E2540 – 石川県立図書館のリニューアルオープンについて

カレントアウェアネス-E

No.444 2022.09.29

 

 E2540

石川県立図書館のリニューアルオープンについて

石川県県民文化スポーツ部文化振興課・嘉門佳顕(かもんよしたか)

 

  新しい石川県立図書館(以下「当館」)は,金沢市小立野の地に移転し,2022年7月に開館した。基本構想策定以来,6年間にわたり石川県県民文化スポーツ部文化振興課で整備に従事してきた身として,大事にしてきたことを振り返りつつ,当館の紹介としたい。

●石川県立図書館概要

  当館は,旧館の老朽化・狭隘化により,兼六園から南東に約2キロの位置にある,かつての金沢大学工学部跡地に新築された。金沢市による金沢美術工芸大学の新キャンパスの工事も向かいの敷地で進んでいる。

  当館は,美術館や博物館と同じく当課所管の文化施設である。建物は地上4階・地下1階建て,延床面積約2万2,700平方メートルで,周りを広場や緑地,約400台分の駐車場が囲む。開架は約30万冊,書庫の収蔵能力は約200万冊,閲覧席数は約500席の規模である。閲覧エリアのほか,研修室やラーニングスペース,モノづくりや食文化を体験する部屋などを備えた文化交流エリアがあり,様々な知的活動を展開できる。

●思いもよらない本との出会い

  当初から一貫して「多くの人が訪れる図書館」を目指した。国立国会図書館(NDL)による調査結果によると,年に1回以上公共図書館を利用する人の割合は約4割だという。一方,デンマークは約6割である。「4割の壁」を超え,裾野の広い公共性を獲得したい。そのために,「思いもよらない本との出会い」をコンセプトの中心に据えた。「ここに来る」からこその発見があり,新たな好奇心が刺激される。いわゆる「セレンディピティ(serendipity)」に溢れる図書館だ。

●円形の大空間

  内部は円形劇場のような,開放的かつ立体的な空間である。人々が集う建築において,円形の平面は古くから用いられてきた歴史ある形式だ。円は中心を持ち,場を一つにする。蔵書を一望する体験は心に残り,永続的な象徴性を持つ。孤を描く通路は,人を誘い,動きを生む。

  当館では円形の書架が,中心の吹抜けの周囲を年輪のように何重も並ぶ。書架間は円弧形の通路で,いわば散策路だ。

●本を愛でる動と静の閲覧空間

  円形書架の大空間は人々が行き交い,三々五々過ごす街のような界隈性がある。歩きながら本の表紙が次々目に飛び込んでくる。友人と談笑し,気になった本を手に取る。

  一方,窓辺は書斎のような静けさが漂う。外壁パネルは列柱がつくる矩形の輪郭からはみ出し,外にむかってめくれるように並ぶ。そこにできる三角形の余白が風景を眺める個席となっている。動と静,いずれの空間も本を愛でることに供し,「ここに来る」体験を豊かにする。

●本と出会う12のテーマ

  普段は本を読まない層も,ふと読みたくなる一冊を見つけるきっかけをつくりたい。今回,「本と出会う12のテーマ」という独自の分類を新設し,円形書架に並ぶ7万冊は同分類に基づいて配架した。12のテーマは「好奇心を抱く」,「世界に飛び出す」,「暮らしを広げる」など,身近で親しみやすい分類で構成され,細分化された小分類は約700に及ぶ。

  さらに,1階の中心部には各テーマを代表する本を集めた「本との出会いの窓」のコーナーがある。スロープ沿いに装飾を施した本のショーケースが並ぶ。ウィンドウショッピングのように本の世界へと誘う小径だ。

●本との時間を彩る「百脚繚乱」の閲覧席

  当館利用推進課長の小石宗明は,整備の過程において北欧の図書館30館を視察した。その報告書によれば,日本と北欧で最も差を感じた点の一つが「閲覧席へのこだわり」だという。北欧の図書館には,多種多様で「ここにいたい」と思わせる魅力的な閲覧席がある。当館も見習うべく,家具全般のデザイン・監修をデザイナーの川上元美氏に依頼した。品があり,居心地のよい「オーセンティックな環境づくり」を主眼に置き,100種を超える閲覧席を館内随所に設けた。一人になりたいとき,友人と語りたいとき,集中したいとき,くつろぎたいとき。その日の気分を,多彩な椅子が受けとめる。

●魅力を高める地道な調整

  ほかにも,工夫したことは多々ある。感覚を刺激し,知の探究へと誘うサイン。各エリアの視認性を高める加賀五彩を活用した色調の統一。来館者自身で図書検索・貸出手続等を行う「セルフステーション」の製作。サービス全般を支える利便性の高いシステムの構築。いずれも,垣根を超えた関係者間の調整なくして実現できなかったものだ。

  機能性,意匠性,維持・管理のしやすさ,経済効率性。すべて重要であるが,立場によって優先することは異なる。整備の過程では,理想と現実のはざまで,トレードオフの関係にある課題が次々と出る。あきらめず,合意形成を図るよう対話を重ね,一つ一つ打開策を検討した。

  当館が,訪れる度に細部に宿る小さな工夫を発見できるような,奥行きのある魅力を備えているとしたら,関係者が互いに想像力をはたらかせ,各局面において突破口を見出していった地道な努力の賜物である。

●「おおやけ」としての図書館

  今日,あらゆる情報がデジタル化され,仮想現実へのシフトも進む。COVID-19の広がりは人と人との距離を遠ざけた。図書館が不要になるという声もある。それに筆者は異を唱えたい。公共図書館の数は,この30年で1.7倍になり,増加の一途をたどる。図書館はこれからも期待され,可能性に満ちている。それを実感できる図書館をつくる一心で尽力した6年間だった。

  開館して2か月弱で,25万人を超える来館者が訪れた。「図書館の概念が変わった」という声も多い。「美術館みたい」や「大樹の下のよう」など,さまざまな言葉で譬えられている。

  中でも,「何時間も過ごせる」や「ここに住みたい」という声が印象的だ。公共の「公=おおやけ」はもともと「大家=おおや」が語源であるといわれている。当館が,一人でも多くの人にとって,何度も足を運びたくなり,心地がよく,前向きになれる「大きな家」として,生涯寄り添う施設になっていれば本望だ。

Ref:
石川県立図書館.
https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/
Seismonaut; Roskilde Central Library. The Impact of Public Libraries in Denmark: A Haven in Our Community, 2021, 62p.
https://www.roskildebib.dk/sites/roskilde.ddbcms.dk/files/files/news/roskildebib_folkebibliotekets_betydning_for_borgerne_i_danmark_eng_final_0.pdf
“本と出会う12のテーマ”. 石川県立図書館.
https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/category/facilityguide/1040.html
小石宗明. 図書館大国が集う北欧を訪ねて: 石川県立図書館の新たな船出に向けたヒントを探す旅. 石川県県民文化スポーツ部文化振興課新図書館整備推進室, 2019, 179p.
石川県. 石川県立図書館家具ガイド. 30p.
https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/file/2246.pdf
石川県民交流課広報室広報グループ. ほっと石川. 2022, 2022夏季号, 15p.
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kenmin/kouhou/documents/hot_up_2022kaki.pdf
日本図書館協会. 日本の図書館:統計と名簿2021. 2022, p. 29.
https://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/chosa/2022pub_keinen.pdf
安永寿延. 日本における「公」と「私」. 日本経済新聞社, 1976, 174p.
川島隆徳,渡邉由利子. 図書館に関する意識:2014年,2019年の調査結果から. カレントアウェアネス-E. 2020, (384), E2225.
https://current.ndl.go.jp/e2225
 

 

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