E2636 – 自閉症児と家族に奉仕する公共図書館のためのツールキット

カレントアウェアネス-E

No.466 2023.10.19

 

 E2636

自閉症児と家族に奉仕する公共図書館のためのツールキット

国際子ども図書館児童サービス課・中島尚子(なかじまなおこ)

 

  自閉症とは、主に社会的なコミュニケーションの困難さや空間・人・特定の行動に対する強いこだわりがある等、多種多様な障害特性のみられる発達障害の一つである。その特徴としては、感覚の過敏さや鈍さ、特徴的な行動等が挙げられる。それが理由で、静かに過ごすことを暗黙裏に期待される図書館では、他の利用者や図書館員から注意されることもあり、自閉症の子どもや家族にとって利用の際の心理的障壁になっている場合がある。

  こうした状況を打破すべく、米・ワシントン大学情報学大学院(University of Washington Information School)の研究者らが、「自閉症をいつでも受け入れられる図書館ツールキット」(Autism-Ready Libraries Toolkit;以下「ツールキット」)を公開した。

  ツールキットは、児童サービスに従事する図書館員が、自閉症の子どもとその家族を受け入れる際に、利用の際の様々な障壁を取り除き、自閉症の子どもを包摂するサービスを提供するのに必要な能力を涵養することを目的としている。「研修編」と「資料編」の2部で構成されており、その主な内容は以下のとおりである。

●研修編

  以下の3部で構成されている。動画や写真、クイズが盛り込まれているほか、履修の進捗状況もオンラインで確認できるなど、受講を継続しやすくする多様な工夫が施されている。

  • 自閉症の受容と包摂の研修

      ニューロ・ダイバーシティ(神経多様性)の概要、自閉症の受容、自閉症包摂の障壁、ベストプラクティスの実践について履修し、自閉症の受容に必要な基礎的な知識を学ぶことができる。

  • 自閉症を包摂する利用者サービスの研修

      自閉症を包摂する利用者サービスの概要、利用者にとってサービスの障壁となるものと利用者ニーズの見極め、適応力の高い利用者サービスとは何かの定義、心の通い合う関係の構築、ベストプラクティス等の科目を学ぶことができる。

  • 包摂的なリテラシーサービスの研修

      包摂的なリテラシーサービスの概要、自閉症の子のリテラシー開発の概要、自閉症の子も包摂する幼児向けプログラム、家庭での保護者の実践に関する科目が履修できる。すべての子どもにとって重要なリテラシーを伸ばすことを重視しつつ、読み聞かせ等の活動においては自閉症の子が安心できる環境の整備や視覚的な分かりやすさに留意するよう述べている。さらに、家庭と連携した教育の実践とそのための教材提供等が重要であることを説いている。

●資料編

  資料編では、図書館サービスに応用可能な、様々なアイデアを紹介している。

  • 企画のための資料

      おはなし会を行う部屋の環境やプログラムの中に視覚・音響の強い刺激がないか、画びょうや電源コンセント等、子どもにとって危ない物がないかなどを確認する環境検査チェックリストのほか、自閉症の子を包摂して行う歌やブロック遊び、色塗り等を含む幼児向けリテラシープログラム案やおはなし会の進行案等、実施に役立つツールが紹介されている。

  • 利用者サービスのための資料

      館内サイン等視覚に訴える案内表示の事例等から成るガイド、知覚刺激をやわらげるためのノイズキャンセリング機能付きヘッドホンやサングラス、気持ちを落ち着かせたり集中させたりするための手遊び玩具(フィジェット)等の様々なアイテムのチェックリスト、自閉症に関する基礎的な情報リスト、幼児期の自閉症の子ども向けの読書リスト等、実用的な提案が示されている。

  • 図書館員支援のための資料

      図書館や地域内における実務者研修を企画するためのガイド、自閉症を包摂する幼児向けリテラシーサービスに関する地域へのアウトリーチと広報のための資料、アドボカシーのための資料等が紹介されている。

  米・疾病予防管理センター(CDC)の2020年の調査報告によると、米国では8歳児の36人に1人が自閉症であり、増加傾向にあるとされている。また、日本においても5歳児の3.2%が自閉症であるとする研究結果が報告されている。国内では、東京都美術館が、障害のある人々のための特別鑑賞会や、障害の有無に関わらず子どもがのびのびと鑑賞できるキッズデーを実施している。また、特別支援学校とミュージアムをつなぎ、インクルーシブなミュージアムを目指すプロジェクト「いんくるん」という取組もある。図書館分野でも、世界自閉症啓発デーに合わせて自閉症への理解を深めるための企画展を実施したり、館内に静寂スペースを設けたりなど、徐々に取組は広がりつつある。

  ツールキットでは、当事者である自閉症児の保護者の声がいくつか紹介されている。子どもが動き回ったり、声を出したりするのを他の利用者から非難の目で見られたり、図書館員から困ったような対応をされたりしたことで、自分たちは歓迎されていないと感じたというネガティブな声がある一方で、知覚に困難のある子どもに対する配慮がなされていたことにより、図書館で歓迎されていると感じたというポジティブな感想もあった。

  ツールキットが今後、米国内にとどまらず、広く活用され、図書館員がさらに利用者に寄り添い、利用に際しての様々な障壁の除去に一層努めるようになれば、多様な特性を持った子どもとその家族が、図書館やそのプログラムに気兼ねなくアクセスできるようになるだろう。図書館が誰にでも開かれた存在となるよう、大いに期待したい。

Ref:
“iSchool researchers release autism toolkit for libraries”. University of Washington Information School. 2023-05-04.
https://ischool.uw.edu/news/2023/05/ischool-researchers-release-autism-toolkit-libraries
“Autism-Ready Libraries Tooklit”. Neurodiversity Initiative.
https://sites.uw.edu/neurodiversity/research-projects/autism-ready-libraries/toolkit/
“自閉スペクトラム症(ASD)とは”. 一般社団法人日本自閉症協会.  
https://www.autism.or.jp/about-autism/
“2023 Community Report on Autism”. CDC.
https://www.cdc.gov/ncbddd/autism/addm-community-report/index.html
“【プレスリリース】5歳における自閉スペクトラム症の有病率は推定3%以上であることを解明(医学研究科)”. 弘前大学. 2020-05-28.
https://www.hirosaki-u.ac.jp/topics/49291/
Saito, Manabu et al. Prevalence and cumulative incidence of autism spectrum disorders and the patterns of co-occurring neurodevelopmental disorders in a total population sample of 5-year-old children. Molecular Autism. 2020, (11).
https://doi.org/10.1186/s13229-020-00342-5
“ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)について”. e-ヘルスネット.
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html
“連携展示「発達障害・自閉症について知ろう」”. 岡山県立図書館.
https://www.libnet.pref.okayama.jp/event/tenji/image/2022/shizen/20230322hattatu-syogai-1F.html
“障害のある方のための特別鑑賞会”. 東京都美術館.
https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html
ミュージアムと特別支援教育をつなぐプロジェクトいんくるん.
https://www.isc.meiji.ac.jp/~komami/index.html
“No silence please – campaigners launch network of autism-friendly libraries”. The Guardian. 2016-06-10.
https://www.theguardian.com/social-care-network/2016/jun/10/no-silence-please-campaigners-launch-network-of-autism-friendly-libraries
“Autism Friendly Libraries”. ASCEL. 2016-06-10.
https://www.ascel.org.uk/news/autism-friendly-libraries
土屋深優. セーフティネットとしての公共図書館:米国・英国の取り組み事例から. カレントアウェアネス. 2023, (357), CA2046, p. 8-10.
https://doi.org/10.11501/12996499