CA1578 – 動向レビュー:韓国における図書館情報政策の動向 / ジョ在順

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カレントアウェアネス
No.286 2005.12.20

 

CA1578

動向レビュー

 

韓国における図書館情報政策の動向

 

1. はじめに

 韓国の図書館情報政策の担い手は,2004年11月,文化観光部(以下「文化部」)から同部の韓国国立中央図書館(National Library of Korea:NLK)へと移行した。これを受けて,NLK は大々的な組織改編を断行し,図書館情報政策を担当する部署として「図書館政策課」を新設した(E280参照)。以下では,その移管の背景を含む韓国の図書館情報政策の行政体系,その法的根拠となる関連法規,また最近の推進計画や実行内容を中心に述べる。

 

2. 図書館情報政策の行政体系

 文化部は2004年11月「文化部とその所属機関の職制」および同職制施行規則の改正を通じ,同部の図書館・博物館課を廃止し,実質的な図書館情報政策の機能をNLK へ移管した。その背景には図書館・博物館・美術館などの分野で国の中央機関をもつ文化部が,それぞれの中央機関に政策機能の一部を移すことによって,専門性と現場性が確保できるという判断があった。これは2003年度に公表した同部の計画によるものであり,当時韓国図書館協会を中心とする韓国の図書館界では,国レベルの政策機能の弱化を恐れ,声明書を発表するなど強く反対してきた(1)

 しかし,文化部では,国レベルのマクロな図書館情報政策は同部の文化政策課が担当するものの,実行計画の樹立・推進という執行的な機能はNLKが行うことを決定し,ほとんどの政策機能を同館へ移管した。そこでNLKは,同年11月18日に「図書館政策課」を新設するなど,新たに組織の整備を行ったのである。

 韓国の図書館情報政策は2回目の転機を迎えている。最初は政策担当部署が,教育部から文化部へと移った1991年である。文化部はそれまで教育政策の1つとして行われた図書館情報政策を,文化政策の一環として推進することとなった(CA737参照)(2)。今回は2回目の政策移管であり,その特徴は政府による中央集中型の政策樹立および事業の推進から,政策の分権化および現場移譲型の事業の推進への転換にあるといえる。

 

3. 図書館情報関連法規

 韓国において,図書館情報政策の法的裏付けとなる初の図書館関連法は,1963年に制定された「図書館法」である。この法は,館種を超えて全国的な図書館情報政策を提示した総合法としての性格をもつ。1987年に全面改正が行われ,司書資格のグレード化,図書館情報協力網の構築などを目指した政策の変化があった。1991年には,「図書館振興法」(CA737参照)の成立によってNLKを国家代表図書館として明示する一方,公共図書館の振興政策が浮かび上がった。とりわけ国または地方自治体が設立・運営する公共図書館の館長について,1997年1月1日をもって司書職として補するという規定が明示され,大きな反響を呼び起こした。1994年には読書振興政策を加えて,新たに「図書館及び読書振興法」(CA1018参照)が制定された。それ以来,何回かの改正はあったものの,いずれも根幹的な政策変更ではない。

 2005年に入ってからは同法改正の要求が強まり,最近には単独の「図書館法」制定に向けて国会議員らの発議がなされている状態である(E376参照)。これらの動きは,図書館に関する基本法としての性格を明確にし,社会的環境の変化による図書館の社会的責務と役割を法的により明確化する必要があったためである。

 このため,アウトリーチ・サービス政策の反映をはじめ,館種別図書館の発展・支援政策に関する内容の明示,読書振興に関する法律の分離などが求められた。これらの案には,障害者・子どもなど知識情報の習得に恵まれない階層に対する支援,国レベルの障害者図書館支援センターの設立・運営,地域別保存専門図書館の設立,政策担当機関に図書館発展計画を5年ごとに樹立することの義務付け,などが含まれており,現在調整しているところである(3)(4)

 なお,関連法規として,2004年7月に「学校図書館振興法(案)」(5)が,2005年からは「図書館及び読書振興法」の第9章から独立した「読書振興法」(仮)の制定運動が推進されている。しかし,司書教諭の配置問題に関する関係者間の認識に差があるため,学校図書館法をめぐる議論は進まない状態にある。

 

4. 最近の推進計画および実行内容
4.1. 国レベルの図書館情報政策

 文化部は,2000年3月に「図書館情報化推進総合計画」(後述)を公表し,2002年8月には「図書館発展総合計画」(6)による21世紀の図書館像を提示した。前者は主に情報化のための国策事業であり,後者はあらゆる館種の図書館発展のための中長期ビジョンである。

 一方,NLKは,開館60周年と図書館情報政策の移管をきっかけに,2005年10月「知力強国」を標榜する「国立中央図書館2010」(以下「2010」)を公表した。このビジョンでは,今後同館が志向すべき中核価値として4Pが提示された。

 4Pとは,国家知識情報のプライド(National Pride),知識情報の流通と提供サービス(Information Provision),図書館情報政策の樹立と研究開発(Library Policy and Research),国際的窓口としての役割(Global Portal)を称する。この中で政策に関しては,各種図書館の拡充およびサービス改善のための事業の推進,司書職の専門性の強化,国民読書振興事業の推進,「図書館研究所」の設置・運営などを推進課題として掲げている。また,2006年5月に開館する「子ども・青少年図書館」は,子どもや青少年にサービスを提供する全国の図書館に対し,国レベルの政策モデルとして示される予定である(CA1504参照)(7)

4.2. 館種別図書館振興政策

 以下では,館種によって異なる各主管官庁の推進計画を中心に述べる。

 まず,公共図書館に関しては,NLKが指導・支援を担当している。文化部はすでに上記の「図書館発展総合計画」を通じ,公共図書館の拡充,公共図書館のコレクションの拡充,公共図書館施設の評価などについて,2011年までの計画を公表している。

 NLKは「図書館発展総合計画」と連携した政策として,公共図書館の拡充事業の持続的推進とともに,図書館拡充・サービス改善のための政策指針の開発・普及について,「2010」で公表した。具体的には,「2010」に基づいた政策として,2005年9月現在の487館(8)から2010年には710館に拡充するための設立支援,「小さな図書館」(読書空間)の設立の推進,公共図書館の標準となる運営マニュアルの作成・配布などを推進課題として掲げている。

 次に,学校・大学図書館に関しては,教育人的資源部(以下「教育部」)が教育施設の一部として運営・支援している。教育部は,2002年1月「人的資源開発会議」(議長:副総理兼教育部大臣)を開催し,国レベルの学校・大学図書館政策の樹立を行うこととした。

 2002年8月には国レベルの計画を反映した「学校図書館活性化総合方案」が樹立され,2007年まで6,000の学校図書館に3,000億ウォン(約300億円)を投資することを決定した。この計画の政策目標は,「良い学校図書館づくり」を通じ,すべての生徒の自主的学習能力を涵養できる学習環境づくりにある。そのための重点課題としては,図書館の基本施設およびコレクションの拡充,図書館活用プログラムの強化,専任の管理スタッフの配置および専門性の強化,民官協力に基づく学校図書館支援体制の構築の4つが示された(9)

 大学図書館政策(10)に関しては,同年11月に教育部より「大学図書館活性化方案」が公表された。ここでは大学図書館政策の目標を,知識情報の創出・共有・活用および国の人的資源開発のための中核機関として育成することとした。このため,大学の付属施設から「中核機関」へ,閲覧室としての機能から「知識情報資源管理の中核拠点」としての機能へ,個別化した施設から「有機的に連携した体制」へ,大学の内部施設から国および地域社会の「公共の基盤施設」への転換・育成という4つの重点推進課題を掲げた(11)

 特殊・専門図書館に関しては,その図書館の設立目的と機能によって主管官庁が異なる。NLKはこれについて,行政府の資料室と海外の文化院情報センターの支援,兵営(軍隊)・病院・刑務所・障害者の施設などに設置されている特殊図書館の支援・拡充,当該関連機関との協議・協力の強化などを課題としている(12)

4.3. 図書館情報化政策

 文化部は,図書館情報化政策の一環として,2000年に「図書館情報化推進総合計画」を第1段階事業として樹立した。これは,2000年2月当時,韓国の劣悪な図書館の実態を痛感した金大中大統領により,「図書館が国民の情報化への欲求を満足させ,その役割を果たすことができるよう,関係部署が協議し図書館情報化総合対策を樹立・推進すること」を指示したことから始まる。これによって,文化部は教育部,行政自治部,情報通信部,企画予算処など関係部署との協議を経て共同計画を樹立した(13)

 第1段階の図書館情報化政策は,図書館のデジタル環境づくり,中核的なプログラム・コンテンツの拡充を中心に推進された。その実行のため,文化部は全国の公共図書館に「デジタル資料室」の設置を目指し,コンテンツの運営のためのコンピュータサーバーおよびソフトウェアをNLKの「公共図書館標準資料管理システム」(KOLAS II)と「国家資料共同目録システム」(KOLIS-NET;CA1060参照)とともに普及させ,公共図書館の情報化基盤づくりを行った。教育部は,学校図書館215館を選定し「デジタル資料室」を設置するなど,韓国教育学術情報院(KERIS;CA1296参照)を中心に情報化事業を展開した。

 第2段階の2003年以降は,デジタルコンテンツの持続的拡充と多様化を通じ,いつでもどこでも自由に利用できる図書館の実現が基本目標となっている。上記の関係部署は「図書館発展総合計画」に基づいて,第1段階事業で推進できなかった残りの公共図書館と学校図書館,文庫に「デジタル資料室」を設置し,現在コンテンツの確保や図書館サービスの拡大を推進しているところである(14)。今年12月に着工し,2008年に開館するNLKの「デジタル図書館」は,国レベルのデジタル情報総合センターとしての機能を果たし,全国図書館情報ネットワークの拠点を目指すものとして期待されている。

4.4. 読書振興政策

 NLKは「2010」で読書振興政策の重点課題として,「国民読書推進委員会」(仮)の設置や読書振興活動(E387参照)の広報の強化とともに,単独の「読書振興法」(仮)制定の支援を設定した。そのための実行課題として,国民読書推進委員会を構成し国レベルの読書振興事業の企画・調整活動を展開すること,公共領域での読書活性化のため,行政自治部,教育部,女性家族部,青少年委員会などと共同事業を推進することなどを提示した(15)。なお,「国民読書振興総合計画」の樹立に向けて,現在各界の意見交換やワークショップなどを行っている。

 

5. おわりに

 韓国の図書館情報政策は新しい局面を迎えている。NLKは図書館情報政策の主管官庁となっていまだ1年しか経っていない。国の上位機関からその所属機関への政策移管をめぐって,韓国の図書館界では機能の分担と権威の弱化を恐れた。しかし,公共図書館と図書館情報化の実質的な政策を担当してきた経験を有するなど,NLKは図書館情報政策の中核的な役割を遂行する力量を築いてきた。今回公表した「2010」には同館だけでなく館種を超えた政策が反映されており,今後5年ごとに図書館総合発展計画を公表し,政策を展開していく予定である。

 一方,館種ごとに主管官庁が異なる点,特に公共図書館だけでも所属官庁によって文化部,教育部,行政自治部に三元化されている点などは,文化部の全国的な図書館情報政策の展開の障害として常に指摘されてきた。これは,NLKにおいても同様の問題である。文化部大臣の諮問機関として構成されている「国家図書館政策諮問委員会」を,現在制定に向けて調整中の「図書館法(案)」のように,国務総理の諮問機関として位置づけることができれば,国レベルの図書館情報政策の遂行がより容易になる可能性もあるだろう。

 現在,地方分権化による地方自治体との関係,公共図書館の「生涯学習センター」への名称変更問題(16)から生じた図書館の範囲についての問題,立法部や司法部などの専門図書館との関係など,NLKが抱えている図書館情報政策の課題は山積みであるが,今後の解決を期待して頂きたい。

韓国国立中央図書館:ジョ在順(じょ じぇすん)

 

[]はハングルであることを示す。

(1) [韓国図書館協会]. [参与政府は図書館政策を放棄するのか]. 図書館文化. 45(12), 2004, 94-95.

(2) [金鍾律]. [図書館政策の過去と現在,将来]. [図書館]. 57(1), 2002, 3-16.

(3) [李美卿ほか]. “[図書館及び読書振興法の全部改正法律案]”. [大韓民国国会]. (オンライン), 入手先< http://search.assembly.go.kr/bill/doc_10/17/pdf/171900_100.HWP.PDF >, (参照2005-11-07).

(4) [朴亨z凾ルか]. “[図書館及び読書振興法の全部改正法律案]”. [大韓民国国会]. (オンライン), 入手先< http://search.assembly.go.kr/bill/doc_10/17/pdf/172548_100.HWP.PDF >, (参照2005-11-07).

(5) [金才允ほか]. “[学校図書館振興法(案)]”. [大韓民国国会]. (オンライン), 入手先< http://search.assembly.go.kr/bill/doc_10/17/pdf/170193_100.HWP.PDF >, (参照2005-11-07).

(6) [文化観光部]. [図書館発展総合計画](2003〜2011). [ソウル], [文化観光部], 2002, 36p.(文化観光部ウェブページで入手できる。http://www.mct.go.kr/)

(7) [国立中央図書館]. [国立中央図書館]2010. [ソウル], [国立中央図書館], 2005, 14, 65-70. (要約版はNLKウェブページで入手できるhttp://www.nl.go.kr/)

(8) [国立中央図書館]. “[全国公共図書館統計(2004年末現在)]”. [国立中央図書館]. (NLKウェブページで入手できる。http://www.nl.go.kr/)

(9) [教育人的資源部]. [小・中等学校および大学図書館発展総合計画]. [ソウル], [教育人的資源部], 2003, 1-20.

(10) 2000年初頭までの大学図書館情報政策に関しては次の文献を参照。李錫浩ほか(内田尚子訳). 韓国における大学の電子図書館と情報政策. 情報管理. 44(2), 2001, 125-131.

(11) [教育人的資源部], 前掲(9), 21-40.

(12) [国立中央図書館], 前掲(7), 61-70.

(13) [文化観光部]. [図書館情報化推進総合計画]. [ソウル], [文化観光部], 2000, 9p.(オンライン), 入手先< http://www.korla.or.kr/spboard/board.cgi?id=korla&action=view&gul=1 >, (参照2005-11-07).

(14) [文化観光部], 前掲(6), 15-18, 35.

(15) [国立中央図書館], 前掲(7), 99-101.

(16) 李斗榮(古賀崇訳). 韓国における図書館・情報政策と最近の課題. 現代の図書館. 37(2), 1999, 112-114. 図書館の名称変更問題は依然として続いている。

 


ジョ在順. 韓国における図書館情報政策の動向. カレントアウェアネス. (286), 2005, 16-18.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no286/CA1578.html