カレントアウェアネス-E
No.498 2025.3.13
E2775
「避難民」を支援する図書館のためのIFLAガイドライン
慶應義塾大学文学部・和気尚美(わけなおみ)
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、紛争等により避難を余儀なくされた人の数は増加し続けており、2024年4月には1億2,000万人に達したとされる。そうした状況のなか、2024年12月、国際図書館連盟(IFLA)は、避難民を支援する図書館のためのガイドライン“IFLA Guidelines for Libraries Supporting Displaced Persons: Refugees, Migrants, Immigrants, Asylum seekers”(以下「ガイドライン」)を発表した。本稿ではガイドラインの概要を紹介する。
ガイドラインは、2017年にIFLAが発表したホームレス状態にある人びとへの図書館サービスガイドライン“IFLA Guidelines for Library Services to People Experiencing Homelessness”の難民へのサービスに関する章を発展させたものである。避難民コミュニティを支援する、あるいは今後支援を計画している図書館の実務上の指針となることを目指し作成された。
ガイドラインの本文は、序文、用語集、図書館サービスとプログラム、図書館の方針、スタッフの研修、協力関係の構築、避難民のニーズの把握、避難民に対する図書館サービスの評価、課題と解決策、事例紹介、付録で構成されている。以下、順に特記事項を示す。なお、下記の1から37の数字は節番号で、さらに下位に項番号が付されている。特に関連する節や項を丸括弧内に示す。
- 図書館サービスとプログラム(1~10):言語に関しては、コレクションの構築やプログラムの企画時等に、移住先社会の言語習得についてのみでなく、同時に避難民の出身社会言語との接続についても考慮する必要があると記されている。(1.5、1.13~1.17)
- 図書館の方針(11~16):避難民を支援するにあたり、図書館の規則や方針に関して特に注意が必要な事項が列挙されている。例えば、避難民を含め利用者に規則や方針を伝える際は、禁止事項ばかりでなく、肯定的な表現を用いることが望ましいと示されている。(14.2)
- スタッフの研修(17~19):研修内容の例として、コレクションの構築、コミュニケーション、文化や慣習、言語、プライバシー保護、メンタルヘルス、スタッフによるストレスに対するセルフケア等が挙げられている。(17.1~17.9)
- 協力関係の構築(20~23):図書館単体での支援の実践は困難であるため、避難民当事者や、関係省庁、NGO、難民協会等との協力関係の構築が提案されている。(20.3、21.1)また、図書館間の連携やMLA連携についても言及されている。(22.1、22.2)
- 避難民のニーズの把握(24~28):コミュニティにいる避難民の人数、人口構成、出身社会と言語、居住地、法令上の地位、文化的なニーズ等を、視察や観察、インタビュー、アンケートにより特定していく。(24.1~24.5、25.3、26.1~26.3)
- 避難民に対する図書館サービスの評価(29~33):観察やインタビューを通して避難民自身の図書館サービスの利用体験を記録し、サービスの評価に繋げていくことが提案されている。(32.1、32.5)
- 課題と解決策(34~37):資金不足への対策としては、資金調達方針の作成や、企業の社会的責任を担当する部署への寄付の依頼、クラウドファンディングの活用等が提示されている。(36.3~36.6)
- 事例紹介:オーストラリアの首都特別地域図書館、ベルギーのモレンベーク図書館、米国のデンバー公共図書館の事例が紹介されている。
- 付録:付録Aには上記事項に関連した図書館現場における実践例が節番号別に紹介されている。付録Bでは、避難民の人権に関する条約や基礎的な用語が解説されている。
IFLAが避難民に焦点をあててガイドラインを作成したのは、これが初めてのことである。避難民という表記は、移住先において難民認定を受けた人のみでなく、庇護希望者(asylum seeker)や国内避難民等を包含していることを意味する。つまり本ガイドラインは、シティズンシップに基づく図書館サービスの提供ではなく、情報へのアクセスを喫緊に求める人という実態への支援を前提としている。なお、シティズンシップは時代や文脈によって多様に解釈されているが、ここでは法令に基づいて国や地域の成員であることを意味する。柄谷は、当事者が希望するか否かにかかわらず人の移動が増加するなか、シティズンシップを基礎とした定住や安全という前提は綻んでいるが、その一方で、シティズンシップに基づく権利を享受するための基準はますます高まっていると指摘する。本ガイドラインは、移動を余儀なくされ不安定な状況に置かれている人を、利用資格や条件を問わずに、多様で複雑な情報要求に応じようとする図書館界の意志表示と捉えることができる。
Ref: “DATA AND STATISTICS Global Trends”. UNHCR. https://www.unhcr.org/global-trends Gerasimidou, Despina et al. IFLA Guidelines for Libraries Supporting Displaced Persons: Refugees, Migrants, Immigrants, Asylum seekers. IFLA, 2024, 53p. https://repository.ifla.org/handle/20.500.14598/3696 IFLA Library Services to People with Special Needs (LSN) Section. IFLA Guidelines for Library Services to People Experiencing Homelessness. IFLA, 2017, 126p. https://repository.ifla.org/handle/20.500.14598/768 柄谷利恵子. “移動の時代のシティズンシップ”. 移動と生存:国境を越える人々の政治学. 岩波書店, 2016, p. 13-26.