カレントアウェアネス
No.215 1997.07.20
CA1137
韓国の学校図書館
韓国の学校図書館の多くは「放置されている」といってもよい状態に置かれている。最近これまでの受験中心の教育の見直しがなされる中で,読書教育や学校図書館に対する関心も高まってきた。またわずかな例であるが,活性化にむけての取り組みも始まっている。小稿では,こうした韓国の学校図書館の現状と,活性化にむけて開始されたささやかな取り組みを紹介したい。
放置される学校図書館
『朝鮮日報』は1996年4月1日号で,標記のような題でソウル市内の何校かの高等学校図書館(室)の取材記をのせ,日・米と比較しながら,韓国の放置された学校図書館(室)の現状を報道している。
ある女子高の図書室は体育館の地下にあって,教室の半分にも満たない部屋に黄色に変色した本がぎっしりとつまっている。照明も小さな蛍光灯が2個,カードボックスは空っぽ,閲覧席もない。「いままで図書室に行ったことがない」「図書室がどこにあるのか知らない学生も多い」という生徒の声にあるように,図書室は生徒にあまり利用されていない。掲載されているある図書室の写真では,多くの図書が梱包されて積み上げられ,まさに「本の保管庫に転落」した現状を見せている。蔵書構成についても,各校とも「生徒からの寄贈本が大部分で,分野構成を考えて収集されていないため,小説・随筆の分野に偏重している。」図書購入費は不足しており,年間購入費が50万ウォン=日本円7〜8万円という学校もある。「名前だけ図書室でも街の読書室[私設の勉強室]と同じだ」「学科の勉強のあいまに頭を冷やすために時おり本を借りるにすぎない」という司書教師のことばを紹介し,施設も良く1万冊以上の蔵書をもつ大きな図書館ですら生徒たちに利用されていない状況が報じられている。
また,1996年9月9日付の『東亜日報』は「図書館は何をするところか」という記事の中で,図書室や蔵書数は10年前と比べても増えているのに,生徒一人当たりの利用回数が中学,高校ともに減っており,「中・高生にそっぽをむかれる図書室」という状況になっていると報じている。
わが国でも良く知られている韓国の入試制度・受験勉強のすさまじさが図書館不振の要因の一つである。「学校図書館は教科にはほとんど関与せず課外活動としてのみ機能。」「生徒はたまにしか読書をしない。」「教養(と娯楽)のための読書はこれ(=受験)とは関係がないので」「ほとんど本を読んでいられない状況」であるため,図書館が本来の役割を果たさず,閲覧室が勉強部屋,自習の場としてしか使われていないのである(注1)。
生徒たちが学校図書館をどのような目的で利用しているのかを示す資料がある。教育部教科指導奬学官室が1992年(?)に行った調査によると,「学科の勉強のため」が56.5%,「本を借りるため」が19.2%,「本を読むため」が9.4%であった。著者はこの結果をもって「図書室が読書室化している」と評価している。また学校図書館には読むに値する本も少ないようである。同じ調査で,読むに値する本が「とても多い」が7.8%,「多い方だ」が32.0%,「それほど多くはない」が34.0%,「ほとんどない」が11.8%であった(注2)。
〔韓国図書館統計〕1994・1995年版(韓国図書館協会編・刊)をもとに学校図書館に関するデータを整理すると表のようになる。図書館数は図書室,読書室を含めた数と思われる。図書館を名乗るものは,同統計1993年版によると初等(小学校)29,中学校が33,高等学校184館である。司書教師の数は「配置基準」(注3)どおりに行われているのだろうか。〔教育統計年報〕(教育部編・刊)によると,毎年有資格者が6〜700人ほど養成されていることを考えると,少ない数字である。実際に図書館の運営にあたっているのは司書教師,実技教師のほかに一般教師,司書資格をもつ一般教師である。
(表) 韓国の学校図書館 1994年
計 | 初等学校 | 中学校 | 高等学校 | |
図書館数 | 6,656 | 2,796 | 1,996 | 1,864 |
蔵書数 | 19,647,301 | 8,878,432 | 4,948,965 | 5,819,904 |
司書教師 | 159 | − | 36 | 123 |
年間利用者数 | 13,480,726 | 4,993,811 | 2,267,718 | 6,219,197 |
年間利用冊数 | 13,986,424 | 8,170,090 | 2,540,596 | 3,275,738 |
94年度予算額 | 12,393,995 | 6,964,643 | 1,874,591 | 3,554,761 |
学校数* | 10,328 | 5,900 | 2,644 | 1,784 |
出典:〔韓国図書館統計〕1994・1995年版
*〔教育統計年報〕1996年版予算額は千ウォン
活性化にむけての取り組み
図書館界,行政側でも学校図書館の活性化にむけての取り組み・実践が開始された。読書教育の改善と一体のものとして取り組まれている(注4)。
教育現場の実践を2例紹介したい。
一つはソウルの中学校女性教師カン・ヘウォンの実践。読書教育を変えたい,その要の一つが学校図書館の活性化だ,という観点から学校図書館に注目したわけである。カン教師は前任校で「書架2本に古い本,政府刊行物などがぎっしりつまっている」「教室1個と廊下が図書室の空間」「合唱練習をする空間としてしか」用いられていなかったものを「ある程度活性化された図書室」につくりかえた。古い机を廃棄し,閲覧席として必要な個数だけを残す,貸出台,書架を新設し,ブックトラックを配備。生徒が読むにふさわしい本を選んで購入。所蔵図書,寄贈図書の分類目録,貸し出し中の図書のリストをつくって生徒に配布。2年生を中心に図書委員を選び,生徒たちが都合の良い時間帯と放課後を利用して本を借りられるようにした。「生徒たちの反応がとても良かった。」「新しい図書館をつくることが思うほどに大変なことではない。」「空間と少しの予算,教師の意欲さえあれば」活性化できると書いている。著者によればソウル市内には注目すべき学校図書館がいくつか存在しているようである(注5)。
もう一つの例はソウル師範大附属初等学校である。『朝鮮日報』1996年4月25日号が「全国で初めての図書室教育 司書教師が直接指導」という記事で紹介している。同校は初等学校としては「全国で唯一,司書教師が置かれている。」(〔教育統計年報〕によると,初等学校の司書教師は全国で,しかも首都圏にのみ3人いるようだが…)蔵書数が15,000冊余で図書室の規模は大きい。司書教師は図書選択,分類のみならず,児童たちの読書指導と利用者教育に責任を持っている。3年生から一週間に一時間ずつ図書室で司書教師より,利用方法,読書カード作成,貸出・返却方法などを学んだあと,読書感想文,詩の朗読会,お話しの創作などへ進む。この他に学級文庫をおいて読書の習慣を育てようとしている。
行政側と図書館界からも政策−活性化方案が出されている。韓国の学校図書館は1960−70年代には量的に大きな成長をとげた(注6)。1987年に行われた図書館法改正が「発展するための一つの転機」といわれた(注7)。しかし1985年から90年代初頭までは「瀕死期」といわれる状況(注8)であった。93,94年には教育部によって「図書教育の活性化方案」が,図書館協会によって「学校図書館活性化方案」が発表された(注9)。1994年には「図書館および読書振興法」「同施行令」(注10)が公布され,学校図書館の設置と司書教師の配備を義務付けた。司書教師の「配置基準」については,なぜかすでに廃止された「図書館法施行令」の別表に定められた数値が依然として有効であるなど,不備な点もあるが(注11),こうした施策が学校図書館の活性化と発展の転機となることが期待される。教育現場の取り組みとともに今後の展開に注目したい。
大和田 孝志(おおわだたかし)
〔 〕はハングルであることを示す。
(注1)金容■著 藤沢愛子訳 韓国の小・中学校図書館 学校図書館 (471) 21-24, 1990. 1[■は吉を二つ並べた字]
他にこうした状況を指摘したものとして,小川隆章 韓国青少年の図書館および読書室の利用とその社会・文化的背景 皇學館論叢24(6)20-32, 1991. 12がある。
(注2)〔教育部教科指導奬学官室〕〔図書教育の活性化方案〕〔教育月報〕大韓民国教育部編・刊 (137)88-91, 1993. 5
(注3)初等学校:36学級未満−司書教師,兼任司書教師,実技教師から1名。36学級以上−司書教師1名を置くか,または兼任司書教師と実技教師各1名。中学・高等学校:24学級未満−司書教師1名を置くか,または兼任司書教師と実技教師1名。24学級以上−司書教師2名を置くか,司書教師と兼任司書教師各1名,または司書教師と実技教師各1名。(学校図書館活性化方案 ソウル 韓国図書館協会学校図書館委員会61 1994)
(注4)最近の読書教育を示す日本語文献としては,宋永淑 韓国の図書館と読書教育 現代の図書館 34(4)175-180, 1996がある。
(注5)〔カン・ヘウォン〕〔学校読書教育の実態と問題点〕〔教育月報〕大韓民国教育部編・刊 (178) 28-31, 1996. 10
(注6)長倉美恵子 世界の学校図書館 全国学校図書館協議会 1984(図書館学体系3)
パク・ヨンドゥ 学校図書館政策をいかにすべきか−学校図書館の昨日,今日,そして明日− 1991年度韓国図書館大会報告 日本語訳 あけぼの通信 1992. 3
(注7)注1に同じ
(注8)パク・ヨンドゥの前掲書
第29回全国図書館大会(1991. 10)で,パク・ヨンドゥ(泰陵高校司書教師)が,1985年以降の学校図書館運動を「瀕死期」と表現し,学校図書館についてなんら研究も対策も取られなかったことを批判し,関係者に奮起を促した。
(注9)〔教育部教科指導奬学官室〕〔図書教育の活性化方案〕〔教育月報〕大韓民国教育部編・刊 (137)88-91, 1993. 5
学校図書館活性化方案 韓国図書館協会学校図書館委員会 1994 155p.
(注10)「図書館および読書振興法」「同施行令」の日本語訳は金容媛 韓国における図書館情報政策−法的側面を中心として− 文化情報学 駿河台大学文化情報学部紀要3(1)25-45, 1996. 6所収
(注11)学校図書館活性化方案 韓国図書館協会学校図書館委員会 60-61, 1994