E2554 – 電子書籍のアクセシビリティに関する日本産業規格

カレントアウェアネス-E

No.447 2022.11.17

 

 E2554

電子書籍のアクセシビリティに関する日本産業規格

総務部企画課・植村要(うえむらかなめ)

 

●はじめに

  2022年8月22日,経済産業省は,EPUBのアクセシビリティに関する日本産業規格(JIS)「JIS X 23761:2022(EPUBアクセシビリティ-EPUB出版物の適合性及び発見可能性の要求事項)」を制定したことを発表した。同規格は,国際規格である「ISO/IEC 23761:2021」を,技術的内容を変更しない一致規格としてJISにしたものである。筆者は,2021年7月から2022年3月まで,同規格の原案作成委員会の委員を務めた。本稿では,「JIS X 23761:2022」制定に至る概要と意義,課題を記す。

●制定に至る概要とその意義

  「JIS X 23761:2022」にどのような意義があるか,全盲の視覚障害者が電子書籍ストアで電子書籍を購入して読む場合を例に考えてみよう。全盲の視覚障害者が画面に表示される文字を読む方法の一つに,コンピュータの合成音声による読み上げがある。ところが,電子書籍は,フォーマット等によっては,音声読み上げが可能とは限らない。ここに,音声読み上げが可能になるようにEPUB出版物をアクセシブルな形式で作成してほしいというニーズが生じる。

  そこで,「JIS X 23761:2022」は,「アクセシブルなEPUB出版物の評価と認証」として,どのようなEPUB出版物をアクセシブルなEPUB出版物とするかを定めている。同規格では,様々なアクセシビリティ機能を提供できるように作成したEPUB出版物と,特定のアクセシビリティ機能だけを提供できるように作成したEPUB出版物の両者をアクセシブルだとしている。

  ところが,EPUB出版物をアクセシブルな形式で作成するだけでは,利用者が適切に利用することはできない。利用者は電子書籍を購入しようとする際に,著者名や書名等のキーワードによる絞込検索を行う。検索結果の一覧から,そのタイトルが音声読み上げに対応しているものであるかを確認できなければ,場合によっては購入してしまってからその電子書籍が音声読み上げに対応していないものであることを知ることになる。ここに,購入する前に,その電子書籍が対応しているアクセシビリティ機能を知りたいというニーズが生じる。

  そこで,「JIS X 23761:2022」は,「アクセシブルな品質の発見可能性」として,アクセシビリティメタデータの提供を求めている。アクセシビリティメタデータとしては,例えば,視覚や聴覚というように,その電子書籍を読む際に用いる感覚の情報を「アクセスモード」として,また,代替テキストやキャプションのようなアクセシビリティに貢献する機能の情報を「アクセシビリティ機能」として提供することを求めている。これによって利用者は,その電子書籍が,様々なアクセシビリティ機能を提供できるように作成したEPUB出版物であればもちろん,特定のアクセシビリティ機能だけを提供できるように作成したEPUB出版物であっても,それが自分に利用できるものであるかどうかを知ったうえで購入することが可能になる。

  このように,「JIS X 23761:2022」は,読書に困難を感じる人たちの電子書籍の利用に大きな利便をもたらすことが期待される。

●課題

  一方,アクセシブルなEPUB出版物の作成と流通においては,様々な課題がある。主なものを以下に記す。

  まず,出版社は,「JIS X 23761:2022」だけを参照してもアクセシブルなEPUB出版物を作成することができない。「JIS X 23761:2022」は,EPUB Accessibility Techniques 1.0の他,「JIS X 8341-3」やWCAG 2.0 techniquesなどのウェブアクセシビリティに関する数多くの関連文書を参照している。そのため,出版社が「JIS X 23761:2022」に基づいてEPUB出版物を作成するにあたっては,電子書籍制作者には馴染みが薄いと思われる数多くの関連文書の参照を求めることになり,煩雑さが残る。

  また,「JIS X 23761:2022」が参照している関連文書のバージョンに関する課題がある。関連文書のバージョンは,一致規格の「ISO/IEC 23761:2021」の制定後もアップデートされているために,「JIS X 23761:2022」が参照しているバージョンが最新ではないという状態になっている。つまり,「JIS X 23761:2022」に基づいてEPUB出版物を作成するときに,わざわざ旧バージョンの関連文書を参照するという事象が生じることとなる。

  その他,新たに記述することになるメタデータを誰がどの段階で記述するか,また,出版社が作成したEPUB出版物が「JIS X 23761:2022」に則して作成されたものであることの認証をどの機関がどのように行うのか,といった課題が残る。加えて,利用者が支援技術を用いてアクセシビリティメタデータとアクセシブルなEPUB出版物を利用しようとする際,それを阻害しない書店や図書館システム,リーディングシステムの構築等,EPUB出版物の流通に係る出版社以外の関係者にも関わる課題がある。

●おわりに

  EPUB出版物のアクセシビリティは,ウェブアクセシビリティの知見を取り込む形で,国際的な進展を見せ始めている。国際標準との一致規格として制定された「JIS X 23761:2022」が,利便性の高いEPUB出版物を作成するための国内規格となるために,関係諸機関の取組が期待される。

Ref:
経済産業省. 電子書籍フォーマットEPUBのアクセシビリティに関するJIS制定. 2022, 2p.
https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220822001/20220822001-2.pdf
JIS X 23761:2022. EPUBアクセシビリティ-EPUB出版物の適合性及び発見可能性の要求事項.
ISO/IEC 23761:2021. Digital publishing – EPUB accessibility – Conformance and discoverability requirements for EPUB publications.
村田祐菜. 電子書籍のメタデータに関するNISOの推奨指針. カレントアウェアネス-E. 2022, (444), E2543.
https://current.ndl.go.jp/e2543