カレントアウェアネス
No.336 2018年6月20日
CA1926
資料を守り、救い、そして残すために―東京都立図書館・資料保存の取組―
東京都立中央図書館:眞野節雄(しんの せつお)
2011年3月11日…陸前高田
陸前高田市立図書館(岩手県)は東日本大震災の津波により職員7人全員が犠牲となり、蔵書約8万冊全てが被災して、そのほとんどが流出した。
それから1年後、車庫跡等に山積みされている被災資料のなかから、貴重だと推定される郷土資料500点がボランティアによって発掘、救出された。2013年8月、陸前高田市立図書館から、他のどこにもなく再入手もできない資料51点だけでも現物を修復・再生してほしいという要望があり、東京都立中央図書館が引き受けることになった(1)。本格修理を行うための技術を有する公的機関はごく限られており、依頼を受けて東京都立中央図書館が協力することになったのである。
図1 陸前高田市立図書館の被災資料(日本図書館協会提供)
資料が当館に到着したのは、震災から2年半後の2013年9月で、そしてこれらを修復後に返還できたのは、実に被災から4年後の2015年3月であった。
さらに、これとは別に2014年に追加で83点の郷土資料を受け入れた。震災直後に東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)(2)によって、流出を免れた貴重書庫内資料の内、県指定文化財「吉田家文書」等は救出されていた(3)。しかし実は救出されなかった残りの資料をそのままでは忍びないと、立ち会った地元の古文書研究会の会長が自宅にに持ち帰り保管していたものを受け入れたのである。この資料についても修復を終え、2017年3月に無事返還することができた。
修復は概ね「点検・仕分け」「撮影」「解体」「ドライクリーニング」「消毒」「洗浄」「乾燥・平滑化」「補修」「再製本」「保存箱収納」の手順で行った(4)。今はなき高田松原にあった記念碑を撮影した写真241点のアルバムは「撮影」段階で1点毎にデジタル化して、後に現物のプリントが損傷した場合にそのデジタルデータから再プリントしたり、まだ利用できるネガから再プリントしたりして再生を試みた(5)。
「東京都立図書館資料防災マニュアル」
資料保存の最大の敵は、東日本大震災による被災だけでなく、戦争などの人災も含めた「災害」であるかもしれない。営々と保存してきた資料を一瞬にして失う。しかも人命や施設が危うくなる大災害だけでなく、日常的に発生しかねない小さな災害でも資料は被災する。そのため、資料の災害対策に関する「教科書」や文献は数多くある(6)。しかし、いざ自館が災害にあったらどうするか、そのための具体的、実効的なマニュアルは日本では皆無といってよい。東京都立図書館でも資料防災マニュアル作成は以前からの課題であったが、雛型がないことなどから先延ばしになっていた。しかし東日本大震災を受けて、もう先延ばしにはできないと考えた。
一般的には、「資料防災」は「予防」「準備」「緊急対応」「復旧」から構成される。東京都立図書館では、ともすれば完璧なものを作成しようとするからできなくなる「資料防災マニュアル」を、とりあえずできるところから、すなわち、そのうちの「準備」「緊急対応」に焦点をあてて作成した。
2013年度に完成したこのマニュアルには次のような特徴がある。
- (1) 災害別に考えるのではなく、資料が受ける被害別に考えることにした。そうすると、燃える、水濡れ、落下破損、破損したガラス類を被る、という被災に単純化できた。
- (2) 被災種類のうち、水濡れが最優先であることを明記した。水濡れは資料が受ける被害のなかで最も頻繁で厄介である。津波や洪水のような大災害ばかりでなく、ゲリラ豪雨、火災の消火活動、配水管等の設備の地震などによる故障や破損、老朽化した施設の雨漏り等々、いつでも日常的に起こりうる。また、他の被災は、とりあえず放置しておいて、あとで適宜対応することも可能であるのに対して、水に濡れると最悪の場合48時間でカビが発生するので緊急を要するからである。
- (3) 水濡れでも、塗工紙とよばれる紙への対応に着目した。塗工紙はコート紙、アート紙など表面がコーティングされた紙であり、明治期から使用され、図書館が所蔵する近現代資料には多くある。その紙が濡れると紙同士が貼り付き、剥がれないのである。これを解決しないかぎり図書館における資料救済はありえないと考えた。これは筆者も苦い経験をしたし、陸前高田をはじめ多くの被災資料を見ての実感でもある。しかし、従来、修復対象となることの多い資料は、和紙でできた古典籍であると考えられてきたため、その解決法がどこにもなかった。そこで実験を繰り返し、その解決法を見出した(7)。
図2 貼り付いて板状になった資料
塗工紙はその塗工層に接着剤(でんぷん糊など)を使用しており、そのため濡れると貼り付くと考えられていた。しかし、実験で、なぜか濡れたままだと貼り付かず、乾くときに貼り付くということがわかった。驚きの発見であった。
カビの発生を抑えるため、できるだけ早く乾燥させると、どのマニュアルにも記されているが、乾くときに塗工紙は貼り付くので、むやみに乾燥させないで濡らしたままカビの発生を抑えつつ「時間稼ぎ」をして処置していくという対処法を発見した(8)。
図3 「被災・水濡れ資料の救済マニュアル」
日本の図書館に「資料保存」はあるのか
陸前高田市立図書館の被災資料のうち指定文化財と古文書だけが「レスキュー」されたという事実に、当時筆者は愕然とした。図書館には「文化財」以外に、守り、救わなくてはならない資料は存在しないのであろうかと疑問に思った。図書館資料の価値は千差万別であるが、公立図書館であれば、どんな地方公共団体でも郷土資料という図書館が守り抜かなくてはならない資料があり、さまざまな図書館にその地域にとっての貴重なコレクションがあることも多いにもかかわらずである。
しかしその後、図書館員は博物館等の学芸員に比べて資料を守り、救うという意識が希薄であることを、筆者はさまざまな場面で思い知らされた。しかし、それも当たり前かもしれない。長らく日本の図書館では貸出が重視され、保存はあまり重視しない傾向にあったと筆者は考える。利用すれば保存がないがしろになり、保存のためには利用させないのが良いとされてきた。そして利用を優先させ、保存はないがしろにされた。図書館情報学の専攻カリキュラムのなかに資料保存の科目はあまり見られない。図書館の使命が「資料の利用を保証する」ことであれば、その「利用」は今現在だけでなく数百年後の利用であるかもしれない。また、そうやって保存され引き継がれてきた資料を今現在利用していることもある。そうであれば利用を保証するためには資料保存は不可欠である。もちろん真摯に取り組んでいる機関もあるが、全体的には、資料保存活動に関する体制や環境は極めて厳しく不十分な状況といわざるをえない。
その状況の打開に微力ながら貢献するため、公立図書館で唯一の資料保存専門部署である東京都立図書館資料保全室は、さまざまな取組を行ってきた。修理はもちろん、脱酸性化処置、カビ対策、災害対策などは全国各地で報告する機会も多い。さらに、資料保存に関して学ぶ機会もなければ知識を得る情報にも乏しい多くの図書館員のためにウェブサイト「資料保存のページ」(9)等で情報発信を積極的に行っている。これが資料保存や修理に関する実務的で生きた「教科書」になるようにという思いを込めて、取組やノウハウ・スキルの全てを公開している。幸い徐々に認知されて、全国各地の図書館で頼りにされ、数多くの見学や問合せを受けるようになった。資料を守り、残していくことへの関心が、日本の図書館に少しでも広まることを願っている。
2017年7月20日…陸前高田
まだ嵩上げ工事の続く旧市街地の一角に、復興の第一歩として最初に建設されたショッピングセンターの中に、陸前高田市立図書館の新館がオープンした(E1956参照)。
その新しいモダンな空間の中に東京都立中央図書館が修復して津波の被害から再生した郷土資料の展示コーナーが設けられていた。これらが新しい図書館で陸前高田の人々の歴史・記憶を伝え、さらに震災を語り継ぎ、復興のシンボルのひとつとして、人々に勇気を与えられるかもしれないことに深い感銘を受けた。
図4 修復された郷土資料の展示コーナー
図5 修復前後の被災資料
津波によって壊滅したと思われていた資料がこうして生き延びたのはまさに奇跡である。その奇跡を起こしたのは、他でもない図書館員の「思い」「志」だったと思う。
津波から1年間放置されてグチャグチャになった、誰の目にももはや再生はできないとみえた資料の山を見て、郷土資料だけでも何とか救いたいと思った図書館員。発掘・救出作業を泣きながら行った図書館員。震災後の図書館をどうしたいか?と問われ、「郷土資料をもう一度集めます。陸前高田の歴史を残し、伝えていきたい」ときっぱり言った陸前高田市立図書館の図書館員(10)。
そして、手書きの貸出票に見覚えのある筆跡を見つけた陸前高田市立図書館の図書館員はこうつぶやいた。「郷土の歴史だけでなく、亡くなった人たちの気持ちも形見として引き継ぐのが私たちの使命」(11)。そうなのだ。形見は、資料だけではなく、資料をコツコツ収集し、残し、伝えようとしてきた図書館員の歴史でもあった。
1945年、当館では当時の日比谷図書館で、空襲による焼失から守るために、資料の大規模な「疎開」が行われた。また、予算措置を講じて貴重資料を購入し、調達したトラックで、荷車で、リュックで担いで、東京中が空襲のさなかに疎開させたのだ。いま修理のためにそれらの資料を開くと、資料に、そして先人たちの思いに身の引き締まる思いがする。
資料は自然に残るわけではない。残そうと思わなければ残らない。引き継がれてきて、これからも引き継いでいかねばならない、図書館の、図書館員の歴史となる資料を。
(URL参照は全て2018-03-01)
(1)鎌田勉. “I- 2 被災各県教育委員会報告 2・ 岩手県における文化財レスキューの取組み”. 東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会平成23年度活動報告書. 東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会事務局, 2012, p. 51-55.
http://www.tobunken.go.jp/japanese/rescue/report/report_h23/pdf/h23_1-2-2.pdf.
(2)“東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)について”. 文化庁. 2011-03-31.
http://www.bunka.go.jp/earthquake/rescue/pdf/bunkazai_rescue_jigyo_ver04.pdf.
(3)眞野節雄. よみがえれ陸前高田の郷土資料―東京都立中央図書館の修復作業―. ネットワーク資料保存. 2015, 111, p. 1-4.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/uploads/network111.pdf.
(4)修復の詳しい手順については以下を参照。
“特別ミニ展示 大津波からよみがえった郷土の宝 -陸前高田市立図書館 郷土資料の修復展 -”. 東京都立図書館.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/uploads/takara.pdf.
(5)詳細については、当館の資料保存のウェブサイト「陸前高田市立図書館 被災資料の修復」や記録動画「大津波からよみがえった郷土の宝―陸前高田市立図書館郷土資料の修復」をご覧いただきたい。
“陸前高田市立図書館 被災資料の修復”. 東京都立図書館.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/about_us/collection_conservation/conservation/disaster/rikuzentakada/index.html.
“大津波からよみがえった郷土の宝―陸前高田市立図書館郷土資料の修復”. YouTube. 2017-09-06.
https://www.youtube.com/watch?v=ZPRxDGGcXu8.
(6)ジョン・マッキンウェル, マリー=テレーズ・バーラモフ監修. “IFLA災害への準備と計画:簡略マニュアル”.国立国会図書館訳. 2010.
http://warp.da.ndl.go.jp/collections/NDL_WA_po_print/info:ndljp/pid/10126293/www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/pdf/NDL_WA_po_ifla_briefmanual.pdf.
ブキャナン, サリー. 図書館、文書館における災害対策.日本図書館協会, 1998, 113p, (シリーズ本を残す, 7).
全国歴史資料保存利用機関連絡協議会資料保存委員会編. 資料保存と防災対策. 全史料協資料保存委員会, 2006, 108p.
『みんなで考える図書館の地震対策』編集チーム編. みんなで考える図書館の地震対策. 日本図書館協会, 2012, 127p.
資料保存委員会. 「資料保存展示パネル」災害編のご紹介. ネットワーク資料保存. 2011, 99, p. 9-13.
(7)真野節雄, 佐々木紫乃. “水濡れした塗工紙にどう対処するか~塗工紙の固着に関する考察と現場での具体的な対応~”. 東京都立図書館.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/uploads/posuta.pdf.
(8)この新しい手法のマニュアルは、当館の資料保存のウェブサイト「災害対策」に詳しい。
“災害対策”. 東京都立図書館.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/about_us/collection_conservation/conservation/disaster/.
マニュアル本体のほか、「時間稼ぎ」を含めた手順を示す「トリアージ・フロー図」、準備しておく資材リスト「被災資料救済セット」、乾燥マニュアル「自然空気乾燥法」なども掲載している。また、動画「被災・水濡れ資料の救済マニュアル」を作成してウェブ上でも公開している。
“被災・水濡れ資料の救済マニュアル”. YouTube. 2017-05-21.
https://www.youtube.com/watch?v=svCK-yQDyOs.
(9)“資料保存のページ”. 東京都立図書館.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/about_us/collection_conservation/conservation/.
(10)伊佐恭子. 特集, 図書館へ行こう: [陸前高田]「ほっとくつろげる場所にしたい」. Asahi Shimbun Globe. 2013-08-18, 117, G-5.
http://globe.asahi.com/feature/article/2013081600006.html?page=2.
(11)眞野節雄. よみがえれ陸前高田の郷土資料―東京都立中央図書館の修復作業―. ネットワーク資料保存. 2015, 111, p. 1-4.
https://www.library.metro.tokyo.jp/guide/uploads/network111.pdf.
[受理:2018-05-02]
眞野節雄. 資料を守り、救い、そして残すために. カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1926, p. 9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1926
https://doi.org/10.11501/11115315
Shinno Setsuo
To Conserve, Restore and Preserve Materials―Preservation at the Tokyo Metropolitan Library