カレントアウェアネス-E
No.499 2025.4.17
E2782
第35回保存フォーラム:被災資料への対応<報告>
国立国会図書館収集書誌部資料保存課・山﨑美和(やまさきみわ)
国立国会図書館(NDL)は、第35回保存フォーラム「被災資料への対応―水害からの資料救済を中心に―」を2024年12月20日に開催した。保存フォーラムは、資料保存に関する知識の共有、実務的な情報交換を意図した場である(E2687ほか参照)。今回は2019年以来の対面形式での開催であった。また、報告動画(質疑応答部分を除く)をYouTubeのNDL公式チャンネルに2025年1月10日から3月31日まで掲載した。今回の保存フォーラムでは、資料被災時の対応、中でも近年増えている台風や集中豪雨等の水害による被災資料の救済に焦点を当て、それに対する理解と実践力を高めることを目的とした。以下、当日の内容を紹介する。
●報告1「川崎市市民ミュージアム被災収蔵品レスキューについて」(川崎市市民ミュージアム学芸室長:佐藤美子氏)
佐藤氏は、2019年10月に発生した台風19号により同ミュージアムが水害を受けた際の収蔵品レスキュー(CA1998参照)について報告した。
被災直後、館内では停電が発生しており、そのような中で状況把握に努めた様子や、被災した映画フィルム、古文書、油彩画等の状態について説明があった。また、レスキュー活動に携わる人の安全対策の重要性にも触れ、安全に作業できる場所を館内に確保する、カビに対する注意喚起を行うなど、具体的にどのような対策を講じたのかについて説明した。
●報告2「水害等により被災した図書館資料救済への取組」(日本図書館協会資料保存委員会前委員長:眞野節雄氏)
眞野氏は、これまでの経験や知見をもとに、災害が発生する前の予防や準備及び発生後の迅速な対応の重要性を説明した。また、東日本大震災で被災した陸前高田市立図書館の所蔵資料救出活動(CA1926参照)等を紹介した。
資料保存の観点で特に重要な災害対策は、カビの発生リスクがある水害の予防であり、ハザードマップを確認すること、老朽化している施設であれば雨漏りがする箇所を把握しておくこと、大切な資料は保存箱に入れた上で出来るだけ高いところに置いておくことなどを挙げた。また、被災後は「あきらめない」を前提に対応に当たること、日本図書館協会(JLA)の図書館災害対策委員会や資料保存委員会などの外部機関に助けを求めることを強調した。
●報告3「水害時の資料救済方法とその考え方」(国立歴史民俗博物館准教授:天野真志氏)
天野氏は、資料救済活動が広がってきた現況における課題を整理し、現場で求められるマネジメント能力とそのための研修や人材育成のあり方を説明した。
災害対策の実務を踏まえて蓄積された知識や経験の共有が進んでいる一方で、個別事例や状況ごとのマニュアル紹介が多く、マニュアルの内容と救済現場の実際との間にギャップが生じていることを課題として挙げた。また、救済活動では、現状の把握から応急処置や一時保管に至るまでのマネジメント、技術支援、保護作業への参加等の多様な人材が求められること、様々な立場・業種の人々と協働することの重要性についても解説した。研修や人材育成においても、従来のような啓発型ワークショップや技術訓練型ワークショップだけでなく、行動計画型ワークショップの導入など、ワークショップの型の多様化が求められていると述べた。
●報告4「水損資料救済への備え―国立国会図書館東京本館の取組―」(NDL収集書誌部司書監、IFLA/PAC アジア地域センター長:倉橋哲朗)
倉橋からは、紙の水損資料への対応を念頭に置き、NDL東京本館における水損資料救済への備えについての主な取組を紹介した。
リスク管理の実施、資料防災指針等の策定、資料防災上の優先順位付け、外部機関等との支援ネットワークの構築、対応マニュアル類の整備、消耗品や備品の整備及び訓練の実施という7つの項目について、その概要を説明した。リスク管理の実施では、東京本館が立地している千代田区のハザードマップを活用した水害対策を紹介するとともに、ハザードマップ活用の重要性が増していることを強調した。
報告終了後の質疑応答では、真空凍結乾燥機の運用、資料救済時の優先順位の考え方、資料防災研修の開催方法等について質疑が交わされた。
報告資料はNDLウェブサイトで公開している。ぜひ参照されたい。
Ref: “第35回保存フォーラム(終了しました)” . NDL. https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/preservationforum35.html 佐藤美子. 被災時における作品の保存管理について : 川崎市市民ミュージアムでの現状と対策. 文化財の虫菌害. 2023, (86), p. 3-7. https://www.bunchuken.or.jp/wp-content/uploads/2024/02/86_2.pdf 佐藤美子. 川崎市市民ミュージアム収蔵品レスキューにおける環境整備について. 川崎市市民ミュージアム紀要. 2024, 36, p. 1-12. 安尾祥子ほか. 2020年度川崎市市民ミュージアム被災収蔵品レスキューの記録集 : 2019.10.12. 川崎市市民ミュージアム, 2021, 28p. https://www.kawasaki-museum.jp/rescue/booklet/ “図書館災害対策委員会”. JLA. https://www.jla.or.jp/committees/tabid/600/Default.aspx “資料保存委員会”. JLA. https://www.jla.or.jp/committees/hozon/tabid/96/Default.aspx 眞野節雄. 水濡れから図書館資料を救おう!. JLA, 2019, 70p., (JLA Booklet, no. 6). 資料を未来につなぐ:東日本大震災で考えたこと : 眞野節雄講演録. DBジャパン, 2023, 48p., (DBJ Booklet, no. 3). 天野真志ほか. 地域歴史文化のまもりかた : 災害時の救済方法とその考え方. 文学通信, 2024, 296p. https://bungaku-report.com/preserve.html 佐藤大介, 天野真志. 文化財防災マニュアル ハンドブック : 汚損紙資料のクリーニング処置例. 独立行政法人国立文化財機構文化財防災ネットワーク推進室, 2019, 28p. https://doi.org/10.24484/sitereports.91501 齊藤誠一. 第34回保存フォーラム : フィルムと写真<報告>. カレントアウェアネス-E. 2024, (477), E2687. https://current.ndl.go.jp/e2687 白井豊一. 令和元年東日本台風による川崎市市民ミュージアムの被災と新しい「あり方」の検討. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA1998, p. 9-12. https://doi.org/10.11501/11688290 眞野節雄. 資料を守り、救い、そして残すために. カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1926, p. 9-12. https://doi.org/10.11501/11115315