E2584 – 関西館開館20周年記念講演・シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.453 2023.03.02

 

 E2584

関西館開館20周年記念講演・シンポジウム<報告>

関西館図書館協力課・西田朋子(にしだともこ)

 

  2022年12月8日,国立国会図書館(NDL)関西館開館20周年記念行事の一環として,総合地球環境学研究所長で前京都大学総長の山極壽一氏による記念講演と,図書館の専門家4人と関西館電子図書館課長の計5人が登壇するシンポジウムがオンラインで開催された。本記事で概要を紹介する。

●記念講演「コミュニケーションの進化と図書館の未来」

  山極氏はゴリラ研究をもとに人間社会とりわけ進化のプロセスを研究している。講演会では言葉の力について人間の進化の観点から説明し,その上で図書館への期待を述べた。

  霊長類の大脳化は社会規模の増大と正の相関があり,人類は言葉を使用するよりも前から,社会規模に合わせ,歌や踊り等の音楽的コミュニケーションを通して社会力や共感力を向上させていた。そういった能力向上の結果として言葉が使用されるようになったと考えられ,さらに言葉の登場により,単なる集団を超えた社会の構築や,世代を超えた文化の継承,世界の新しい解釈,未知の世界の想像等が可能になったと説明した。

  一方,近年は新型コロナウイルス感染症により社会行為に制約が生じ,また,デジタル社会の進展に伴って物と人が情報化・均質化されてきていること等から,共感社会・信用社会を構築することが必要だと述べた。また,環境問題に直面する中では,本や資料によって継承される知恵が必要だと述べた。図書館は,すべての人が知恵を得ることのできる場であり,また,今後は本を通じて新たな仲間や信頼できるコミュニティを作っていけるようにすることも大切だとまとめた。

●シンポジウム「これからの図書館―読書はどう変わる?デジタルでどう変わる?―」

  同志社大学教授の原田隆史氏が,図書館における電子書籍及びデジタル化資料の提供と利用について議論が深まっていないとして問題提起を行った。続いて,関西大学教授の村上泰子氏,鳥取県立図書館長の小林隆志氏,関西館電子図書館課長の辰巳公一,筑波大学准教授の池内淳氏が報告を行った後,パネルディスカッションが行われた。

  村上氏は,GIGAスクール構想が進む中での学校図書館の現状や,発達段階に応じた紙資料と電子資料の利用教育が効果的だとする海外の認知神経科学者の提言を紹介した。小林氏は,「とっとりデジタルコレクション」の取組について報告し,今後より多くの人に利用してもらうために,対象者別の使い方の案内やコンテンツの充実等が課題だと説明した。辰巳は,「国立国会図書館デジタルコレクション」(デジコレ)を中心にNDLの取組を紹介した上で,デジタルアーカイブの利活用方法として,デジコレの全文検索や,NDLの電子展示会等を紹介した。池内氏は,電子書籍の市場や利用者の動向や,触ったり書き込んだりできるiPadでは「誤りを探す読み」の性能が紙と同じだったとする研究を紹介した。

  討議では,まず,電子書籍と紙資料の違いについて,読書感は全く異なること,近年はメディアとアプリケーションの改良により電子書籍も使いやすくなってきたこと,目的が情報収集なのか読書自体なのかによって評価は異なりうること等が述べられた。次に,限られた資料費での電子書籍の購入について,複数自治体で共同して出版社と契約を行う,目的ごとに効果的に選書するといった方法等が提示された。

  上記の議論の後,図書館がデジタル化した資料の利用促進に話題が移り,教育活用事例の蓄積と共有,全文検索による発見可能性の向上,といった取組等が紹介された。また,さらなる利用促進のために,デジタル化資料の利用に抑制的な大人ではなく子どもに自由に利用してもらう案が提示されたほか,各図書館の努力と別に,メディアとアプリケーションの成熟が必要であるという意見等が出された。

  電子書籍とデジタル化資料の議論では,共通して利用者の需要が話題となり,需要に関わらず情報保障の観点で提供していくべきという意見や,利用者の需要分析をもっと行うべきという意見が出された。

  また,山極氏の講演内容を踏まえ,図書館は資料や情報の提供だけでなく場としての在り方も重視していくべきという問題提起がなされ,人が集まり資料を使ったり議論をしたりして刺激を得る場にしていくことが大切であるという意見や,図書館が資料貸出以外にも様々な機能を持つことを一般の人に理解してもらえるように案内していくべきだという意見等が出された。

●所感

  人類の進化という長いスパンから語られた基調講演では,図書館が単なる情報だけでなく,物語,知恵,文化を伝える場,そして人をつなぐ場所になることが重要であると認識した。シンポジウムでは,電子書籍やデジタル化資料の利用と提供について,現状でも図書館で様々な工夫が考え得ること,また,そこから一歩先に進んでメディアやアプリケーションの発展を考えることも必要であることが分かった。デジタル技術の発展によって提供できる資料や提供方法の幅が広がっていく中で,「言葉」によって構成される資料が人類の知恵や文化を伝えるということの意義を意識していきたい。

Ref:
“国立国会図書館関西館開館20周年記念講演・シンポジウム(終了しました)”. NDL.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/kansai_20221208.html