E2345 – 英国の国家プログラム“Towards a National Collection”

カレントアウェアネス-E

No.406 2021.01.14

 

 E2345

英国の国家プログラム“Towards a National Collection”

電子情報部電子情報企画課・藏所和輝(くらしょかずき)

 

   本稿で紹介するTowards a National Collection(TaNC)は,英国の世界的に著名な博物館・美術館や文書館,図書館に対し,2020年2月から2025年1月にかけての5年間で1,890万ポンドもの大規模な投資を行う,英国芸術・人文科学研究会議(AHRC)が主導する国家プログラムである。TaNCは,研究者や一般の人々が英国の文化遺産にアクセスする上で障害となっている,オンライン上の異なるコレクション間の隔絶を無くすことを企図しており,統合されたバーチャルな「国家コレクション」の創設に向けた最初の一歩として位置づけられている。そして,これまでにない新しい研究課題の設定を可能としたり,各文化施設の訪問者数を増加させたり,英国の文化遺産へのオンライン上のアクセスを劇的に拡大・多様化させたりするほか,経済や社会、健康への好影響を英国に広くもたらすことが期待されている。さらには,イノベーションを促し,デジタル人文学における英国の世界的リーダーシップを維持し,この分野における世界標準を築くという。

   以上のような趣旨のもと,TaNCは以下のような6つの主要目標を掲げている。

  • 異なるコレクション間の障壁を無くしていく
  • 既存のコレクションを,新たな学際的・コレクション横断的な研究に開いていく
  • 研究者や一般の人々の資料へのアクセスを,居住地による物理的な障壁を超えて拡張させる
  • 多様な範囲の閲覧者に利益をもたらす
  • 英国を活性化させ利得をもたらす
  • 将来的な更なる資金助成を促す
  • 明確な根拠とモデルを提供する

   TaNCは大きく分けて8つの小規模で基礎的な共同プロジェクト(以下「Fプロジェクト」)と,最大5つのディスカバリー研究プロジェクト(以下「Dプロジェクト」)から成り立っており,英国研究イノベーション機構(UKRI)の戦略優先基金(SPF)が,各プロジェクトに資金助成を行うという体制を取っている(なお,TaNCを主導するAHRCもUKRIを構成する評議会のひとつである)。こうしたプロジェクトは,高等教育機関(HEI)とAHRCの独立研究機関(IRO)が連携して進められ,さらに複数のHEIやIROが協働する場合もある。

   Fプロジェクトには,18か月から24か月の期間が設定されており,各20万ポンドの予算が充てられている。各プロジェクトにおいては,デジタル人文学のポスドク研究者が雇用され,まず現状を検討した後,事例研究を通して方法論が選定され,将来の実践に向けた提言を行っている。8つのプロジェクトの具体的な内容としては,

  • (1)IIIF(CA1989参照)の実践的な活用
  • (2)画像認識や深層学習を用いた、記述メタデータに依らないコレクション間画像リンクのための検索技術の設計
  • (3)多様なコレクションを結び付けるための地理空間情報の活用
  • (4)文化遺産機関の永続的識別子の整備
  • (5)目録を解析しマテリアルグラフ・ナレッジグラフを作成するといった大規模なリンクを形成する検索エンジンの創出
  • (6)多様な主体がデジタル化された国家コレクションに参画できるような公正な読解法の開発
  • (7)市民参加による文化遺産研究を促進する実施体制の構築
  • (8)今後の国家的な文化遺産コレクションの維持に必要である,近年増加するボーンデジタルな文化遺産を保存・共有する文化の定着化
が挙げられており,このうち3つのプロジェクト((1)(3)(4))に英国図書館(BL)が研究機関・連携機関として参画している。

    Dプロジェクトは,TaNCの中核をなすものであり,36か月もの期間を上限として,総額1,500万ポンドの予算(各プログラムの予算の目安:300万ポンド)を投じるというものである。Dプロジェクトについては,現在TaNCが対象となるプロジェクトの選定作業を進めており,概要段階(outline stage)と詳細な提案段階(full proposal stage)の2段階に分けて審査を行う手はずとなっている。遅くとも2021年9月には選定されたプロジェクトが告知される予定である。

   なお,昨今のコロナ禍によって,英国においてもロックダウン期間中,美術館,博物館,図書館等が物理的に閉鎖され,文化遺産へのオンラインアクセスの重要性がかつてないほど高まっている。そこで,TaNCは2020年5月6日にコロナ禍への対応として緊急の呼びかけを発表した。緊急の呼びかけは,どのようにしてロックダウン期間中に文化遺産が共有・活用されたのか,そして,そこから得られる今後の教訓とは何かに関する研究についてTaNCが助成を行うというものである。緊急の呼びかけでは,申請の様式も簡略化され,審査も迅速に行うとする等,即時性の高いものとなっている。

   TaNCは,デジタルアーカイブ整備に向けた具体的な方策を示してくれるという点で、日本の優れた参照先のひとつになると思われる。今後もその動向を注視していく必要があるだろう。

Ref:
Towards National Collection.
https://www.nationalcollection.org.uk/
“Towards a National Collection: Opening UK Heritage to the World”. AHRC.
https://ahrc.ukri.org/research/fundedthemesandprogrammes/tanc-opening-uk-heritage-to-the-world/
“Towards a National Collection Opening UK Heritage to the World”. AHRC.
https://ahrc.ukri.org/documents/calls/discovery-projects-may-june-webinars-presentation/
“Discovery Projects call – Towards a National Collection: Opening UK Heritage to the World”. UKRI.
https://www.ukri.org/opportunity/discovery-projects-call-towards-a-national-collection-opening-uk-heritage-to-the-world/
永崎研宣. IIIFの概要と主要API バージョン3.0の公開. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1989, p. 13-16.
https://doi.org/10.11501/11596735