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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日
CA1602
利用者のセグメンテーション:シンガポールにおける利用者志向の図書館戦略
1. シンガポールにおける公共図書館の発展
シンガポールでは1990年代から,国家情報基盤(National Information Infrastructure: NII)を整備し,インテリジェント国家を目指す“IT2000”計画を推進してきた(CA1136参照)。この政策の下,シンガポール国立図書館委員会(National Library Board:NLB)は,“Library2000”という青写真をもとに,公共図書館を大きく発展させてきた。
数値的に見ると,この10年間で公共図書館数は4.9倍,総蔵書冊数は2.4倍,総貸出冊数は2.7倍,来館者総数は5.6倍に,それぞれ増加している。最も伸び率が高いのがレファレンスを含む図書館への質問で,12.4倍と大幅な増加を示している。コア・コンピタンスをレファレンスであると位置づけてきた戦略の成果であろう(CA1499参照)。そして,その成功の根底にあるのは,マーケティングの手法を応用した利用者志向の図書館戦略である。
2. マインドシェアとタイムシェア
マーケティングの基本戦略は,「セグメンテーション」,「ターゲティング」,「ポジショニング」であるといわれる。図書館サービスについて考えると,1) 「セグメンテーション」とは,利用者をいくつかの同質なセグメントに細分化すること,2) 「ターゲティング」とは,どの利用者セグメントを対象に図書館サービスを展開させるかということ,3) 「ポジショニング」とは,対象とする利用者セグメントの中に図書館サービスが独自の位置を占めることを目的に,図書館サービスとそのイメージをデザインすること,となろうか。
NLBのマーケティングの目的は,「マインドシェア」及び「タイムシェア」を高めることとされている。つまり,利用者(潜在的利用者を含む)の心理に占める図書館の占有率,利用者の時間に占める図書館の占有率を高めることである。心理的に気にかけられるものは限られるであろうし,1日に使うことのできる時間もまた限られている。限られた利用者の関心や時間を,いかにして図書館に向けることができるか,いいかえれば,ポジショニングを確定することをその目的とする。
以下,マインドシェア及びタイムシェアを高めるための前提となる「利用者セグメンテーション」について紹介したい。
3. 利用者セグメンテーション
3.1. 読書・学習態度による7つのセグメンテーション
カウ(Kau Ah Keng)らは,2003年,シンガポールにおける図書館利用者セグメンテーションに関する研究を発表している。この研究では,15年以上のシンガポール在住者約800名を対象に,パーソナル・インタビューを行い,その結果をクラスター分析することによって利用者セグメンテーションを行っている。
質問事項は,1) 生活に対する一般的姿勢,2) 学習や読書に対する姿勢,3) どの位の頻度で図書を読むか,図書館に登録しているか,図書館によく行くか,など図書館利用に関する生活様式,4) 年齢や性別など,人口統計学上のプロファイル,の4セクションに分別される。
一般的に図書館は,読書や学習を目的として利用されるものである。よって,読書や学習に対する姿勢や欲求,学習の重要性への認識,図書館の利用,情報検索や学習のための情報通信技術を使いこなす能力,などに関する質問に対する回答を分析することによって,利用者セグメンテーションを行うことができると考えられる。カウらは,この読書・学習態度に関する質問の回答を中心に利用者を,1)キャリア志向型(Career minded),2)積極的情報探索型(Active Info-Seeker),3)自己供給型(Self-Supplier),4)カジュアル読書型(Casual Reader),5)目的学習型(Narrow-focused learner),6)低意欲型(Low Motivator),7)ファシリテーター(Facilitator)の7つのセグメントに分けている。
表 シンガポールにおける図書館利用者セグメンテーション
セグメント | セグメントの主な特徴 | 図書館登録 |
キャリア志向型 (Career minded) | 仕事関係やレクリエーションに関する読書に熱心。自己向上を望み,学習意欲が高い。家庭をもつ中年層中心。 | 79% |
積極的情報探索型 (Active Info-Seeker) | 仕事に関連するものも関連しないものも読む。企業家精神をもち,物質主義であり,社会的地位を重視する傾向にある。 | 66% |
自己供給型 (Self-supplier) | 高所得の若年層。ほとんど図書館を利用しないが,多くの図書を読む。図書は借りるより買うことを好む。 | 77% |
カジュアル読書型 (Casual reader) | 独身の若年層。娯楽関連の読物に対する要求が大きい。読書に対する態度が最も積極的。 | 84% |
目的学習型 (Narrow-focused learner) | 学生層。主としてカリキュラムに関連する資料を読む。友達と連れ立って,来館する傾向にある。 | 88% |
低意欲型 (Low Motivator) | 学習・読書に対する意欲があまりない。家族や伝統には無関心な傾向がある。 | 63% |
ファシリテーター (Facilitator) | 高年齢層。主婦,肉体労働者,退職者を含む。比較的,低所得。伝統を重んじる。しばしば子どもを連れて来館する。 | 33% |
注:“Kau, A.K., Wirtz, J., & Jung, K. (2003), Segmentation of libraries in Singapore: learning and reading related lifestyles. Library Management. Vol 24 No 1/2.”より作成
図書館登録の割合を比べると,「カジュアル読書型」及び「目的学習型」が比較的高い。このことから,ナラヤナン(Narayanan, N. Varaprasad)らは,NLBは“Library2000”以降,「カジュアル読書型」及び「目的学習型」の利用者を主たるターゲットとしてサービスを展開してきたのではないかと類推している。一方で,「低意欲型」「自己供給型」「ファシリテーター」の図書館登録の割合は低く,これらを対象としたサービスの展開が今後の課題であるとしている。特に,「ファシリテーター」の53%は,図書館に行ったことすらないと回答しており,潜在的利用者(非利用者)をいかにして図書館へ向かわせることができるかが問われるところである。
3.2. 潜在的利用者のセグメンテーション
全シンガポール国民をサービス対象とするNLBでは,潜在的利用者の把握が不可欠である。2004年には,潜在的利用者を対象とした調査“NLB Non-User Survey & Segmentation Study”が実行され,シンガポール人口の38%が潜在的利用者であることが明らかになった。この調査では,13歳以上の潜在的利用者を5つ,12歳未満の潜在的利用者を4つのセグメントに分け,それぞれについて図書館を利用しない要因を分析している。
3.3. Library2010によるセグメンテーション
“Library2010”は,2005年7月27日,シンガポール国立図書館委員会(National Library Board:NLB)が発表した図書館政策である。1994年に発表された“Library2000”の後継であり,知識経済社会への貢献を掲げ,生涯学習支援を目的とした今後5年間の国立図書館及び公共図書館の戦略を示したものである。
“Library2010”では3つの指針として,1) 生活のための図書館,成功のための知識(Libraries for Life – Knowledge for Success),2) 全コミュニティへのサービス,3) 知識情報経済・社会での重要な役割,を掲げている。「生活のための図書館,成功のための知識は,“Library2010”のサブタイトルにもなっている指針であり,ライフステージに応じたサービスを展開していこうというものである。
“Library2010”では,それぞれのライフステージ,あるいは目的に応じて利用者を「子ども・青少年」「高齢者」「成人」「ビジネス・政府」の4つのセグメントに分けている。アウトカムはそれぞれ,「自己啓発」,「自己信頼」,「自己実現」,「競争上の優位性」とされ,図のように,「生活のための図書館」に当てはまるセグメントとして「子ども・青少年」「高齢者」を,「成功のための知識に当てはまるセグメントとして「成人」「ビジネス・政府」を位置づけている。
図 Library2010による利用者セグメンテーション ※画像をクリックすると新しい画面で開きます。 |
NLBは,図書館サービスを通じて,生活の質の向上を目指すだけでなく,ビジネス関係のニーズにも応えることを目標としている。世界有数のビジネス・ハブであるシンガポールでは,ビジネス界からのニーズも多様である。
4. さいごに
カウらの読書・学習態度をベースとした利用者セグメンテーション,NLBによる潜在的利用者のセグメンテーション,“Library2010”におけるセグメンテーションについて紹介した。
1994年の“Library2000”以降,シンガポールの図書館は大きく発展してきた。その成功の要因は,新しい図書館の建設や図書へのICタグ全面導入など,ハード面を整備する一方で,マーケティングの手法を導入し,利用者分析を論拠とした利用者サービスを展開したことにあると考えられる。 2005年の“Library2010”により,シンガポールの図書館は,第2フェーズを迎えた。知識経済社会を支える社会的装置を目指すシンガポールの図書館の今後に注目したい。
奈良女子大学附属図書館:呑海沙織(どんかい さおり)
Ref: Keng, Kau Ah et al. Segmentation of library visitors in Singapore: learning and reading related lifestyles. Library Management. 24(1/2), 2003, 20-33.
National Library Board (NLB). NLB Non-User Survey& Segmentation Study September – October 2004:Executive Report. Singapore: Prepared by Research Plus for The National Library Board. Singiapore:National Library Board.2004.
Narayanan, N. Varaprasad et al. Gaining Mindshare and Timeshare: Marketing Public Libraries. In Proceedings SERVIG Research Conference. Singapore, 2005, 9p. (online), available from < http://eprints.rclis.org/archive/00004603/01/GainingMindshare&Timeshare_010905_.pdf >, (accessed2006-07-14).
National Library Board (NLB). Library 2010: Library for life, knowledge for success. 2005. (online), available from < http://www.nlb.gov.sg/L2010/L2010.pdf >, (accecced 2006-07-15).
呑海沙織. 利用者のセグメンテーション:シンガポールにおける利用者志向の図書館戦略. カレントアウェアネス. (289), 2006, 7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1602