E2555 – イタリア「文化遺産デジタル化計画」とその反響

カレントアウェアネス-E

No.447 2022.11.17

 

 E2555

イタリア「文化遺産デジタル化計画」とその反響

総務部企画課・渡邉由利子(わたなべゆりこ)

 

  2022年7月8日,イタリアの文化遺産デジタル化センター(以下「センター」)は「文化遺産デジタル化計画(Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale)」(以下「計画」)を公開した。ここでは,センターの概要,計画の策定経緯と趣旨,その反響について紹介する。

●文化遺産デジタル化センター

  センターは,2019年9月に文化財・文化活動・観光大臣に就任したフランチェスキーニ(Dario Franceschini)氏の働きかけにより,2019年12月2日首相令により同省の下に設置された。フランチェスキーニ氏は2014年から2018年にも同大臣を担っており,その当時からセンターの設置を企図していた。2018年に一度大臣職を離れるも2019年に再任され,再任後すぐに一連の改革を行い,センターの設置を実現した。センターの拠点はローマに置かれ,センター長には,さまざまな文化機関の長を務めてきた建築家のモーラ(Laura Mora)氏が任命された。

●文化遺産デジタル化計画策定の経緯

  センターの設置から年が明け,2020年の春,新型コロナウイルス感染症が広まり,欧州においても大きな被害が出ることとなった。この事態を受け欧州委員会(EC)は,2020年7月,7,500億ユーロの復興基金「次世代のEU(Next Generation EU)」を供出することを承認した。イタリア政府は復興基金の使途を検討し,2021年4月に「再興と回復のための計画(Piano Nazionale di Ripresa e Resilienza)」(以下「再興計画」)をとりまとめた。再興計画のうちのミッションの一つに「観光と文化4.0」があり,美術館,公文書館,図書館及びその他文化施設の所蔵品,所蔵資料のデジタル化を行うための戦略の策定とプラットフォームの整備を行うことが投資プロジェクトの一つとして掲げられた。センターがこの役割の中心を担うこととなり,そして策定したのが,今回の計画である。

  センターは,計画の検討に際して,広く国民の意見を取り入れるためにパブリックコメントの手続きを踏んだ。2022年5月18日から6月15日までに,質問フォームとメールの二つの方法で意見を受け付け,フォームでは102人から,メールでは大きく分けて11団体(イタリア図書館協会,ボローニャ大学,ウィキメディアイタリア等)から意見が寄せられた。これらの意見をとりまとめたレポートが6月30日に公開され,意見をもとに修正の上確定された計画がver.1.0として7月8日に公開された。

●計画の概要

  計画は,ビジョン,戦略及びガイドライン等附属資料5点からなる。今回公開された計画ver.1.0は2022年から2023年までを対象期間としており,続くバージョンで2024年から2026年までの戦略が提示される予定となっている。

  計画では,文化遺産のデジタルエコシステムを早急に確立し,文化遺産が活用される領域の拡大と変化を図っていくべき時代にあるという前提から,デジタル技術が提供しうる新しい機会が分析され,技術,プロセス及び人材の三つの区分での戦略が提示されている。

  プロセスのうちでは,特に文化遺産のアクセスと利用に紙幅が割かれている。附属資料のうちの一つ「デジタル環境における文化財の複製物の購入,流通,再利用ガイドライン」においては,文化遺産法に基づいたデジタルデータの利用法が解説され,パブリックドメインの文化財の画像データについても,商用利用であれば課金することが求められている。またそのようなデータについては,計画の定める独自のラベルを付与することとされている。

●クリエイティブ・コモンズ等からの批判

  パブリックコメント期間が終了し,計画ver.1.0が公開される直前の7月4日に,クリエイティブ・コモンズ(以下「CC」)は,CCのイタリア支部とともに,計画に対する批判的な意見を取りまとめ,英語・イタリア語の文書をウェブサイトで公開した。文書の主旨は計画におけるパブリックドメインの文化財の画像データの扱いについて反対の意を表明することにある。

  CCは,文化遺産法によってオープンアクセス(OA)が不当に侵害されていること,国際的に普及しているCCのライセンスツールを使うことを支持すること,文化遺産法の適用によるわずかな収益機会に比べ,創造性と文化へのアクセスの価値を低く見積もるリスクが大きいことを指摘している。

  同様の批判は,パブリックコメント時にウィキメディアイタリアからも寄せられていたが,パブリックコメントの意見をまとめた報告書には,意見への対応方法として,現行法規に適合しない意見は報告書の修正に取り込まなかったとの記述があり,この点に関しては,批判を受けての修正を行っていないことがうかがえる。

  センターは各種プロジェクトを進めているが,パブリックドメインの文化財の画像データの使用方法の規定については今後も注視していく必要がある。

Ref:
“Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale”. Docs Italia.
https://docs.italia.it/italia/icdp/icdp-pnd-docs/it/consultazione/index.html
“DECRETO DEL PRESIDENTE DEL CONSIGLIO DEI MINISTRI 2 dicembre 2019, n. 169”. Gazzetta ufficiale.
https://www.gazzettaufficiale.it/eli/id/2020/01/21/20G00006/sg
“Direzioni e autonomie: la virata di Franceschini”. Corriere della Sera. 2019-12-04.
https://www.corriere.it/cultura/19_dicembre_03/direzioni-autonomie-virata-franceschini-1a49f35a-15fc-11ea-9514-9386fa8d8bdc.shtml
“FRANCESCHINI, NASCE DIGITAL LIBRARY ITALIANA”. Ministero della Cultura. 2017-03-10.
https://www.beniculturali.it/comunicato/franceschini-nasce-digital-library-italiana
“Chi siamo”. Istituto Centrale per la Digitalizzazione del Patrimonio Culturale – Digital Library.
https://digitallibrary.cultura.gov.it/chi-siamo/
Curriculum Vitae Laura Moro.
https://media.beniculturali.it/mibac/files/boards/388a5474724a15af0ace7a40ab3301de/file_pdf/CV/CV_Laura_Moro_2021.pdf
“NextGenerationEU”. European Union.
https://next-generation-eu.europa.eu/index_en
“EUの新型コロナ禍からの復興を支える大規模な財政支出計画”. 駐日欧州連合代表部. 2020-11-04.
https://eumag.jp/behind/d1120/
“次世代のEU基金―欧州の経済復興計画”. 在日イタリア商工会議所. 2021-11-30.
https://iccj.or.jp/ja/次世代のeu基金―欧州の経済復興計画/
“Italia Domani, il Piano nazionale di ripresa e resilienza”. Italia Domani.
https://italiadomani.gov.it/it/home.html
“Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale”. ParteciPa.
https://partecipa.gov.it/processes/piano-nazionale-digitalizzazione-patrimonio-culturale?locale=en
ParteciPa. Report finale della consultazione : Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale. Ver.1.0, 2022, 30p.
https://partecipa.gov.it/uploads/decidim/attachment/file/68/M1C3_1.1.1_ReportFinale_Piano_nazionale_di_digitalizzazione_del_patrimonio_culturale.pdf
“Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale 2022-2023 : Linee guida per l’acquisizione, la circolazione e il riuso delle riproduzioni dei beni culturali in ambiente digitale”. Docs Italia.
https://docs.italia.it/italia/icdp/icdp-pnd-circolazione-riuso-docs/it/v1.0-giugno-2022/index.html
“CC Expresses Views on Italian National Cultural Heritage Digitization Plan”. CC. 2022-07-04.
https://creativecommons.org/2022/07/04/cc-expresses-views-on-italian-national-cultural-heritage-digitization-plan/
“Creative Commons e il Capitolo italiano di CC esprimono la propria posizione sul Piano nazionale di digitalizzazione del patrimonio culturale (PND)”. CC. 2022-07-05.
https://creativecommons.it/chapterIT/index.php/1430/
“Perché Wikimedia protesta contro il piano per digitalizzare il patrimonio culturale italiano”. WIRED. 2022-06-30.
https://www.wired.it/article/wikimedia-protesta-piano-digitale-cultura-italia/
“Le sfide per il riuso delle immagini del patrimonio culturale italiano”. Diff. 2022-07-05.
https://diff.wikimedia.org/it/2022/07/05/le-sfide-per-il-riuso-delle-immagini-del-patrimonio-culturale-italiano/