CA1173 – 相互貸借サービスのコスト−誰がどのくらい負担するか− / 立松真希子

カレントアウェアネス
No.222 1998.02.20


CA1173

相互貸借サービスのコスト−誰がどのくらい負担するか−

近年,図書館サービスへの課金の問題が様々に議論されている(CA805参照)。最近ではとりわけオンラインデータベース検索サービスと相互貸借(ILL)サービスの2つに焦点が絞られる。「無料サービス」を伝統としてきたアメリカの公共の図書館においては,有料サービスの是非もさることながら,発生したコストを誰がどのように負担すべきかが問題となっている。

相互貸借を依頼して貸出館から料金を請求された場合,負担するのは借りる側の図書館か,資料をリクエストした利用者か,のどちらかになるが,研究図書館協会(ARL)による1992年のILL調査によれば,回答館のうち利用者に直接支払わせた図書館は18%に過ぎず,残りの図書館は請求された料金の全額もしくはその一部を負担していた。しかし,相互貸借サービスに要するコストは全般的に上昇する傾向にあり(1992年の時点で,20年前の144%増との試算),そのコストは図書館の予算で負担しうるものなのか,また,負担すべきものなのか,という問いに行き当たる。

利用者に貸出料が課されるとすると,利用者は支払ってもよいと考えるだろうか?また,いくらなら支払ってもよいと思うだろうか? さらに,貸出料は利用者の資料の利用の仕方にどんな影響を及ぼすだろうか?

アメリカの大学図書館では上のような問いに対し,これまでいくつかの調査がなされてきている。ここでは,オクラホマ大学図書館での調査事例を紹介したい。同館では,1994年10月,相互貸借サービスを利用した際に貸出館から請求された貸出料の支払い方式を変更し,それまでは資料を依頼した利用者本人に支払わせていたのを図書館が負担することとした。同時に,この変更によって生じる効果と影響について調査を行った。マーフィ(Molly Murphy,オクラホマ大学図書館ILL担当課長)とリン(Yang Lin,同大コミュニケーション学博士課程)は,アメリカの図書館サービスの有料化の経緯とその論点を踏まえた上で,この調査結果から,相互貸借サービスのコストとその回収について興味深い結論を引き出している。以下に概略を述べる。

調査は,1994年10月から1995年8月に行われた。図書館が負担した実際の金額と,利用者が支払ってもよいとした金額を比較するため,調査対象を,その期間中に図書館に依頼された相互貸借リクエストのうち,貸出館から貸出料を請求されたリクエストだけに限定した。その数は648件で,期間中の全リクエストの約5%を占めた。また,図書館で貸出料の全額を負担することは利用者には伏せた上で,相互貸借の申込の際,利用者が支払ってもよいと思う金額を申込票に記入してもらうようにした。

申込票から以下の項目が抽出され分析がなされた。1)利用者の大学での地位(学部生,大学院生等)2)利用者の専門科目・分野(社会科学,人文・芸術等)3)依頼された資料のタイプ(雑誌論文,図書等)4)利用者が支払ってもよいと提示した金額と実際にかかった金額($0.99以下から$10.00以上まで4段階に区分。申込票に未記入の場合には$0.00と見なす)。1)から3)については,各項目別に,利用者が支払ってもよいと思う金額が,A: 実際の費用の一部のみしかカバーしていないリクエストと,B: 実際の費用の全額をカバーしているリクエストの割合を算出した。4)については,4段階に分けた金額別にそれぞれのリクエストの割合を算出した。

リクエストの分析に加えて,相互貸借サービスをよく利用する人に電話インタビューをして,サービスとそれにかかるコストについての意見を聴取した。

以上から,主として,次のことが明らかとなった。すなわち,大学院生は費用を要する資料を依頼する傾向が比較的高いが,Bの割合は教員に比べて低い(表1)。また,Bの割合は,利用者の専門分野に関係なく,それぞれ3割から4割前後で比較的一定している(表2)。資料のタイプ別では,リクエストの半数以上は雑誌論文に対してのものであるが,Bの割合は,新聞,特許等の一般的でない資料(その他)で高い率を示す(表3)。金額別に見た場合,実際にかかった金額と利用者が支払ってもよいと提示した金額とでは全く逆の傾向を示す。実際に$10以上かかったリクエストは全体の48.1%で最も多かったのに対し,利用者が$10以上支払ってもよいとしたものは16.7%と最低であった(表4)。

さらに詳細な分析によって明らかになったことは,利用者が支払ってもよいと思う金額はほとんどの場合,実際にかかった金額を下回ることである。大学図書館が貸出料を負担したリクエスト648件の金額の平均は$9.83であったのに対し,利用者が示した金額の平均は$3.87で,実際にかかった金額の39%にしかならなかった。一方,支払ってもよいと思う金額が実際の費用の全額をカバーするリクエストは,全体の19.4%(648件中126件)に過ぎなかった。

また,電話による追跡調査では,依頼する資料に対して支払ってもよいと思う金額は,その資料が研究にとってどの程度重要であるかとともに,入手の難しさの度合いによって決まることが確認された。

料金を利用者に負担させていた時には,利用者が費用を支払う意志があるかどうかを確認するため,通常の手続に加えて手間のかかる煩雑な事務,例えば,貸出料の確認,利用者への金額の通知,利用者からの回答待ち,依頼手続きの再開という一連の手続を必要とし,そのために数週間かかることもあった。

費用支払の方式を利用者の直接負担から図書館の負担に変更することで,この調査のAに該当するリクエスト522件の処理日数が改善された。また,利用者は費用のかかる,かからないによって資料の取捨選択を迫られることがなくなった。特に,費用の影響を最も受けやすい大学院生にとっては資料の利用機会を保証することになったといえる。方式の変更は同時に,事務手続の省力化と合理化になり,ILL担当者の仕事の能率のアップにつながった。

この調査期間中,大学図書館が費やした経費は,合計で$4,502になり,これを1994年から95年の間に処理された全リクエスト13,250件で割ると,1件当り,$0.33になる。この値は,他の研究によれば,借用の際に生じるコストのわずか2%に過ぎない。著者らは,ILL全体にかかわるコストの削減という点からすれば,利用者への直接の課金は効果的な方策とはいえないとしている。

あるサービスでは利用者が直接支払い,別のサービスでは図書館が一部または全額負担し,あるいは図書館同士で料金を相殺するというような「つぎはぎ」で複雑なコスト回収の方策は,財政管理上,また,サービスの処理手続上,非効率的,非生産的である。著者らの結論は,ILLサービスの料金体系を簡素化することが現時点での妥当な解決策であろうということである。

立松 真希子(たてまつまきこ)

Ref: Murphy, Molly & Lin, Yang. How much are customers willing to pay for interlibrary loan service? J Libr Adm 23 (1/2) 125-139, 1996

表1 依頼者の地位別

 
割合*
**
A
B
学部生
10.8%
9.0%
73.9%
25.5%
大学院生
61.2%
55.6%
61.3%
27.9%
教員
26.1%
32.4%
46.7%
60.3%
職員
1.9%
3.0%
0.0%
0.0%
合計
100.0%
100.0%
 
 

*調査対象の合計値=648
**1990年から1993年3年間の年平均依頼者総数=35,904

表2 依頼者の専門科目・分野別

分野
A
B
社会科学
63.1%
32.9%
人文・芸術
69.1%
31.9%
科学・数学
49.7%
38.9%
その他
25.9%
42.9%

表3 資料のタイプ別

 
割合
A
B
雑誌論文
51.1%
63.1%
31.1%
図書
17.4%
54.9%
25.8%
学位論文
19.0%
61.0%
38.7%
その他
12.5%
38.1%
58.3%
合計
100.0%
 
 

表4 金額別

金額
実際の費用
支払ってもよ
いとした金額
$0.99未満
0.5%
44.3%
$1.00―$4.99
13.4%
17.7%
$5.00―$9.99
38.0%
21.3%
$10.00以上
48.1%
16.7%
合計
100.0%
100.0%