CA1136 – シンガポール「IT2000」と国立図書館 / 長田秀一

カレントアウェアネス
No.215 1997.07.20


CA1136

シンガポール「IT2000」と国立図書館

シンガポール政府が1991年から進めている「IT2000」計画は,国家情報基盤(National Information Infrastracture:NII)の整備を行うもので,シンガポールを15年以内にインテリジェント国家に変革しようとする国家政策である。「IT2000」計画は,情報技術(IT)を駆使した一種の電子図書館構想とも呼べるもので,社会,経済,教育等のあらゆる分野において,情報へのアクセスを容易にし,情報の有効利用を促進しようとするものである。

現在,シンガポールは官民一体で「IT2000」を推進しており,国家コンピュータ委員会(National Computer Board:NCB)がその任を負っている。NCBの核となるNIIG(NII Group)は,情報芸術省(Ministry of Information and Arts),コミュニケーション省,シンガポール・テレコムなどの関係機関と協力しつつ,システム設計や技術規準を策定している。「IT2000」計画は,米国の情報スーパーハイウエイ構想のモデルにもなっており,電話回線のディジタル化はシンガポールが最も進んでいると言われる。

「IT2000」計画に沿い,1994年にはシンガポールにおける今後10年間の図書館整備計画のマスタープランとなる「Library 2000」構想が発表されている。「Library 2000」は,NIIを基盤に図書館システムの整備を行うものである。この構想実現のために,1995年に国立図書館委員会法(National Library Board Act)が制定され,情報芸術省のもとに新たに国立図書館委員会(National Library Board:NLB)が設置されると同時に,国立図書館の改組も行われている。

シンガポール国立図書館は1958年に設立され,世界でもあまり類をみない国立図書館と公共図書館の両機能を有している。シンガポール国立図書館は国内出版物の収集・保存や全国書誌の編纂を行うほかに,1987年からはSILAS(Singapore Integrated Library Automation Service)と呼ばれる書誌ユーティリティ・サービスを開始し,1991年からは国立図書館と各地区の分館とを結ぶNALINET(National Library Network)を運営している。

NLBは,「Library 2000」を具体的に実現してゆくために,1996年に「ルネッサンス都市」構想と呼ばれる戦略プランを打ち出した。この構想は,かつてのヨーロッパの文芸復興に因み,情報の利用を促進することで,新たな知識を創造できる魅力ある都市作りを目指すものである。「ルネッサンス都市」構想は,情報化社会に対応した図書館サービスへの転換を意図したもので,構想の背景には,来るべき21世紀の知識・経済社会において,シンガポールが国際競争力を高め維持していくのに,図書館を中心とした情報資源の構築と利用が重要であるという認識があることは言うまでもない。

現在,シンガポール国立図書館は,「ルネッサンス都市」構想を実現するために,向こう8年間に10億シンガポール・ドル以上を投資し,国内の図書館システムを整備しつつ,世界的規模の情報資源構築を目指している。投資予算の内,6億シンガポール・ドル以上は新たな国立図書館や地区図書館などの建設と電子情報源を含めた資料の充実に当てられ,残りは図書館員の教育・養成や運営費に充てられる予定である。この構想により,将来的には5つの地区図書館,18のコミュニティ図書館,主に児童を対象とした100に及ぶ近隣図書館がネットワークで結ばれることになる。

NLBでは,「ルネッサンス都市」構想により,図書館利用者が現在の国民3人に1人から2人に1人,年間の来館者が700万人から1,800万人,コンピュータを介してアクセスする利用者が21.9万人から200万人,図書館の蔵書が340万冊から1,140万冊へ増加すると見込んでいる。既にこの計画に先立ち,国内の出版社に対しては,新たに刊行された図書,ビデオ,CD-ROM等の出版物を2部納本するように,国立図書館への納本制度が強化されている。「ルネッサンス都市」構想により,図書館資料の充実や利用が促進され,北欧並に図書館が日常生活により密着したものとなるかどうか,今後の進展が注目されるところである。

NLBでは,専門家の養成にも今後力を入れ,職員制度や賃金体系の見直しを図っていく計画である。現職の図書館員に対しては,新たな情報通信技術に対応できるような再教育が行われることになる。しかし,情報管理の専門家を育成する教育機関としては,1993年に開始されたNanyang工科大学の2年間の修士コース以外に,Temasekポリテクニック(専門学校)で1992年以来実施されている6ヶ月間の準資格コースがあるにすぎず,専門家の教育・養成が大きな課題となっている。「東南アジア諸国における書誌情報のネットワークに関する国際会議」(国立国会図書館,1997. 3. 10-11)でも指摘があったように,他のアジア諸国同様,シンガポールにおいても,この分野の人材不足は深刻な状況にある。

シンガポールはこれまで経済優先政策を推し進めてきたが,資源に恵まれない小国にとって,人的資源は最も重要な資源であり,図書館を基盤とした学習社会の振興により,社会のあらゆる分野において優れた人材を育成していくための教育や図書館政策が重要になってくることは明らかである。国立図書館を中心とした最近の動向は,シンガポールが今後進むべき方向性を示す一つの現れであり,我が国の図書館政策もこの点では参考にすべき点が多いように思える。

亜細亜大学:長田 秀一(ながたひでかず)

Ref: National Computer Board. A Vision of an Intelligent Island: The IT2000 Report. SNP Publishers, 1992. 63p
Library 2000: Investigating in a Learning Nation. SNP Publishers. 1994. 115p.
The Straits Times 1996. 7. 4
National Libraries of the Commonwealth. COMLA Newsletter (91) 7-12, 1996
Vergueiro, W. Southeast Asia. International Encyclopedia of Information and Library Science. Routledge, 1997. P.425-8