E2410 – デンマークの公共図書館による新たな図書館評価手法の提案

カレントアウェアネス-E

No.417 2021.07.29

 

 E2410

デンマークの公共図書館による新たな図書館評価手法の提案

三重大学情報教育・研究機構・和気尚美(わけなおみ)

 

   緊縮財政下において継続的に公共図書館を運営するにあたり図書館評価が重視されている。そのような中,2020年の秋,デンマークのロスキレ中央図書館,およびコンサルタント会社のSeismonautが新たな図書館評価手法による調査“The Impact of Public Libraries in Denmark: A Haven in Our Community”を実施した。調査結果は同名の報告書に示されている。本稿では,ロスキレ中央図書館による調査および報告書について概要を紹介する。

   なおデンマークにおいて中央図書館とは,基礎自治体に設置されている公共図書館を,資料や情報の提供,先進的事業の実践等の点で支援,先導する図書館を意味し,日本での中央館とは異なる。

●調査の目的

   ロスキレ中央図書館の調査の目的は,公共図書館における利用や貸出の状況を専ら定量的に評価することから脱却し,公共図書館が利用者および非・未利用者に与えるさまざまな影響について,より深く理解するための新たな評価手法を確立することにある。調査全体を通して重視されているのは,公共図書館における利用者個人の具体的な経験を中心に据えるという点である。報告書中には,「図書館は何点の資料を貸し出したか」から,「資料は利用者個人にどのような影響をもたらしたか」へのシフトであると表記されている。

   なお,この調査は英国芸術・人文科学研究会議(AHRC)が文化の社会的影響や,その評価方法を研究するために行ったThe AHRC Cultural Value Projectの分析枠組みから着想を得ている。

●調査の方法

   この調査は,(1)アンケート調査,(2)インタビュー調査および観察調査,(3)公共図書館のもたらす影響に関する分析枠組みの開発,という3つの方法論的アプローチを用いている。(1),(2)の調査は基本的に(3)の枠組みに基づき設定されている。

  • (1)アンケート調査は全国規模で実施し,16歳から90歳までを対象に標本調査を 行い,計1,509件の回答を回収した。
  • (2)インタビュー調査および観察調査は,アンケート調査を補足する形で実施された。定量的データのみでは特定できない複雑な意味合いを,インタビューと観察調査を通して収集した定性的データから明らかにすることを目的としたものである。インタビュー調査および観察調査は大規模1館,小規模1館の計2館で館内および移動図書館において実施した。インタビューの対象者は計30人であった。
  • (3)公共図書館のもたらす影響に関する分析枠組みとしては,インパクト・コンパス(Impact Compass)が用いられている。インパクト・コンパスは,安息の場としての図書館(以下「安息の場」),さまざまな視点を提供する図書館(以下「パースペクティブ」),創造性を涵養する図書館(以下「創造性」),コミュニティの形成・維持を支援する図書館(以下「コミュニティ」),という4側面から構成されている。さらに,各側面に3つずつ計12のパラメーターが設定されている。この4側面12のパラメーターをアンケート調査により測定し,結果をレーダーチャートとして評価する。尺度は1から5で評定する5件法で,数値が大きいほど強い影響があったことを意味する。なお,インパクト・コンパスの拡張的な活用方法についてはユーザーガイド“A Guide to the Impact Compass”にまとめられている。

●調査結果

   調査結果は,図書館サービスを全体,コレクション,イベント,施設・設備,職員による支援に区分して示されている。以下は図書館サービス別の調査結果の一部である。

   図書館サービス全体では,平均評価3.2であった。側面別の評価は,「安息の場」(平均3.5),「パースペクティブ」(平均3.4),「創造性」(平均3.0),「コミュニティ」(平均3.0)であった。

   コレクションが利用者個人にもたらす影響は,「安息の場」の側面で最も顕著で,「パースペクティブ」の側面がそれに続く。特に,「安息の場」の側面のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)の醸成(平均3.8),没頭・集中の機会の創出(平均3.7)への影響が見られた。加えて,「パースペクティブ」の側面では,新しい知識や情報を通じた視野の拡大(平均3.7)という影響が強かった。またインタビュー調査では,「オンラインで様々なことを調べられるけれど,私は手に取れる資料を借りる方が好きです。資料をゆっくりだけど自分に適したペースで読み進められると思います」という発言があった。

   続いて,各種イベントの影響について見る。他の図書館サービスと比較して,イベントは特に「コミュニティ」の側面に影響をもたらしている。各種イベントは利用者間に会話の刺激(平均3.7),連帯感の創出(平均3.7),他者の存在・生活の様子の把握(平均3.6)などに影響を与えている。インタビュー調査からは,「図書館は本,イベント,その他のサービスを通じて人々を結びつけています。自身が全体の一部であることを感じられるのです。まさに地域社会の象徴です」という声が得られた。また,「パースペクティブ」の側面でも,新しい知識や情報を通じて視野を広げる(平均3.8),深く考えるための刺激や思考の糧を提供する(平均3.7)という点で,強い影響が見受けられた。

   施設・設備について見ると,「安息の場」の側面で特に影響をもたらしていることがわかった。なかでも,施設・設備は没頭・集中の機会の創出(平均3.6)に強い影響をもたらしていた。インタビュー調査では,「自由に読める本に囲まれていると読書の気分が高まります」という発言があった。その一方で,施設・設備は「コミュニティ」の側面のパラメーターである,会話を刺激する(平均3.0),連帯感を生み出す(平均3.0),他者の存在・生活の様子を知る(平均3.1)への影響が弱いという結果であった。

   職員による支援については,「パースペクティブ」の側面で強い影響が見られた。特に,新しい知識や情報を通じた視野の拡大に影響をもたらしていることが確認できた(平均3.6)。インタビュー調査では,ある回答者が「新聞で犯罪統計に関する記事を読んで,事実かどうか疑わしいことがあり,図書館員に質問しました。2日後,その図書館員が近づいてきて,質問への回答が見付かったと教えてくれました」と経験を語った。

●おわりに

   これまでに国内外において幾度も図書館活動の実績を測るパフォーマンス測定方法の開発と標準化の取り組みが行われてきた。ロスキレ中央図書館の調査は,一貫して利用者個人の経験を中心に置き,定性的な見解を定量的に示して影響をみる点で,従来のパフォーマンス測定とは異なり新規性が高い。また,4側面12のパラメーターは資料提供のみでなく,多様な図書館サービスとその利用に対応できる柔軟性を持っている。その一方で,パラメーターは抽象度が高く,曖昧さや多義性があることを否定できない。この方法を用いる際には,パラメーターの表記に細心の注意が必要となる。

   近年,質的調査と量的調査という区分を超える新たな流れとして混合研究法(Mixed Methods Research:MMR)が注目されている。ロスキレ中央図書館の調査もMMRの1つである。MMRによる図書館評価は,質的・量的アプローチを体系的に組み合わせることにより,公共図書館が利用者個人やコミュニティにもたらす影響をより立体的に捉える可能性を秘めている。

Ref:
Seismonaut. ; Roskilde Central Library. The Impact of Public Libraries in Denmark: A Haven in Our Community. Roskilde Bibliotekerne, 2021, 62p.
https://www.roskildebib.dk/sites/roskilde.ddbcms.dk/files/files/news/roskildebib_folkebibliotekets_betydning_for_borgerne_i_danmark_eng_final_0.pdf
Seismonaut. ; Roskilde Central Library. The Impact of Public Libraries in Denmark: A Haven in Our Community: A library visit is much more than a number. Roskilde Bibliotekerne.
https://www.roskildebib.dk/sites/roskilde.ddbcms.dk/files/files/news/onepager_engelsk.pdf
Seismonaut. ; Roskilde Central Library. A guide to the Impact Compass: The impact of public libraries in Denmark: A haven in our community. Roskilde Bibliotekerne, 2021, 14p.
https://www.roskildebib.dk/sites/roskilde.ddbcms.dk/files/files/news/en_brugsguide_06.05.21_0.pdf
Crossick, G. ; Kaszynska, P. Understanding the Value of Arts & Culture: The AHRC Cultural Value Project. AHRC, 2016, 200p.
https://ahrc.ukri.org/documents/publications/cultural-value-project-final-report/
“The Cultural Value Project: Exploring How We Think about the Value of Arts and Culture to Individuals and Society”. AHRC.
https://culturalvalueproject.files.wordpress.com/2014/04/ahrc-cultural-value-project.pdf