写(有料)のサービスに供している。両館の間では毎日バスが運行し、取り寄せを申し込んだ資料は翌日には届く。ビジネスパーソンや企業の利用は必ずしも多くなく、主なターゲットは経済学の研究者と学生であるとのことである。

 

4. オンラインサービス“EconBiz”

 ZBWのサービスの重点は、オンサイトサービス以上にオンラインサービスにある。その中心をなすのは、仮想専門図書館“EconBiz”(14)である。

 仮想専門図書館とは、DFGの支援により、その分野に強みを持つ大学図書館や研究所図書館が構築する分野ごとのポータルサイトで、医学、文学、図書館情報学等、現在40以上のサイトが作られている。EconBizはそのうちの経済学を担当する。2002年にスタートし、2010年にリニューアルした。

 

図1 EconBizのトップ画面

図1 EconBizのトップ画面

出典:EconBiz(15)

 

 EconBizからは、ZBWの所蔵資料のみならず、ドイツ国内外の図書館の経済学分野の図書、雑誌、ディスカッションペーパー等の資料(電子資料を含む)の検索が無料で可能である。ドイツ語・英語の文献が中心だが、日本語文献も(オープンアクセスのものを中心に)1,000タイトル以上(2013年1月時点)が登録されており、検索対象は幅広い。図書の多くは目次がPDF化されてリンクされており、目次レベルまでの検索が可能となっている。雑誌は記事単位での検索が可能である。オープンアクセスジャーナルを含め、電子媒体のものはフルテキストまでのリンクが付与されており、利用者のアクセス権限に応じて閲覧が可能である。利用者の最寄りの図書館での所蔵の有無も調べることができ、また、資料の自宅への送付を申し込むことも可能である(資料はsubitoというドイツの文献デリバリーサービス(有料)を経由して届けられる)(CA1227CA1484参照)。経済学に分野が絞られているため、専門文献を探すときには効率的な検索が可能である。

 検索できるのは資料のみではない。EconBizはインターネット上のさまざまな経済学分野の情報や、世界中で行われる経済学分野のイベント(国際会議やサマースクールなど)のデータベースにもなっており、ここからはたとえば日本で開催される学会の情報も検索可能である。このデータベース構築のために、ZBWはカリフォルニア大学経済・ビジネス図書館等世界各国の図書館や大学、研究機関と連携協力関係を築いている。

 EconBizの中には、さらに“LOTSE”というオンラインチュートリアルがあり、経済学に特化した情報の検索方法を無料で学ぶことができる。また、“EconDesk”というコーナーでは、電話やメール、チャット、SMSにより無料で質問することができる。質問には、経済学を大学等で学び、さらに司書の資格を取得したレファレンス専門の職員が対応している。

 

5. 経済学専門誌の刊行

 ZBWは、既存の情報を提供するのみならず、経済学専門のオープンアクセスの雑誌を刊行して、これを無料で流通させることで経済学そのものの発展にも貢献している。

 まず紹介したいのは、経済学専門誌『エコノミクス(Economics)』(16)である。ドイツではオープンアクセスを推進する「ベルリン宣言」が2003年に各州で採択されたが(E144参照)、これに基づき、各学術図書館は近年オープンアクセスジャーナルのウェブサイトの構築・運営を試みている。ZBWは、これらのオープンアクセスジャーナルの創設・編集を支援するプロジェクトを展開しており、自らの創設したジャーナル『エコノミクス』は、同プロジェクトの第一号である。

 

図2 『エコノミクス』のトップ画面

図2 『エコノミクス』のトップ画面

出典:Economics(17)

 

 『エコノミクス』は、研究者が権威のある雑誌への投稿を好む傾向がある中、オープンアクセスジャーナルとしては異例の成功を遂げたと言ってよい。同誌が他のオープンアクセスジャーナルと異なるのは、世界経済研究所の教授陣の協力により、ノーベル賞受賞者をはじめとする著名な学者がアドヴァイザリーボードに名を連ねたことにある。このため、質の高い論文を数多く集め、それを無料で提供することに成功している。また、正式に掲載される論文のほかに、掲載決定前のプレプリントをネット上に掲載して読者からコメントを募集し、掲載可否の参考とする仕組みや、ダウンロードランキング順に並び替える機能、掲載論文の表彰により、ジャーナルの活性化を図っている。

 この『エコノミクス』のほか、ZBWは経済専門誌『インターエコノミクス(Intereconomics)』(18)と『経済サービス(Wirtschaftsdienst)』(19)を編集し、冊子体として発行するとともにウェブ上で無料公開している。

 

図3 『経済サービス』

図3 『経済サービス』

出典:Wirtschaftsdienst(20)

 

 前者はEUの政治関係者、後者はドイツの政治家が主な読者対象で、それぞれ英語、ドイツ語で書かれている。記事を書くのは外部の研究者で、投稿による場合と、ZBWで特集を組み執筆を依頼する場合がある。英語での編集も必要なため、編集担当者には英語圏の出身者もいる。

 

6. 高い専門性と軽いフットワーク

 以上のとおり、ZBWでは、専門性の高い職員による質の高いサービスを行っている。職員の多くは大学で経済学を学んだ専門の司書であり、博士号取得者も多い。人文科学ではなく社会科学や自然科学分野での高学歴な人材を図書館で採用することは、ドイツでも必ずしも容易ではないが、ZBWについては例外で、そうした人材の獲得に成功しているとのことであった。2010年にグラーツ工業大学の応用情報工学教授トホターマン(Tochtermann)氏を館長に迎えてからは、図書館の情報技術の研究にも力を入れており、複数の賞を受賞している(21)

 その一方で、利用者へのサービスの間口は広い。企業やビジネスパーソンの利用は少ないと書いたが、もちろんこれを制限するものではなく、サービスの対象は世界中に及んでいる。筆者がこれまでに利用した限り、上述のメールによるレファレンスに対して翌日には返事が来るなど、サービスは迅速である。FacebookやTwitterでの情報発信はもちろんのこと、「あなたのために大学で経済学を4年間勉強しました。何でも聞いてね!」と職員が呼び掛けるポップなビデオをYouTubeで流すなど、広報にも新しい手法を取り入れている。高い専門性とフットワークの軽さがZBWの特徴と言えるだろう。

 

図4 YouTube上の広報ビデオ。職員が「聞いてね」「電話してね」などと書かれたカードをめくっていく。

出典:YouTube(22)

 

 ZBWがこのような質の高いサービスを実現できる背景には、世界経済研究所の付属図書館として発展してきた同館の歴史のほかに、実務的な分野の情報整備に国が関わることへのコンセンサスや、中央専門図書館として機能してきたという経緯、そして上述のとおり、所属するライプニッツ協会によって実施される審査がある。筆者の訪問した2010年はまさにこの審査の年に当たり、話を聞いたどの担当者の口からもこれについての言及があったほど、職員一人ひとりがプレッシャーを感じているようだった。この評価システムは、所属機関のサービスの質を保証するのみならず、この審査に通るには目に見える成果が求められることから、それがサービスの質の維持向上の一つのインセンティブとなっていると言える。

 日本とは異なる図書館制度・文化の上に成り立つこのような図書館サービスは、日本ですぐ取り入れることができるものでもなければ、取り入れればよいというものでもないだろう。とはいえ、日本ではあまり知られていないZBWのサービスは、経済学という分野の情報流通に高い専門性を求める姿勢、図書館の専門性の維持・広報のあり方など、日本の図書館にとっても刺激の多い事例と言えよう。

 

(1) 以前ケルン市立図書館で図書館が積極的に企業を訪問して要望を聞くサービスを行っていたことがあるが、2009年に同図書館を訪問した際ヒアリングしたところ、このプロジェクトはその前年に終了し、現在は教育分野(学校との連携、移民の子どもへの支援等)に重点を移しているとのことだった。このサービスについては、ドイツ語・英語では文献がみつからないものの、日本では文部科学省の調査報告書の中で触れられている。
株式会社シー・ディー・アイ. “第4章 ドイツの公共図書館”. 諸外国の公共図書館に関する調査報告書. 文部科学省. 2005, p. 134.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/houkoku/06082211/007.pdf, (参照 2013-01-07).

(2) “Beruf & Bewerbung”. Medienet@ge Dresden.
http://www.medienetage-dresden.de/themen/jobkarriere/beruf/index.html, (accessed 2013-01-07).

(3) たとえば、ベルリン州立中央図書館では、やはり青少年のためのサービスとして、法律の専門家による法律相談などが行われている(2009年同館訪問時のヒアリングによる)。

(4) 日本の科学技術振興機構(JST)の情報資料館はドイツの中央専門図書館と近い機能を持っているが、貸出やレファレンス等の図書館機能を持っていない点で中央専門図書館とは異なる。

(5) ブッセ, ギーセラ・フォンほか. ドイツの図書館: 過去・現在・未来. 都築正巳監訳. 日本図書館協会, 2008, p. 201.

(6) Busse, Gisela von. Struktur und Organisation des wissenschaftlichen Bibliothekswesens in der Bundesrepublik Deutschland: Entwicklungen 1945 bis 1975. Harrassowitz, 1977, p.448-450.

(7) Leibniz Gemeinschaft. http://www.wgl.de/, (accessed 2013-01-07).

(8) 戦後、教育や文化については連邦ではなく州が管轄する体制が生まれたが、1969年の基本法(憲法)改正により州を越えた国家的な重要性を持つ大学外研究機関を連邦と州が共同で支援する体制が整うと、これらの機関は「ブルーリスト」に掲載された機関として支援を受けた。
“Geschichte”. Leibniz Gemeinschaft.
http://www.leibniz-gemeinschaft.de/ueber-uns/geschichte/, (accessed 2013-01-07).

(9) “Evaluierung”. Leibniz Gemeinschaft.
http://www.wgl.de/, (accessed 2013-01-07).

(10) 1990年の東西ドイツ統合により、該当する機関が増え、現在の体制となった。同協会の所属機関への例外的な資金的支援として、コンテスト形式による年総額3,000万ユーロの補助金がある。
“Geschichte”. Leibniz Gemeinschaft.
http://www.leibniz-gemeinschaft.de/ueber-uns/geschichte/, (accessed 2013-01-07).

(11) なお、ボンの農学分野の中央専門図書館は、1998年に審査に合格することができず、ケルンの医学中央図書館と統合された。
Ursula Zängl-Kumpf . Von der ZBL zur ZB MED Bonn: Eine zentrale Fachbibliothek mit zwei Standorten. Oder: Wie die Vernunft siegt. Bibliotheksdienst. 2004.
http://www.zlb.de/aktivitaeten/bd_neu/heftinhalte/heft9-1204/Bibliotheken010904.pdf, (accessed 2013-01-07).

(12) ドイツでは、予算編成の参考とするGDP成長率の予測を、6大経済研究所と呼ばれる機関が共同で提供してきた。現在は、合同予測に参加する機関が競争により選ばれ、毎年交替する。世界経済研究所は現在も合同予測の常連機関である。

(13) “Zahlen & Fakten”. Die ZBW – Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz-Informationszentrum Wirtschaft.
http://www.zbw.eu/ueber_uns/bibliotheksprofil/docs/jb_2011.pdf, (accessed 2013-01-07).

(14) “EconBiz”. Die ZBW – Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz-Informationszentrum Wirtschaft.
http://www.econbiz.de/, (accessed 2013-01-07).
なお、ZBWが所蔵する資料のみを検索する場合には、オンライン目録「ECONIS」が利用できる。

(15) Ibid.

(16) “Economics”. Economics.
http://www.economics-ejournal.org/, (accessed 2013-01-07).

(17) Ibid.

(18) “Inter Economics”. Die ZBW – Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz-Informationszentrum Wirtschaft.
http://www.intereconomics.eu/, (accessed 2013-01-07).

(19) “Wirtschaftsdienst”. Die ZBW – Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz-Informationszentrum Wirtschaft.
http://www.wirtschaftsdienst.eu/, (accessed 2013-01-07).

(20) Ibid.

(21) “Neuigkeiten aus der ZBW”. Die ZBW – Deutsche Zentralbibliothek für Wirtschaftswissenschaften – Leibniz-Informationszentrum Wirtschaft.
http://www.zbw.eu/ueber_uns/neuigkeiten.htm, (accessed 2013-01-07).

(22) “FRAG EconDesk!”. YouTube.
http://www.youtube.com/watch?v=YgUoxGtmi3s, (accessed 2013-01-07).

[受理:2013-02-15]

 


伊藤白. ドイツ経済学中央図書館(ZBW)について~ドイツの図書館の経済分野のサービス. カレントアウェアネス. 2013, (315), CA1789, p. 10-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1789