E2795 – 図書館におけるAIの展望<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.502 2025.06.05

 

 E2795

図書館におけるAIの展望<文献紹介>

東京大学情報基盤センターデータ科学研究部門リサーチアナリティクスユニット・榎本翔(えのもとしょう)

 

Balnaves, Edmund; Bultrini, Leda; Cox, Andrew; Uzwyshyn, Raymond eds. New Horizons in Artificial Intelligence in Libraries. De Gruyter Saur, 2024, 384p., (IFLA Publications, 185).
https://doi.org/10.1515/9783111336435

  2024年12月、国際図書館連盟(IFLA)の人工知能(AI)に関する研究グループ(SIG)が、図書館におけるAIの展望をまとめた書籍をオープンアクセスで出版した。本研究グループは、2022年および2023年にIFLAの情報技術分科会で得られた知見をもとに本書を執筆している。本書は4つのパート(全23章)と付録で構成されており、第一部:図書館におけるAIの導入、第二部:図書館と教育におけるAIの利用、第三部:図書館における機械学習と自然言語処理の技術応用、第四部:図書館サービスにおけるAIの利用となっている。付録としては、用語集、AIに関する最新情報を得るためのリソース、図書館業務における生成AIの活用方法を収録している。

  なお、AI、特に生成AIに関しては発展が著しく、本書の記述内容が現場ではすでに利用できない可能性がある。たとえば、本書にはOpenAIのChatGPT-4が最新モデルとして紹介されている箇所が複数ある。しかし、GPT-4は2025年4月末に提供を終了しており、すでに旧モデルである。後継モデルとしてGPT-4oやGPT-o4-mini、GPT-4.1が公開され、GoogleやAnthropicによる競合モデルも存在している。生成AI技術は日々変化しているため、本書に取り上げられたサービスや事例を利用する際には、最新情報を適宜参照することが望ましい。

  本稿では、各パートの概要を簡単に紹介する。

  第一部では、図書館におけるAIの活用進行状況を、技術発展、倫理と法規制、組織、経済など多様な観点から洞察している。AI自体は以前から図書館サービスやメタデータ生成において活用されているが、近年の急速な技術発展は著しい。図書館においては倫理的課題やプライバシー対応に加えて、AIを理解した上で活用するスキルや、AIを導入するためのリソースの整備も必要であること等が指摘されている。

  第二部では、主に高等教育分野を想定しつつ、図書館と教育におけるAI利用の事例報告を通じて、その影響を考察している。高等教育を中心に、政策や倫理、組織運営、リソース管理といった幅広いトピックも含まれている。

  第三部は、機械学習や自然言語処理の技術応用に関する章で構成される。他のパートより技術的な内容が多いが、興味深い事例が紹介されている。たとえば、第13章で扱っている図書館の件名について、図書館が伝統的に用いてきた人の手による件名の付与は有用であるが、件名の作成や更新、偏りを除くためには膨大な維持コストが発生している。機械学習の技術を用いた件名付与や主題間の紐づけといった自動化されたアプローチが、従来の仕組みを補完や強化、あるいは置き換えることができるのかどうか検討している。また、第15章で扱うオスマン朝の裁判官が記録した手書きの文書群は、裁判記録のほかにオスマン帝国の日常生活をも記録しているため、当時の社会生活における問題や文化的生活を窺える。これらの文書群からテキストデータを解析し、テーマ抽出を行うトピックモデリングを適用して、トピックの関係性や文書間の類似性を計測することで、文書群の体系的な構造を推測している。本パートを理解するには、機械学習と自然言語処理、図書館業務およびデータに関する前提知識が必要であるが、AIを具体的な図書館業務に組み込んだ貴重な事例であるため、通読を推奨する。

  第四部では、生成AIを用いたチャットボットや既存製品に組み込まれたAIなど、図書館サービスへのAI活用に着目している。技術そのものよりも、AIを活用したサービスが図書館員や利用者に与える影響に焦点を当てている。

  本書は図書館分野におけるAIに関する取組や見解をまとめたものである。AIに関する研究や応用はあらゆる分野において急速に進められているが、図書館と様々な図書館業務にまで踏み込んで扱った文献は、今までありそうでなかったように思える。筆者は、生成AIによって図書館員の仕事が奪われるといった声や、流行だから取りあえず導入してみてはどうかという意見を耳にしたことがある。筆者が図書館に関心を持ち始めたのは、Googleなどの検索サービスが急速に普及していた時期で、その際にも同様の声があった。いずれの技術も図書館外では既に活用が前提となっているのであれば、本書を読み込み、図書館にどう取り込むかを改めて考察する価値があるだろう。

Ref:
三崎彩. 自信を持って情報の未来に向き合う:IFLA Trend Report 2024. カレントアウェアネス-E. 2025, (500), E2784.
https://current.ndl.go.jp/e2784
鈴木茉由子. 英・リーズ大学図書館におけるAIの活用に関する研究報告書. カレントアウェアネス-E. 2024, (474), E2672.
https://current.ndl.go.jp/e2672
青野正太. 生成AIが図書館の情報サービスに与える影響<文献紹介>. カレントアウェアネス-E. 2023, (463), E2626.
https://current.ndl.go.jp/e2626
森木銀河. ユネスコによる教育・研究における生成AI利用ガイダンス. カレントアウェアネス-E. 2023, (469), E2650.
https://current.ndl.go.jp/e2650
坂本旬. AI時代のアルゴリズム・データリテラシー教育の必要性. カレントアウェアネス. 2023, (358), CA2052, p. 5-7.
https://doi.org/10.11501/13123923
矢田竣太郎. 生成AIを用いた文献調査ツール. カレントアウェアネス. 2025, (363), CA2079, p. 6-10.
https://doi.org/10.11501/14120733