CA1236 – 情報社会におけるユニバーサルサービスは可能か?−情報をもつ者・もたざる者のギャップが拡大− / 清水悦子

カレントアウェアネス
No.234 1999.02.20


CA1236

情報社会におけるユニバーサルサービスは可能か?
−情報をもつ者・もたざる者のギャップが拡大−

アメリカのテレコミュニケーション政策における「ユニバーサルサービス」は,伝統的に,全ての国民に懐を痛めない電話サービスを提供することを目指してきた。しかしながら,アメリカがますます情報社会になるに従い,この概念は情報サービスをも包含するべく拡大した。今日のビジネス,通信,研究の相当の割合が,インターネット上で展開されている以上,コンピュータおよびネットワークへのアクセスは,伝統的な電話サービスへのアクセスと同じくらいに重要である。

全米の家庭への電話,パソコン(PC),各種のオンラインサービスの普及率を調査した米国商務省のレポート『ネットからこぼれ落ちるもの 2』(Falling through the Net II)によると,過去3年間に,情報を「もつ者」と「もたざる者」のギャップは広がっている。

この調査は,1997年の全国統計から電話・PC・モデムの所有率やオンラインサービスの利用率などを算出したもので,1994年の同種の調査との比較から,3年間の変化が明らかになった。本稿ではこのレポートの概要をもとに,米国でどのような人々が「ネットからこぼれ落ち」ているのかを概観する。その際,レポートの中でデータが整備されている電話およびPCの所有率に,特に注目して紹介することになろう。

1994〜97年の3年間で,電話の所有率は変化していない。これに対し,PCやモデム等の情報機器の所有率は大きく増加している(表1)。

(表1)PC,モデム,電話,電子メールの所有(利用)率(全米)

  
PC
モデム
電 話
電子メール
1994
24.1
11.0
93.8
3.4
1997
36.6
26.3
93.8
16.9
伸び率
51.9%
139.1%
0.0%
397.1%

 

しかしこれらの所有率は,人種・地域・収入レベルなどの要素によって,影響されることが統計データから分かる。レポートのデータから結論づけられる,「最も接続されていない人々(The Least Connected)」のプロフィールをまとめてみよう。

農村部の貧困層

収入レベルは所有率に大きく影響する。例えば,年収5千ドル以下の家庭の電話,PC,オンラインサービスの所有(利用)率は,それぞれ76.3%,16.5%,7.2%なのに対し,年収7万5千ドル以上の家庭では,98.8%,75.9%,49.2%に達する。特に,農村部に住む年収5千ドル以下の家庭(最低収入レベル)は,他の地域カテゴリーに住む同レベルの家庭に比べ,電話・PCともに所有率が最も低く,それぞれ74.4%,15.0%でしかない。

農村部および中央都市(注1)のマイノリティ

人種(注2)間の所有(利用)率のギャップは,電話・PC・オンラインサービスのいずれについても顕著である。白人非ヒスパニック系と黒人非ヒスパニック系の差,白人非ヒスパニック系とヒスパニック系の差は,1994年から1997年にかけてどちらも増加した。特に,1997年のPC所有率について言えば,白人非ヒスパニック系は黒人非ヒスパニック系およびヒスパニック系の2倍になる。

さらに,これを地域カテゴリー別にみてみると,いずれの人種も農村部において電話の所有率が最低である。PCの所有率は,ヒスパニック系をのぞいた3つの人種カテゴリーで農村部が最も低い。ヒスパニック系のPC所有率が最も低いのは,中央都市においてである。

若年家庭

25歳以下の若年家庭は,電話・PCともに所有率が全年代の平均を下回っている。ここでも,全年代の平均との差が最も大きいのは,農村部においてである。

世帯主が女性である家庭(片親家庭)

女性が世帯主で子供のいる家庭は,電話・PCともに所有率が全国の平均を下回っている。電話については農村部,PCについては都市部が,平均との差が最も大きい。また,結婚したカップルと子供からなる家庭との比較では,電話は農村部での差が最も大きく,PCは都市部での差が最も大きい。都市部と中央都市のPC所有率は,結婚したカップルと子供からなる家庭が,女性が筆頭で子供のいる家庭の2倍以上になる。

これらのほかに,教育レベルの差も所有率の差に影響することが分かっている。教育程度が高ければ,所有率も高い数値になり,大学教育を受けた人のPC所有率は,高等教育を受けていない人のそれに比べて,約10倍(63.2%と6.8%)にもなる。オンラインアクセスの利用率も,同様の比較で21倍以上(38.4%と1.8%)である。

過去3年間にますます多くの米国国民が情報スーパーハイウェイに接続するようになったことが,データから分かる。1994年に比べると,より多くの国民がPCを購入し,オンラインアクセスを体験している。グループ(人種・収入レベル等の)間に程度の差こそあれ,全てのグループにPC所有レベルの上昇が見られた。

にもかかわらず,人口のかなりの部分が電話とPCのどちらか,または両方について未接続のまま置き去りにされている。上記のデータは,低所得,マイノリティ,若年層に,特に農村部および中央都市において「もたざる者」の集団が残っていることを示している。このようなギャップを,レポートでは「デジタル断絶(Digital Divide)」と呼び,その解消を訴えている。すなわち,政策決定者は,このような集団も電話やPCを利用できるように,彼らに注目し続けなければならない。このような人々(最も接続されていない人々)は,もし電子サービスを利用できるならば,仕事や住宅やその他のサービスを最もよく受けられる人々なのである。またレポートは図書館などの機関に積極的な関わりを求めている。すなわち,「もたざる」彼らが家庭において接続されるようになるまでには時間がかかると思われるので,国民のかなりの割合が接続可能になるためには,学校や図書館やその他のコミュニティ・アクセス・センターがコンピュータアクセスを提供することが,必要不可欠である。

この調査では電話やPCの「所有」に注目しており,オンラインサービスを除き「利用」にまで踏み込んだ調査にはなっていない。PCとモデムを所有するすべての人がインターネットの恩恵にあずかっているわけではない,ということは当然考えられる。次の段階として,必要な情報をどの程度ネットワークを介して入手しているか,または入手することができるか,についての調査も必要となろう。

とはいえこのレポートは,「接続されていない人々」が実際にグループとして存在することを明らかにしただけでなく,グループの属性をも具体的に記述した。これらのグループを,政策決定者または図書館等のコミュニティ・アクセス・センターがコンピュータアクセスを提供しようとする際のターゲットとすれば,公の資源をより有効に使うことができるだろう。

日本にも,「接続されていない人々」のグループがいるであろうことは,容易に予想できる。また公の機関がコンピュータアクセスを提供しようとする動きは一部にあるものの,米国に比べて活発とは言い難い。その限られた資源を注ぐターゲットを明確にするためにも,同様の調査が日本で早急に行われることを望みたい。

科学技術振興事業団:清水 悦子(しみずえつこ)

(注1) 本レポートの中でいう「中央都市(Central City)」とは,都市部の中で最も中心的な部分で,スラム街や低所得層の居住地域が多い部分を指す。
(注2) 本レポートでは,人種カテゴリーを4つに分類している。白人−非ヒスパニック系,黒人−非ヒスパニック系,その他−非ヒスパニック系とヒスパニック系である。その他‐非ヒスパニック系には,ネイティブアメリカン,アジア系,エスキモーなどが含まれる。

Ref: Report shows widening gap between information “haves” and “have nots”. Adv Technol Libr 27 (9) 1, 11, 1998
Digital divide widens, Commerce study reports. Inf Retr Libr Autom 34 (4) 6-8, 1998
National Telecommunications and Information Administration. Falling through the net II. [http://www.ntia.doc.gov/ntiahome/net2/](last access 1999. 2. 8)