E2650 – ユネスコによる教育・研究における生成AI利用ガイダンス

カレントアウェアネス-E

No.469 2023.11.30

 

 E2650

ユネスコによる教育・研究における生成AI利用ガイダンス

九州大学インスティテューショナル・リサーチ室・森木銀河(もりきぎんが)

 

●はじめに

  2022年11月にリリースされたOpenAIのテキスト生成AIサービスChatGPTを端緒とし、現在に至るまで、生成AIの開発、提供、利用について積極的な議論が交わされている。ユネスコは2023年4月に「高等教育におけるChatGPT利用のクイックスタートガイド」(ChatGPT and artificial intelligence in higher education: quick start guide)を公表した後、同年9月に「教育・研究における生成AIに関するガイダンス」(Guidance for generative AI in education and research;以下「ガイダンス」)を公開した。このガイダンスは、2021年にユネスコが公開した「AIと教育:政策立案者のためのガイダンス」(AI and education: guidance for policy-makers)を、生成AI利用に関する現状認識と具体的な提案により補完するものである。本稿ではその概要を紹介する。

●生成AIの現状と教育への影響

  ガイダンスでは、生成AIに関する論争とそれが教育に与える八つの影響を挙げている。ここでは主要な三つを紹介する。

  • 国家による規制適応を上回る技術進展
      生成AI技術の進展に国家レベルの規制フレームワークが追い付いておらず、実際に具体的な政策や行動計画を策定・採用している国は少ない。そのため、データプライバシーの保護や教育機関の対応策に重大なリスクが生じている。
  • 生成AIコンテンツによるインターネット汚染
      利用者が生成AIを使用して生成したコンテンツがウェブサイト上で既に公開されている。またバイアスや誤りを含む生成AIコンテンツが将来の学習者に悪影響を及ぼす可能性がある。新しい訓練データセットに生成AIコンテンツが含まれるリスクも懸念されている。
  • 実世界の理解の欠如
      生成AIは「確率的なオウム」と揶揄されるように、言語の意味そのものを理解しているとは考えられていない。そのため生成AIコンテンツには不正確な情報が含まれる可能性があり、過度な信頼は将来の教育にとって大きなリスクになりうる。

●AIに対する人間中心のアプローチ

  ガイダンスでは、教育・研究における適切な生成AI利用のために、人間中心のアプローチ(A human-centered approach)に基づいた規制や政策的枠組みなどの提案を行うことに重点を置いている。人間中心のアプローチに基づく規制措置として、政府機関による生成AIの使用の規制、データプライバシーの保護、使用における年齢制限を挙げている。このような措置は、教育における生成AIの有効性と倫理的な使用を確保するために必要とされている。

  また、政策的枠組みを構築するために政策立案者などが取るべき八つの措置について記述されているが、ここでは二つ取り上げる。まず人間の主体性の保護という点で、生成AIを採用する際の考慮事項として、学習者の学びに対する動機づけの保護や、研究者・教育者・学習者による生成AIへのフィードバックの活用が挙げられている。またスキル開発という点で、生成AIを適切に利用するためのスキルを構築・促進し、生成AIとの協働を図る重要性が強調されている。

●生成AIの創造的な利用と展望

  ガイダンスは、教育・研究における生成AIの創造的な利用に関する戦略も提案している。例えば、学習者にあわせて教育内容をパーソナライズした会話練習を行うなど、言語学習を支援する「1:1の言語スキルコーチ」や、リサーチクエスチョンの開発に役立つ「研究のためのAIアドバイザー」としての利用である。

  展望としては、今後生じうる倫理的問題、著作権と知的財産の侵害、コンテンツと学習の情報源としての妥当性、生成AIからの均一化された回答による人間の多様で創造的なアウトプットの制限、学習成果と評価の再考、思考プロセスへの影響が挙げられており、特にデジタル時代の教育における学習成果と評価を、「価値観」「基礎的な知識とスキル」「高次の思考スキル」「AIと協働するために必要な職業スキル」の観点から再考していることは注目に値する。

●おわりに

  最後に、日本の大学における生成AI利用の動向について補足する。国内では、既に多くの大学が生成AIに対するポリシーやガイドラインを策定しており、筆者の調べでは2023年11月24日時点の公表数は357件にのぼる。大学の教育・研究活動における生成AI利用の実態や実践が相次いで報告されているほか、大学業務のために生成AIサービスを導入した報告も散見される。一方で、現在の生成AIサービスは法的、社会的、倫理的に複雑な課題や困難を抱えている。特に、学術機関には生成AI利用において様々な教育的配慮が求められているため、ツールとしてただ「上手に」利用・活用するだけでは不十分であり、「適切に」利用・活用することが不可欠である。今後は生成AIの創造的利用を促進するための、学術機関としての環境づくりが求められるだろう。

  ガイダンスでは、生成AIモデルのメカニズムや生成AIサービスを効果的に利用する方法に加えて、政府機関、プロバイダー、組織および個人の利用者が取るべき対応が包括的に網羅されているため、ぜひ参照されたい。

Ref:
Miao, Fengchun; Holmes, Wayne. Guidance for generative AI in education and research. UNESCO, 2023, 44p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000386693
“ChatGPT”. OpenAI.
https://openai.com/chatgpt
Sabzalieva, Emma; Valentini, Arianna. ChatGPT and artificial intelligence in higher education: quick start guide. UNESCO, 2023, 14p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000385146
Miao, Fengchun; Holmes, Wayne; Ronghuai, Huang; Hui, Zhang. AI and education: guidance for policy-makers. UNESCO, 2021, 45p.
https://doi.org/10.54675/PCSP7350
“ChatGPT/生成AIへの対応を表明した国内の大学一覧【2023年11月24日現在】”. note.
https://note.com/pogohopper8/n/n3126b312f209