E2344 – ドイツ・ベルリン国立図書館における日記調査

カレントアウェアネス-E

No.406 2021.01.14

 

 E2344

ドイツ・ベルリン国立図書館における日記調査

利用者サービス部サービス運営課・丸本友哉(まるもとともや)

 

   ドイツ・ベルリン国立図書館(以下「同館」)は,2020年初めに同館ポツダム通り館(以下「本施設」)で利用者を対象とする日記調査を実施し,同年8月にその報告書を公表した。様々な図書館利用者調査の中でも,本調査は特に利用者の内面に踏み込んでそのニーズの分析を試みたものである。本稿では本調査の目的と方法を中心にその概要を紹介する。

   本調査は,同館の愛称にちなみ“StaBi 2030”と名付けられた利用者行動研究プロジェクトの一環として実施された。同プロジェクトでは,特にワークスペースの提供という観点から利用者のニーズを明らかにすることを意図して,2019年10月から約2年をかけ,様々な調査を実施している。その最終目標は,築40年を超えて老朽化した本施設の建物の大規模改修(2025年着工予定)を機に,館内のサービスも時代に即したものに改善することである。

   同プロジェクトの先行調査では,特設の「落書きの壁」コーナー等を使った本施設の将来像のアイデア募集が行われた。数多くの意見の中でも特に目立ったのは,閲覧エリアでの飲食や休憩,電話,他の利用者との意見交換が不自由であることに対する改善要望である。

   本調査の目的は,この先行調査で明らかになった利用者のニーズをさらに詳しく把握して分類すること,また必要に応じてそれらのニーズを利用者属性とひもづけ,同館にとっての重要性を評価できるようにすることである。そのため,利用者に多様な視点から在館中の行動や考えを記録してもらい,定性調査と定量調査を組み合わせた手法によるデータ分析を行うことになった。

   本調査の参加者選定に当たっては,利用者の実態を反映する標本を得るために,2017年に実施された利用者構成調査の結果を参考に,職業など複数の利用者属性が考慮された。参加募集の広報は公式ブログ,各種SNS,館内各所の掲示,リーフレットなどの幅広い媒体を通じて行われ,参加希望者は,来館頻度,静寂度の好み,職業,そして障害や子連れなどの属性の有無を回答するよう求められた。こうして参加者に選ばれたのは,大学生5人,研究者8人,研究者以外の仕事目的の利用者2人,個人利用者1人の計16人であった。

   本調査の核となる日記記録の収集は,3つの段階に分けて進められた。第一段階は,事前面談である。全ての参加者が個別の面談に招かれ,所定の質問票に沿って広範な利用者属性(専門分野,利用歴,現在の利用目的,お気に入りの座席など)の確認を受けた。

   第二段階は,日記記録の本番である。参加者は,1月20日から3月7日までの指定期間のうち任意の3日を選んで来館する。来館の日や時間帯,滞在時間,館内での行動などに制約はなく,むしろ各自が「典型的な」一日を送ることが期待されていた。ロビーのカウンターで当日分の日記帳を受け取った参加者は,本来の来館目的の合間に日記の記録を行った。日記帳の冒頭に示される記録内容の指示は,1日目は「いつどこで何をして,なぜその場所を選んだのか」,2日目はその場所の評価,3日目はその場所の改善アイデアと拡張されていき,参加者が徐々に調査に慣れ,考えたことを抵抗なく文章化できるように工夫されていた。各日の日記は当日中に館内で回収された。

   第三段階は,事後面談である。その内容は,同館と参加者が共に3日分の日記記録を振り返り,それらがどの程度まで「典型的な」一日に対応するものであったかを明確化することが中心となった。

   同館は,本調査で収集した日記記録を,次のような手順でデータ化した。まず,のべ46日分(1人は1日分のみで参加を中止)の日記記録の中から,場所,時刻,活動に関する十分な情報を含む38日分を選び出した。次にこれらを884件の個別の活動に分割し,活動ごとに,記録者・記録日の識別記号,時刻,活動内容,場所,評価,改善アイデアを表計算ソフトに入力した。さらに,これらの一次データに合わせて,活動の分類(作業,休憩,図書館サービスの利用など),場所の分類(閲覧エリア,カフェテリア,ロビー,館外など),評価・改善アイデアの分類(混雑状況,管理状況,雰囲気など)を作成した上で,この3種類の分類の情報を追加で入力した。また,特定の活動の平均継続時間や特定の場所の平均滞在時間を算出できるように,各活動に割かれた時間を計算して追加で入力した。

   報告書は,こうして整備された日記記録のデータを基に分析した結果を詳細にまとめたものであるが,ここでは,報告書公表時に抜粋して紹介された3点の主要な分析結果のみに触れる。第一に,多くの利用者は本施設をワークスペースとして高く評価し,立派な建築様式と静粛さを有する大閲覧室に惹かれて来館している。しかし改善要望もあり,特に自由に電話ができる場所へのニーズは高い。第二に,本施設の現状のサービスは,作業の合間に身体を休め,機器のバッテリーを充電するニーズに対応できていない。カフェテリアのメニューの拡充や,衛生的な冷水機と休憩場を備えたロビーの実現が特に望まれている。第三に,本施設への来館は,一部の利用者にとって生活の重要な部分を占めている。本施設はそれらの利用者のオフィス代わりとなり,知的労働者としての日常を構築し,社会との結び付きを保ち,モチベーションを高め,集中が難しい時のセルフコントロールを助けている。

   “StaBi 2030”では今後も複数の調査が計画されている。本調査の報告書の末尾では,2020年秋に利用者オンライン調査を,2021年に立ち机や通話コーナーなどのデザイン思考調査や,経験の浅い利用者を対象とする行動観察を実施予定としている。一方,こうした一連の利用者調査の完了を待つことなく,すでに同館は本調査で明らかにされたニーズへの対応を開始しており,2020年10月には,本施設の閲覧エリアに2か所の通話用防音ブースを設置した。同館のこのような熱意を考慮すると,同プロジェクトの試みが,改修後の本施設で将来展開されるサービスにおいて大きく結実することは間違いないだろう。

Ref:
Heindl, Barbara.; Hilbrich, Romy. Tagebuchstudie. 2020, 66p.
https://blog.sbb.berlin/wp-content/uploads/Tagebuchstudie_final.pdf
“StaBi 2030 – Ergebnisse der Tagebuchstudie”. Staatsbibliothek zu Berlin. 2020-08-05.
https://blog.sbb.berlin/stabi-2030-ergebnisse-der-tagebuchstudie/
“Schreiben Sie ein StaBi-Tagebuch!”. Staatsbibliothek zu Berlin. 2020-01-14.
https://blog.sbb.berlin/schreiben-sie-ein-stabi-tagebuch/
“StaBi 2030 – Die ideale Bibliothek aus Sicht unserer Leser*innen”. Staatsbibliothek zu Berlin. 2019-12-03.
https://blog.sbb.berlin/stabi-2030-die-ideale-bibliothek-aus-sicht-unserer-leserinnen/
“Zukunftsmusik? Die StaBi 2030”. Staatsbibliothek zu Berlin. 2019-10-14.
https://blog.sbb.berlin/zukunftsmusik-die-stabi-2030/
“Telefonieren im Lesesaal”. Staatsbibliothek zu Berlin. 2020-10-15.
https://blog.sbb.berlin/telefonieren-im-lesesaal/
“Staatsbibliothek zu Berlin, Haus Potsdamer Straße”. Staatsbibliothek zu Berlin.
https://www.bbr.bund.de/BBR/DE/Bauprojekte/Berlin/Kultur/Staatsbibliothek/Potsdamerstr/GIS/Grundinstandsetzung.html