カレントアウェアネス-E
No.477 2024.04.11
E2687
第34回保存フォーラム:フィルムと写真<報告>
収集書誌部資料保存課・齊藤誠一(さいとうせいいち)
2023年12月13日から2024年1月16日にかけて、国立国会図書館(NDL)は第34回保存フォーラム「フィルムと写真―劣化のしくみと保存対策―」を開催した。保存フォーラムは、資料保存に関する知識の共有、実務的な情報交換を意図した場である(E2579ほか参照)。今回は事前に報告者別に収録した動画を、YouTubeで参加申込者に配信するという形で開催し、参加申込者は468人であった。
今回の保存フォーラムは、フィルムを中心にその劣化機構と保存対策について近年の動向や図書館等における取組を共有するとともに、フィルム及び写真の適切な取扱い、保存・管理について理解を深めることを目的とした。以下、報告内容を紹介する。
●報告1「東京都写真美術館における写真の保存」(東京都写真美術館保存科学専門員:山口孝子氏)
山口氏は、フィルムだけでなく、プリントやガラス乾板への対策、包材や冷蔵収蔵庫を含めた東京都写真美術館における取組を紹介した。
収蔵作品の保存条件は種別や材質によって異なるため、温湿度設定の異なる収蔵庫で保管している。TACベースフィルムは5±1℃・40±5%RH、顔料以外の色素を使用した作品は10±1℃・50±5%RH、顔料や銀、プラチナなどの金属系、PETベースフィルムは20±1℃・50±5%RHに分けて配置している。作品の保存条件及び包材・保存容器は定められた規格に基づいて整備しており、写真画像と接触する間紙やブックマットにはノンバッファ紙、保存箱には無酸性ダンボール紙を使用している。作品の劣化は様々な要素が絡み合っており、収蔵機関では温湿度、光、空気質といった保存条件を管理して、適正な包材を選択することにより、長期保存を可能とするための措置をとる必要があると述べた。
●報告2「東京大学経済学図書館におけるマイクロフィルムの保存対策と保存環境について」(東京大学大学院経済学研究科講師、東京大学経済学部資料室室長代理:小島浩之氏)
小島氏は、マイクロフィルムの保管状況、劣化調査・対策など東京大学経済学図書館でのこれまでの取組を紹介した。
同館では2004年にマイクロ収蔵庫を新設したが、元演習室を改修したため環境管理が十分ではなく、マイクロフィルムの劣化を促進することとなった。再改修の際は、実態調査を徹底し、施設や空調の整備、包材の交換等に取り組み、約10年かけて環境を整備した。保存環境を変更する際は思わぬことが起きる可能性があるので慎重にすべきである。PETベースの劣化に見られるように、保存方法だけでなく、時に処理方法や素材・製造の過程が原因となって劣化が発生することがあると指摘した。また、フィルムを適切な状態で長期に保存するには、素材・製造過程、処理方法、保存方法、この3要件が重要であると述べた。
●報告3「写真の支持体とTACベースフィルムの劣化について」(フジフイルムスクエア・コンシェルジュ:梅本眞氏)
梅本氏は、マイクロフィルムを含むフィルムの種類・感光材料及びその保存対策、TACベースフィルムの劣化機構及び劣化診断を解説した。
マイクロフィルム、映画用フィルムの劣化現象として多くみられる「ビネガーシンドローム」は、TACベースフィルムが経年劣化により化学反応(加水分解)を起こし酢酸ガスを発生させる現象である。一度発生すると止めるのは難しい。そして、自触媒作用点を超えると急激に分解反応が進み、酢酸臭から始まり次第にフィルム表面に波打ち、べとつき、結晶状の白粉が出る。劣化の主な原因は保管環境にある。高温高湿になるほど発生時期が早まるので、基本的には低温低湿で保管することが適切である。劣化の程度についてはA-Dストリップ等を用いて診断することができる。劣化した場合の対応策としては、酢酸臭の感じられるフィルムは他のものから隔離する、乾燥剤を挿入する等が挙げられる。また、新しいフィルムへの複製やデジタル化等、救済方法の検討が必要であると述べた。
●報告4「国立国会図書館におけるマイクロフィルム劣化対策の現況」(NDL収集書誌部資料保存課主査兼保存企画係長:吉井伶奈)
吉井からは、「マイクロ資料長期保存対策実施計画」に基づくNDLの取組を中心に、マイクロフィルムに対するこれまでの調査・対策を紹介した。
NDLでは1990年頃からマイクロ資料の劣化対策を進めており、2004年度から2008年度には、TACベースフィルムが使用されていた時期のマイクロ資料を対象に緊急劣化対策を実施した。酸性紙製の包材を中性紙製のものに交換し、ロール・フィルムは酢酸を放散させるため巻返しをしたほか、劣化状況を調査した。調査で問題のあったマイクロ資料は、フィルムの修復や再作製、隔離等を行った。緊急劣化対策から10年以上が経過し、所蔵するマイクロ資料全体に対して、劣化や破損を防止し、長期的な利用を保証するための対策を継続的かつ着実に実施する必要があることから、2019年に、「国立国会図書館所蔵マイクロ資料長期保存対策方針」及び「マイクロ資料長期保存対策実施計画」を定め、マイクロ資料の保存対策に取り組んでいることを紹介した。
報告資料はNDLウェブサイトで公開しており、視聴後のアンケートで寄せられた質問への回答も掲載している。ぜひ参照されたい。
Ref:
“第34回保存フォーラム” . NDL.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/preservationforum34.html
東京都写真美術館年報2022-23. 東京都写真美術館. 2023, 91p.
https://topmuseum.jp/contents/images/info/repo/22_23repo001.pdf
https://topmuseum.jp/contents/images/info/repo/22_23repo002.pdf
https://topmuseum.jp/contents/images/info/repo/22_23repo003.pdf
“刊行物”. 東京大学経済学図書館・経済学部資料室.
https://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/?page_id=412
小島浩之編. 安形麻理ほか著. 図書館資料としてのマイクロフィルム入門. 日本図書館協会, 2015, 180p., (JLA図書館実践シリーズ, 27).
梅本眞. 銀塩カラー印画紙の技術系統化調査. 国立科学博物館技術の系統化調査報告. 2014, 21, p. 69-139.
久留島典子, 高橋則英, 山家浩樹編. 文化財としてのガラス乾板:写真が紡ぎなおす歴史像. 勉誠出版, 2017, 272p.
“マイクロ資料への対策” . NDL.
https://www.ndl.go.jp/jp/preservation/collectioncare/care_micro.html
白石愛. 第33回保存フォーラム:洋古書の保存と取扱い<報告>. カレントアウェアネス-E. 2023, (452), E2579.
https://current.ndl.go.jp/e2579