E2583 – 第70回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.453 2023.03.02

 

 E2583

第70回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

関西館図書館協力課・野村明日香(のむらあすか)

 

  2022年10月30日,仙台市の東北学院大学土樋キャンパスにおいて,第70回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム「AI時代の学びと読書―学校教育における図書館の役割を探る―」が開催された。本稿では,その内容の一部を紹介する。

  まず,コーディネーターの岩崎れい氏(京都ノートルダム女子大学)から,同シンポジウムの背景と趣旨について説明が行われた。人工知能(AI)の発達やGIGAスクール構想が進む中で,学校図書館が果たすことのできる役割,学校教育への関わり方について,脳科学,学校行政,教育工学の観点から探っていくと述べられた。

  次に,酒井邦嘉氏(東京大学)により,「脳から見た電子化時代の読書」というテーマで,電子や紙での読書,過剰なネット依存の問題点,教育のデジタル化,AIについて脳科学の観点から発表が行われた。紙の本と電子書籍は内容が同一であっても性質が異なり,紙の本は,情報が載っている箇所の空間的手がかりが多いため記憶に残りやすく,繰り返し読む学習に適していること等を指摘した。また,紙への筆記は自力で要点を抽出する力や思考力を育てる機会となり,教育のデジタル化の際には「紙」の利点も踏まえた上で議論を行い,効果的な方法を模索する必要があるとした。AIに関して,発話意図の解釈等会話に必要な「心」の部分がまだ進んでいないこと,過度に判断をAIに頼り思考や責任を放棄してしまう懸念等を述べ,自力で思考することの重要性を指摘した。

  続いて,清水康一氏(京都市教育委員会事務局)により,「本と読書がある日々-データと事例から考える学校図書館の可能性-」というテーマで,教育行政の観点から,読書・図書館をめぐる子どもの現状や,行政が行うべきこと,GIGAスクール構想下の変化について発表が行われた。読書の好き嫌いと学力に緩やかな相関があること,家庭の社会経済的背景(SES)が子どもの学力に影響していること等,全国学力・学習状況調査の分析結果が紹介された。これを踏まえ,行政は家庭・保護者の状況による格差を解消するように教育を提供するべきで,図書館や読書が身近でない家庭の子どもが,学校図書館行政における特に重要な支援対象であるとした。GIGAスクール構想下の学校図書館には,電子書籍の提供,紙資料とICTの接続,著作権教育といった役割が増すことを挙げ,GIGA端末を学校図書館利用の入口とする取組を紹介した。

  そして,大平睦美氏(京都産業大学)により,教育工学の視点から,「学校図書館と情報活用―紙とデジタルの融合―」というテーマで,学校図書館での実践等に関する発表が行われた。AI時代の学校図書館について,貸出・返却等の機械化や,レファレンス・検索機能の充実により開架書架を有効活用できる環境を整備する必要性を指摘した。学校図書館での実践に関しては,千葉市や日高川町(和歌山県)の事例が紹介された。千葉市では,文献のレビューを共有するアプリ“BOOK MARRY”を用いて,授業における図書資料の利用について教員から学校図書館にフィードバックを行う試みを実施していると述べた。日高川町では,学校司書配置率は100%であるものの,実際は公民館の図書館員2人が14校の学校司書を兼務しており,十分なサービスを提供できていなかったことから,テレビ会議システムを用いた遠隔レファレンスを取り入れたこと,県・町の教育委員会,町内小中学校が連携して選書等に取り組んでいることが紹介された。

  その後のパネルディスカッションでは,参加者から寄せられた質問に対する回答や関連する議論が行われた。コミュニケーションメディアとしての学校図書館の施設面での役割,「ネット依存」の基準,読書と探究を地続きにする方法,AI時代における情報の著者性・真正性や倫理に関する教育の必要性,学校図書館のAIとの付き合い方等が話題に挙がった。紙資料と電子資料は目的・用途に合わせて使い分ける必要があり,多様で膨大な情報の扱い方を学ぶ場として学校図書館が機能していくこと,AI時代だからといって学校図書館の価値は変わるものではないこと等に言及があった。

  学校図書館としての根幹的な役割は変わらないものの,コンテンツや環境の変化に合わせて,都度在り方を見つめ直していく必要性が改めて示されていたように感じた。2022年12月に公開された「令和4年度子供の読書活動推進に関する有識者会議 論点まとめ」でも基本方針として「デジタル社会に対応した読書環境の整備」を挙げているが,個々の学校図書館でどのような対応がなされていくのか,読書や図書館サービスがどのように変容していくのか,今後の動向を注視したい。

Ref:
日本図書館情報学会. 第70回日本図書館情報学会研究大会 ご案内. 2022, 6p.
https://jslis.jp/wp-content/uploads/2022/09/202210_research-meeting.pdf
第70回日本図書館情報学会研究大会発表論文集. 宮城, 2022-10-29/30. 日本図書館情報学会, 2022, 83p.
https://jslis.jp/wp-content/uploads/2022/11/2022-annual-meeting-proceedings-202210.pdf
国立大学法人お茶の水女子大学. 平成25年度 全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究. 2014, 245p.
http://www.nier.go.jp/13chousakekkahoukoku/kannren_chousa/pdf/hogosha_factorial_experiment.pdf
“平成29年度 追加分析報告書”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/1406895.htm
令和3年度全国学力・学習状況調査保護者に対する調査 結果(速報). 2021, 28p.
https://www.nier.go.jp/21chousakekkahoukoku/kannren_chousa/pdf/21hogosha_summary.pdf
BOOK MARRY.
https://www.njc.co.jp/neocilius/bm/
大平睦美. “千葉市におけるアプリを使った図書館連携実践”. 日本図書館情報学会春季研究集会発表論文集. 神奈川, 2022-06-04. 日本図書館情報学会, 2022, p. 55-58.
文部科学省総合教育政策局地域学習推進課. 令和4年度子供の読書活動推進に関する有識者会議 論点まとめ. 2022, 38p.
https://www.mext.go.jp/content/20221227-mxt_chisui02-000026353_12.pdf