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カレントアウェアネス
No.277 2003.09.20
CA1504
動向レビュー
韓国における子ども図書館をめぐる動向
はじめに
いままで韓国では,ほとんどといっても過言ではないほど,子ども図書館への関心が示されてこなかった。しかし,21世紀に入ったここ数年間,子ども図書館への関心が急激に高まり,その設立運動が活発になっている。本稿では,韓国における子ども図書館の現状を踏まえ,子ども専門図書館を中心にその動きの背景を分析しながら,国,地方自治体,民間の3つのレベルに分けて,2000年以降の動向を考察したい。
1.これまでの状況(1)
韓国における一般的な子ども図書館サービスは,公共図書館の一部施設として,児童室あるいは子ども閲覧室などの名をもって提供されている。
サービスプログラムはほとんど読書中心に構成されている。その中でも,全国的に実施されている夏休み・冬休みの「読書教室」は特筆すべきものである。「読書教室」は,1971年1月から小・中学生を対象とし,夏休み・冬休みの1週間を利用して国立中央図書館分館が実施してきた読書教育プログラムである。プログラムの内容は,図書館利用指導,読書資料選択法,読後感想文の作成法などで,これらを通し読書意欲を高めて読書の習慣付けを図ることにその目的がある。年を重ねるにつれ呼応するところが増え,現在は国立中央図書館の指導・支援のもとに,全国の60%以上の公共図書館が参加している。2002年の冬休みには266の公共図書館で読書教室が開かれ,3,099の学校の11,902名の生徒がこれに参加した(2)。
一方,子ども専門図書館の歴史は非常に浅い。まず,公立の子ども専門図書館としては「ソウル市立子ども図書館」がある。この図書館は,1979年「国際児童年」を記念し,同年5月4日に設立された。開館以来20年以上に渡って,韓国唯一の公立の子ども専門図書館として位置づけられてきた(3)。
次に,私立の子ども図書館であるが,1990年代に入ってからはじめて民間レベルの子ども専門の公共図書館が設立された。韓国有数の製靴会社を母体とするエスクァイアー文化財団が,企業利益の社会還元を目的として設立した「寅杓(インピョ)子ども図書館」がそれである。同社会長の名前「李寅杓(イ・インピョ)」から名付けられたこの図書館は,1990年5月ソウル市の上渓洞(サンゲドン)に誕生した。2003年6月現在,国内に14館,中国に6館,カザフスタン共和国とロシアのサハリンに1館ずつの合計22館の分館をもっている。その主な特徴は,文化的,経済的に恵まれない地域の子どもを主たる対象としていることにある。そのため,ほとんどの図書館は社会的弱者のための福祉施設である「総合社会福祉館」のなかに位置している(4)。
2.2000年以降の動向
(1)国レベルの動き
国レベルで図書館政策を担当している文化観光部では,1999年に「国立子ども図書館」の設立計画を立てたが,国の厳しい財政事情のため結局計画段階で終わってしまったことがある(5)。現在同部は,子ども専用の図書館の設立よりは,一般公共図書館の設立に力を入れ,既存の公共図書館における子ども資料室の水準を高めることに重点を置いている(6)。その理由として以下のことが考えられる。
現在,韓国には462館の公共図書館があり,1館当たりのサービス対象人口は10万人以上にものぼる。また,各館に設けられている子どもの閲覧席は平均約10%にすぎないのが現状である。しかし,韓国の「図書館及び読書振興法」施行令第3条に関わる「図書館及び文庫の種類別施設及び資料の基準」には,「公共図書館における子どものための閲覧席は全体閲覧席の20%以上とする」と規定されている。このような事実に鑑みれば,公共図書館の子ども閲覧席を法律の基準に到達させることと,公共図書館の設立支援を先決問題として挙げていることが理解できる。
一方,文化観光部の管轄下にある国立中央図書館は,「学位論文館」の機能転換を検討している。国立中央図書館は,児童図書の唯一の納本図書館として,現在,毎年約3万5千冊の児童図書を受け入れている(7)。しかし,1999年末から分館の機能が学位論文の提供に変わるにつれ,それまで所蔵していた児童図書は20歳以上の利用年齢制限のある本館に移された。そのため,児童図書サービスの直接的提供は中止されている。
国立中央図書館は,現在2008年度の開館を目標として「国立デジタル図書館」計画を推進しており,今後,本館と学位論文館,国立デジタル図書館の3館システムで運営する展望である。そこで役割分担の調整という点から,学位論文館として運営されている分館の機能に対する根本的な見直しが行われている。つまり,学位論文館の廃止と同時に,司書研修館および研究所として活用する一方,子ども・青少年図書館としての機能を検討中である(8)。
いずれにしても,国レベルの動きは,子ども専門図書館の設立ではなく,子どもを含む図書館サービスの計画あるいは強化である。
(2)地方自治体レベルの動き
地方自治体レベルでは,単独の子ども専門図書館の設立が盛んである。特に,ソウル市をはじめ,首都圏の地方自治体の動きが活発である。
具体的には,まず,ソウル市に2つめの子ども専門図書館が誕生した。2000年に着工し,今年2月にソウル市蘆原(ノウォン)区に開館した「蘆原子ども図書館」がそれである。区レベルの自治体として公立の子ども専門図書館を設立したのは,全国ではじめてのことである。地下1階,地上3階,延べ面積1,274平方メートルの自然採光を十分に取り入れたこの図書館は,子ども専用のデジタル図書館としての機能に焦点を合わせている(9)。
次に,京畿道の場合は最も壮大な計画を表明している。京畿道はソウルを囲む形の隣接地域で,1990年代以降形成された,いわゆる「新都市」と呼ばれるベッドタウンが多い。この新都市は超高層団地で人口密度が高いことが特徴である。同道は,地域間教育機会の不均衡現象の解消とともに,子どもたちの図書館利用率を高めることを目的に,2006年までに先端施設を備えた子ども専門図書館を31館建てる計画を公表した。今年はまず8館を建てる方針であり,そのため256億ウォン(約25億円)の予算を割当てている(10)。
なお,ソウルの隣接都市で国際空港がある仁川広域市の計画によれば,2007年まで約1,000億ウォン(約100億円)の予算を投入し公共図書館17館を設立することになっている。その中には8館の子ども専門図書館の設立計画が含まれている(11)。ほかに,慶尚地域の鬱山広域市の場合は,同市北区地域に子ども専門図書館を建てる予定があり,それとともに2,000坪規模の子ども公園を作って,子どもタウンを造成する展望をもっている(12)。
ソウル市以外の他の自治体の政策は今年発表されたばかりで,特に「奇跡の図書館」プロジェクト(後述)を掲げたマスコミの影響が強いものと考えられる。
(3)民間レベルの動き
現在韓国では,個人や市民団体を中心とした民間レベルの子ども図書館づくり運動が盛んである。児童図書出版量の増加とともに,1990年代半ばから児童専門書店が登場しはじめた。それとほぼ同時に,個人が運営する私立で有料の会員制子ども図書館が増えるようになった。それが2000年代に入ってからは急増し,児童専門書店は60店以上,子ども図書館は100館以上を数えることとなった。
その背景には,政府の図書館政策が期待に応じられず満足できないこと,インターネットの急速な普及への反作用から読書,とりわけ幼いときからの読書の重要性を再認識するようになったこと,学校図書館運動が活発に展開され,より低年齢の子どもにも関心が向けられるようになったこと,首都圏を中心とする市民の意識高揚と運動の活性化が全国に広まったこと,特に今年からは,市民運動にマスコミの影響が加わることによって,国民的な関心を呼び起こす起爆剤になったこと,などが考えられる。
以下では,個人,市民団体,宗教団体などの動きをそれぞれ考察する。
まず,個人運営の「子ども図書館」が2000年を前後して急増している。これらはほとんど小規模で,法律上私立文庫に該当するが,親の教育熱が高い団地を中心に形成・拡張されつつある。人口の多い首都圏,特に新都市地域に集中している。現在,約45館以上あり,その内20館は1998年に設立された「小さな子ども図書館協議会」に加入し活躍している。ほとんど有料の会員制度で運営されており,会員になると図書の閲覧や貸出はもちろん各種の読書指導プログラムにも参加できる(13)。
市民団体としては,既存の「子ども図書研究会」およびその地域組織の性格をもつ「童話を読む大人の会」(全国112か所),「小さな子ども図書館協議会」,「ソウル読書教育研究会」などに加え,2000年代に入ってからは「本を読む社会づくり国民運動」,「盆唐(プンダン)子ども図書館建設推進運動の会」(盆唐は新都市名),「2002社会福祉共同募金会」などの団体が結成され,活発な活動を行っている。
特に,「本を読む社会づくり国民運動」(以下「本読む社会」)は,いままで公共図書館の増設,図書館資料・予算の確保のための運動を展開してきた市民団体である。「本読む社会」は,子ども専門図書館の設立を民間放送局に提案・連携し,今年1月から1年間の計画で「奇跡の図書館」プロジェクトを推進している。「奇跡の図書館」とは,韓国文化放送(MBC)テレビの娯楽番組「!」が毎月選定する本の販売売上金と,個人および団体の寄付金によって,子ども専門図書館を建てる計画である。「!」が選定する本は爆発的な人気で常にベストセラーとなるので,その弊害を怖れる批判の声も高いが,子ども図書館に対する一般市民や地方自治体の関心と積極的な参加を誘導している点で,大局的には肯定的に評価されている。現在,全国的な反響の中で6つの地域が選定され,その設立が推進されている段階である(14)。
その他,「ソウル読書教育研究会」は「ソウル子ども図書館」(仮)の設立運動を推進しており,「盆唐子ども図書館建設推進運動の会」は2004年の子ども図書館完成を目指して活発な運動を展開している(15)。なお,「2002社会福祉共同募金会」の支援で学習室に設けられた子ども図書館も10館ある。
宗教団体による子ども図書館設立運動で目立つのは,キリスト教会図書館,とりわけメソジスト教会の活動である。「メソジスト教会子ども図書館協議会」は,日々深刻になっていく教育の現状への対案を提示し,地域社会における教会の定着を通じ21世紀における布教モデルを模索することを目的とし,2001年4月に結成された。しかし,必ずしも布教の目的だけをもっているのではなく,一般児童書も備えて広く地域の子どもや住民に開放している。運営はほとんど有料の会員制を採用している。2002年8月現在,同教会に建てられた子ども図書館は21館ある(16)。
むすび
以上のように,韓国における子ども図書館設立の動きは,2000年代に入ってから急激に高まっている。特に,今年放映されているテレビ番組の強い影響で,子ども専門図書館設立への熱い関心は当分の間続く見込みである。その主な特徴は,独立した子ども専門図書館が求められていること,民間レベルの動きが積極的に広げられていること,にまとめられる。
しかし,韓国における子ども図書館がうまく機能するためには,公共図書館における児童室の拡充,所蔵資料の充実,様々なサービス・プログラムの提供,専門司書の確保および教育など,今後解決すべき課題は多いだろう。
東京大学大学院教育学研究科:曺 在順(じょじぇすん)
〔 〕はハングルであることを示す。
(1)詳しくは,以下の2つの文献を参照すること。 宋永淑. 韓国の図書館と読書教育. 現代の図書館. 34(4), 1996, 175-180. ; 韓允玉 (林昌夫訳). アジアの子どもと図書館−韓国の図書館における児童サービスと子どもの本(前編). 図書館雑誌. 91(5), 1997, 351-354.
(2)〔国立中央図書館〕. 〔2002年度国立中央図書館年報〕. 2003, 82.
(3)〔ソウル市立子ども図書館〕. (online), available from < http://children.lib.seoul.kr/ >, (accessed 2003-08-08).
(4)〔寅杓(インピョ)子ども図書館〕. (online), available from < http://www.inpyolib.or.kr/index_new.jsp >, (accessed 2003-08-08).
(5)〔文化観光部,今年の主要業務計画〕. 京郷新聞. 1999-02-20. ; 〔暮らしと文化/国立子ども図書館のない国〕. 東亜日報. 2001-09-25.
(6)〔本で育つ子ども/子ども専門図書館に多様なコンテンツ必要〕. 世界日報. 2003-01-18.
(7)〔国立中央図書館〕. op.cit., 37.
(8)〔国立中央図書館〕. 〔国立デジタル図書館(仮称)設立基本計画樹立技術外注報告書〕. 2002, 138-141.
(9)〔蘆原子ども図書館開館〕. (online), available from < http://www.nowon.seoul.kr/nowonnews/nw0302/pdf/01.pdf >, (accessed 2003-08-08).
(10)〔京畿道,暮らしの質を高める公共図書館など大幅に拡充〕. 〔国民日報〕. 2003-04-07.
(11)〔仁川,公共図書館拡充:2007年まで17か所〕. 〔毎日経済〕. 2003-06-17.
(12)〔鬱山北区に子ども図書館建てられる〕. 〔国民日報〕. 2003-04-28.
(13)〔全英順〕. “〔私立子ども図書館の現状〕”. 〔公共図書館における児童サービス活性化の方策模索のための討論会〕. 〔韓国図書館協会〕, 2003, 33-37.
(14)〔子どもの目線に合わせた「奇跡の図書館」着工〕. 〔韓国日報〕. 2003-04-01 ; 〔!:本本本,本を読みましょう〕. (online), available from < http://www.imbc.com/tv/ent/big5/html/kymyjs_01.html >, (accessed 2003-08-08). ; 〔奇跡の図書館〕. (online), available from < http://www.kidslib.or.kr/sub01/sub01.asp >, (accessed 2003-08-08). ; 〔想像力の運動場を作る:<!>・本読む社会,子ども図書館設立プロジェクト開始〕. (online), available from < http://www.bookreader.or.kr/news/nk_view.php?num=40 >, (accessed 2003-08-08).
(15)〔我が子どもたちに専用図書館を〕. 〔韓国日報〕.2001-01-29.
(16)〔メソジスト教会子ども図書館協議会創立〕. 〔国民日報〕. 2001-04-30.
曺在順. 韓国における子ども図書館をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2003, (277), p.9-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1504