E2579 – 第33回保存フォーラム:洋古書の保存と取扱い<報告>

カレントアウェアネス-E

No.452 2023.02.16

 

 E2579

第33回保存フォーラム:洋古書の保存と取扱い<報告>

収集書誌部資料保存課・白石愛(しらいしまなみ)

 

  2022年12月14日から2023年1月17日にかけて,国立国会図書館(NDL)は第33回保存フォーラム「洋古書の保存と取扱い―革装本を中心に―」を開催した。保存フォーラムは,資料保存に関する知識の共有,実務的な情報交換を意図した場である(E2482ほか参照)。今回はオンライン会議ツールWebex Eventsを利用した参加登録者限定のオンライン動画配信という形で開催し,295人の参加があった。

  今回の保存フォーラムは,洋古書の保存と修復,そして活用について,各報告者の知見を共有し,洋古書を所蔵する図書館等がその保存と取扱いについて理解を深めることを目的とした。以下,報告内容を紹介する。

●報告1「ケンブリッジ大学の貴重書・コレクション資料の保存と修復について」(ケンブリッジ大学ブック・アンド・マニュスクリプト・コンサバター:松丸美都氏)

  松丸氏は,所属する英・ケンブリッジ大学ケンブリッジ・カレッジズ・コンサベーション・コンソーシアムが行っている,ケンブリッジ大学所蔵の貴重書コレクションの保存と修復業務について報告した。

  洋古書を修復する上で大切にしていることは,「活用」と「保存」のバランス,すなわち洋古書が持つ「機能性の回復」と修復理念である「最低限度の介入」という,二つの相反するアプローチの共存方法を検討し,それをケースバイケースで判断することであると述べた。また,実際の修復事例を紹介しつつ,判断にはアーキビストやライブラリアンとのコミュニケーションが必要であり,その過程を含めた修復過程を記録することが重要と指摘した。

●報告2「日本大学図書館法学部分館における革装本の調査と保存」(製本家・書籍修復家:岡本幸治氏)

  岡本氏は,日本大学図書館法学部分館所蔵の西洋法制史コレクションに対して行った調査と保存作業について報告した。

  調査票と調査結果に基づいて行っている革装本の保存作業を詳細に紹介し,今後同様の調査が行われ,より多くの洋古書が利用可能な状態となり,広く活用されていくことを期待すると述べた。活用事例として,日本大学図書館法学部分館で行われた展覧会を紹介し,報告を締めくくった。

  岡本氏は報告とは別に,洋古書の取扱いの実演を行った。実物の革装本を用いた書見台の使い方などの取扱いの基本を説明するとともに,調査の導入として革装本の各部位の見方を解説した。

●報告3「慶應義塾図書館における洋古書の保存と活用」(慶應義塾大学三田メディアセンター課長(選書・スペシャルコレクション担当):倉持隆氏)

  倉持氏は,慶應義塾大学三田メディアセンター(以下「慶應義塾図書館」)の貴重書コレクションを紹介し,その保存と修復,教育への活用を報告した。

  スペシャルコレクション担当は,慶應義塾図書館の貴重書コレクションに対する保管環境の整備や保存箱の作製といった保存事業だけでなく,コレクションの活用にも注力する。活用事例として,「貴重書活用授業」(E2093参照)と学内展示を紹介した。デジタルにはない,現物ならではの魅力を実際に感じてもらうことにより得られる学習効果があるとして,大学図書館が貴重書を教育に活用する意義と重要性,その前提にある保存事業とのバランスに留意が必要であると述べた。

●質疑応答・意見交換

  報告者および参加者から事前に寄せられた質問を基に,質疑応答・意見交換が行われた。革が粉状に劣化して剥がれ落ちていく「レッドロット」の対策方法について多くの質問が寄せられ,各報告者が見解を述べた。保革油の使用経験や,現在行っているヒドロキシプロピルセルロースによる処置などについて触れつつも,3人とも共通して,未だにレッドロットへの対策は何が最適解であるか悩んでいるとした。現状では他の資料への影響を軽減するためにアーカイバル品質の紙ジャケットや保存箱に収納し,専門家へ相談することが望ましいと述べた。

  その他,洋古書の保管や運搬,修復や保存処置を行う上での留意点,デジタル化のための措置,取扱いに関する利用者ガイド,修復業務の将来像と育成にかかる課題などの質問が寄せられ,報告者がそれぞれの見解を述べた。

  報告資料はNDLウェブサイトで公開しており,視聴後のアンケートで寄せられた質問への回答も今後掲載予定である。ぜひ参照されたい。

Ref:
“第33回保存フォーラム”. NDL.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/preservationforum33.html
“Conservation: The Cambridge Colleges’ Conservation Consortium”. Corpus Christi College.
https://www.corpus.cam.ac.uk/parker-library/conservation
日本大学図書館法学部分館.
https://www.law.nihon-u.ac.jp/library/
日本大学図書館法学部分館. 西洋法制史コレクションの調査と保存展. 1p.
https://www.law.nihon-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2022/01/fc640e968adeed3debf50781380704d3.pdf
“三田メディアセンター”. 慶應義塾大学メディアセンター.
https://www.lib.keio.ac.jp/mita/
慶應義塾大学三田メディアセンター. 貴重書活用授業. 2p.
https://www.lib.keio.ac.jp/mita/files/Web_kichosho-katsuyo-jugyo_2022.pdf
白石愛. 第32回保存フォーラム:図書館における資料防災<報告>. カレントアウェアネス-E. 2022, (432), E2482.
https://current.ndl.go.jp/e2482
倉持隆. 慶應義塾大学における「貴重書活用授業」の取り組み. カレントアウェアネス-E. 2019, (361), E2093.
https://current.ndl.go.jp/e2093